17.
足下に弾丸を食らう。
牽制だ。当てる気がない。ただ、当てまいとする努力は感じられなかった。
この程度で死んでくれればそれはそれで僥倖、とでも思っているのだろうか。
自分たちへの殺意は、疑うべくもなかった。
霧を満足に出せないままに、着実に彼女は迫っていた。
射撃の目的が威嚇や牽制から、明確な射殺に切り替わる。
相手を殺そうという力みがそうさせたのか、彼女の手の中で火を吹いていたMKが、装填不良を起こした。
照慈はその隙を見逃さなかった。蛇を喚び出して、忌々しげに再装填に手間取る銀夜に突っ込ませる。
だが、その鎌首が銀夜を捕らえるより早く、彼女は銃を投げ捨てて腰からショットガンを引き抜き、確実に蛇の頭部を撃ち抜いた。
一尾目の陰に隠していた蛇が、消失する同胞に構わず特攻する。
銀夜は、腰のベルトにぶち込んでいた自動式拳銃を引き抜くや、蛇の目や胴体に撃ち込んだ。
身悶えて本能的に退こうとするところを、銃をぞんざいに手放した手がつかむ。
それをウインチがわりに、一気に距離を詰めた。
振りほどかれた時にはもう、彼女は剣が照慈に当たられる範囲にいた。
「死ねぇ!」
黄金の粒子によって刀身に火がつき、炎となって膨張する。
大上段に構えたまま飛翔した銀夜に、照慈は獣の剛腕をくり出した。
「同じ手を食うか」
せせら笑う銀夜はその腕を空中で身をひねって避けて、改めて『大渡瀬』を構えて落下する。
だが、照慈はその瞬間地上にはいなかった。
突き上げられた獣の剛腕、その毛皮にしがみついて、宙へと浮いていた。
「な、にッ!?」
虚空でのすれ違いざま、腕力の勢いを借りて突き出したヒザが、銀夜の腹部にめり込んだ。
刀を取りこぼして肩から硬い地面に落下した彼女を、獣の手のひらの上に飛び乗って、青い目で見下しながら言い放った。
「いや、通じたな。同じ手。ただし『あんたと』同じ手だがな」
「きっッさ、まァァ!」
銀夜は案の定、怒り狂って獣のように吠えた。
正論でもって挑発し、ただでさえ枯渇しがちな冷静さを究極までそぎ落とし、思考能力をうばう。
――肉薄されているという優位性に、気づかせてはいけない。利用させてはいけない。
最後の切り札をオープンする、その時まで。
右手の像が大きくぶれ始める。もうそろそろこの肉体も、リミットを迎える。
だがそれは、照慈の疲弊や衰退を表す現象ではない。
むしろ、その逆だ。
男性官僚の肉襦袢の下の、銀髪の少年の姿……さらにその奥に満ち満ちたモノの力の統制が、失われつつあるのだ。
本来なら自分の姿であることも認めがたい忌むべき形状だが、自分と、自分の同胞の命の瀬戸際に使いことを拒むほどではない。特に、決意を新たにした今ならば。
ならばあえてその力の門を一時的に開放し、それでもって決着をつけるほかない。
勝機は限界まで接近するその一瞬、持続時間は三十秒程度。
それ以上はない。リミットオーバーしたところで、苦痛はないし警告もないだろう。
ただ、自分という存在が跡形もなく霧散するだけだ。
だが銀夜は、何を思ったか。拾った『大渡瀬』で獣の上腕に斬りかかるということはしなかった。周囲の地面に刀身を滑らせた。
そしてそれは、照慈が恐れていた展開でもあった。彼は母親ゆずりの舌打ちを鳴らす。
爆風が、霧を吹き飛ばす。
さながら陸に打ち上げられた魚のように、獣の息苦しげな声が、薄れていく霧の奥底から聞こえてくる。
「貴様には最初に良いことを教えてもらったからな。この畜生どもは、霧の中でしか生きられない。ゆえに、この霧さえ消し飛ばしてしまえば現世への侵入口は失われるわけだ」
正解。よく覚えていたな……などと褒める余裕は照慈にはない。
霧の世界に引っ込もうと暴れる獣の掌上で、照慈は身体のバランスを失った。今度は、彼が地面へと墜落する番だ。いや、その前に、必殺剣の構えで待ち受ける銀夜がいる。
それをかわす小細工ができる程度の距離も、霧の分量もなかった。
前準備はできていない。周辺の環境も万全整ってはいない。クローンたちの逃避も、不十分なはずだった。
――でも今、やるしかないッ!
照慈は奥歯を噛みしめた。
ただ一念に、身体を内なる存在がこじ開けることを念じる。
「MODE:RED……!」
口の端から漏らしたコード名に反応し、人工的に精製された全身の細胞組織が振動をはじめた。
身体が組みかわり、変異していく。目が逆流した血液によって、母親と同じ、真紅に染まる。
だが、その命令が全身に行き届く前に、『大渡瀬』の切っ先が照慈の胴を刺し貫いた。
「そして貴様も、連中とおなじく生き場のないただの獣だ。せめて慈悲で、楽に死なせてやろう!」
そう吐き捨てた銀夜は、強引に刀を臓腑のなかで泳がせる。刀身の向きを変えてから、そのまま圧し斬った。
生じた摩擦熱が粒子に過剰に反応し、爆薬と化して内臓を吹き飛ばした。
高熱によって一気に炭化した背骨は脆くも折れて、少年の肉体は上下に両断された後に跡形もなく、鞘の起爆装置に触れた母親の頭上で吹き飛んだ。




