16.
さながら筋斗雲のごとく、子どもたちを乗せた白銀の霧は、移相をねじ曲げホテルと本島とをつなぐ橋の上に達した。
そこで中から弾き飛ばされた照慈たちは、前のめりになりながら外界の空気を吸った。
ーーどうして、こんな目と鼻の先で立ち止まるの?
そう言いたげに少女たちは怪訝そうな目をしたが、なにも照慈も意図的に霧を解除したわけではなかった。
手足がしびれる。
全身の表面に時折ノイズか砂嵐のようなものが混ざり明滅し、輪郭は大きくブレた。
ーーもはや、この肉体さえ維持することもむずかしいか!
本来ならばここまで消耗する予定はなかったが、深入りしすぎ、曹鳳象に激戦を強いられた。
加えて、この銀夜との連戦である。
もはや、怪獣一匹分を召喚できる程度の霧を展開させることしかできなかった。
舌打ちしながらも、照慈は懐から照明弾のはいったを取り出して天へと向かって引き金をしぼった。
尾を引いて夜空へのぼるそれは、『友人』たちにこちらの大まかな位置と異変を報せる。そういう手はずになっている。
それが消えるまで見届けたあと、
「もうすぐ本島のビル群まで増援がくる。あとのことは彼らに任せて、ここを離脱するぞ」
少女たちは似たような顔を付き合わせた。それからそのうちのひとりが恐る恐る、口を開いた。
「あのひとが、私たちのオリジナル、なんですか?」
照慈は固く唇を引きむすんだ。
それから、意を決して彼女たちに
「それは、お前たち自身が決めることだ」
と、答えた。
「愛するべき親も、進むべき道も、自分の意思で決めるんだ。俺たちにだって、その自由があるはずだ」
我ながら、薄っぺらいことを言っていると感じている。
ただそれでも、騙しても良い。今は、生きる希望を持たせて先に進ませることが大切だった。
その薄っぺらな夢物語を、いつの日か現実に変えられるのは、今この地獄から抜け出ることが先なのだから。
そして自分でつぶやいた言葉に、
「あぁ……そうか」
と、思わず彼は納得した。気づいた。もう迷わない。
足下に銃弾が爆ぜた。
振り返れば、ホテルから銀髪の少女が飛び出てきたのが見えた。突撃銃を手にして、ためらいなく連射しながら、夜叉のような表情で追いすがってくる。
「逃げろっ! この場は俺が食い止める!」
と、その子羊たちの背を押し、自らはノイズまじりの肉体を引きずり、橋の上に仁王立ちする。
――なるほど道理だな。究極の拳法家だって目つぶしのためにスモークボムは使うし、女剣士がMKを乱射してリーチを埋めてはいけないなんて法律はないか。
合理的な彼女の追撃に一定の納得を示す。だが、その理念は否定し、拒絶し、妨害する。
自分の姉妹のために、何より、自分自身のために。
彼もまた、最後の霧を帯びながら、彼女へ肉薄するべく、転身して駆けた。




