18.
その一斬で、すべてが終わるはずだった。
少年の形を成した怪物は上下半身に両断され、彼の肉体は生命の維持に耐えうることなく、霧となって蒸発した。そのあとは、すべてが消え、静謐が取り戻される。
その、はずだった。
だが、霧は消えず、いつまでもこの場にとどまり続けていた。
「なんだ、これは……っ?」
当惑する彼女に、その白銀の霧の中から、腕が伸びた。獣でもない。蛇でもない。枯れ木のような、あるいは悪魔のような細く、鋭い指先が、銀夜の肉体に食らいつこうとする。
彼女は『大渡瀬』で反射的にそれを斬りはらおうとした。だが、その太刀筋で間違いなく捉えたはずの手ごたえが、ない。その刃を通過して、腕は銀夜を追った。
少女は後退する。だが、霧は無尽蔵にその面積を広げ、現世を浸食しながら彼女に迫った。腕の数が、触手のごとく無数に増えていく。だが、増殖していったのは謎の腕だけではなかった。
霧の中では、生命が生まれつつあった。
さんざん斬り捨てた蛇が『それ』に汚染された地面から這い出て、蝗かバッタのような怪虫が羽音をざわめかせて銀夜の鼓膜を震わせる。
獣の産声が聞こえる。蛇や虫の大小の卵が一秒ごとに、一個、二個、四個、八個……橋の上に、その支柱に、手すりに、唐突に現れ肥大化し、やがて殻と皮膜をやぶってずるりと幼体がこぼれ出てくる。
卵は、彼女の靴にさえ形成されようとしていた。
ちいさく悲鳴をあげる。振り払ったその足に、何かが牙を突き立てた。
それは、獅子の幼子だった。だが、愕然と見下ろす少女の視界で、爪牙は、みるみるうちに太く、鋭く食い込んでくる。
呼び出したものとは違う。明らかに異なっている。
『それら』は、今、この場で誕生し、驚異的な速度で成長と進化をつづけていた……一切の際限も加減も節制もなく。自らの本能が命じるままに。
もはや霧は、単体の生命とは呼べない代物だった。
かといって共生生物でさえもない。群体ではあっても、そこには一切のまとまった意思が存在していない。ただ好き放題にそれぞれの種の数を殖やしていくだけだ。
そう、例えるなら、まるで小規模の……別の世界そのもの。
「なんだ……なんなんだ、お前はァ!?」
鐘山銀夜は大音声を放つ。ただそれは、常日頃の彼女の勇猛さや憤怒とは、真逆の感情から吐きだれたものだった。
聡明な彼女は、おおよそ錫日照慈の殻をかぶっていた存在の正体に察しがついていた。
だがそれでも、理解の範疇を超越した光景に、問わずにはいられなかった。




