15.
廃棄物と焦土の塊と化した元礼拝堂。そのガレキの一角を押し上げる。
見上げた先には巨大な月が見えた。そして、業火を背に負った鐘山銀夜が屹立していた。
照慈はおびえる少女たちの無事をたしかめると、彼女らを震える腕で後方へと押しやった。
彼らをかばうべく防壁となった獣の躯は、周囲を取り巻く霧が晴れると同時に、朽ちて溶けて消えた。
「……なぜだ」
問うも、背後の女は答えようともしなかった。
する気もないのか。そもそもこの問い自体が無意味だとでも言いたいのか。
なぜ、彼女はクローンたちが隠匿されていた事実に気付いていたか。
最初から、なのだろう。おそらくは、施設を崩壊させたその時に、いくつかの資料を持ち出していた。そこから、施設からのがれた少女たちの存在を知った。
そして『シルバー・ミスティ』と同様に、彼女の予定表にはその『娘』たちの殺害も組み込まれていたはずだ。
自分は愚かにも、あわれな羊たちの待つ牧場へ、この女狼を引き入れてしまったのだ。
この百里先までの行動まで決めて動くような女がしでかしたことは、今となっては覆りようもない。これからすることを、改めようともしないだろう。
だが、本当に聞きたい理由は「なぜ知っているのか」という点ではなかった。
もっとむなしく、より無意味な問いを投げようとしていることに、照慈は自覚がある。
それでも、内から突き上げてくるものが、こみ上げてくる憤りが、鐘山銀夜の行動を黙殺することを拒んだ。
「『ミスティ』に対する殺意はまだ理解する……名を取り戻すという大義もあった……だが、これは違う。ただ生きるばかりの彼女らに、なんの罪がある!?」
「知れ切ったことを聞くなッ! 貴様らが生きていることが罪なのだ!」
一切の迷いなく、銀髪の聖女は刀の切っ先を彼らへと突きつけた。
「そこのゴミどもを生かしておけば、またぞろ誰かが能力や権威欲しさに集まってくる! 衆愚を為し、私の虚名を借りて世を乱す! 許せるものか、赦されるものかッ! かつての私の敗北が生み出した、忌まわしい産物どもが! その芽ごと焼き払って浄化してやる! そうすることで私はその罪を贖うことができるのだッ」
「たかが、そんな自己満足のために……っ!」
「ほざくなッ! むしろ縁もゆかりもないこの世界のため、真の正義と秩序を示そうというのだ! 否定されるいわれは、どこにもない!」
公然と、何に恥じることもないかのように、かつ狂気は欠片さえ見受けられず、銀の少女は言い放った。
しばし、沈黙と睨み合いがつづいた。
照慈は、今になって悟った。
人を生かし、救うことを義務とした者。人を殺し、裁くことを義務とした者。
平穏を守るように生きている人間。破壊と革命に生きた戦国の人間。
今をあがいて模索している人間。過去にその進路を確定させ、今なおそれを貫く相手。
彼女と自分たちとの間には、クリアで明確で、だが決して壊れることのない絶対的な隔絶が存在した。
たとえどれほどの難敵相手に共闘しようと、どれだけの言の葉を重ねようと、いざその均衡が破られれば、そんな上っ面の交流など木っ葉のように破綻する。
「……はっ」
照慈の口からは、知らず笑みがこぼれていた。
それは、握り飯を彼女に提供した時とは、対照の種のものだった。
「……そんなこと、最初からわかっていた。いやわかろうとしていた」
この結末を知っていたからこそ、早瀬須雲も、司馬大悟も、そして『あいつ』も、制止しようとしていた。
「わかっていた。わかっていたんだ。それでも、俺は……っ!」
それでも、自分は、この決断に後悔はしていない。
たとえその結末が間違いであろうとも。これからどれほどの惨事がわが身に降りかかろうとも。
そのあやまちの先にしか、得るべき答えはなかった。進むべき道がなかった。
「だが……ようやく理解した」
「なんの話を、している」
表情を変えず、剣先は微動だにせず、銀夜は問うた。背を伸ばして彼女へと完全に向き直り、彼女のクローンを背にかばう。
「俺はあんたを見誤っていた。あんたに触れれば、あんたの感情がわかると思っていた。それを抱く彼女たちの哀しみがわかると思っていた。そしてあんたが、こんな俺たちの幻想を振り払ってくれるものと、そう勝手に期待していた」
だが結局のところ、鐘山銀夜の怒りや正義は、銀夜自身でしか理解できないものだった。
『姉妹』たちの痛みは、彼女たちのものでしかなかった。
「あぁそうだ。あんたは、『聖女』じゃない。俺自身でもない。……まして、母親でさえも、ないッ!」
鐘山銀夜から生み出された獣は、感情を発露させて吠えた。
「貴様など、生んだ覚えはない!」
これ以上の問答は無用と、斬りかかってきた銀夜との間に、銀色の霧が流入した。
それが異空間の扉を開き、守るべき対照を、その中へと押し込んだのだった。
「逃がすかァあああッ! おのれの罪の象徴どもめが、私自身がなべて斬り伏せてくれる!」
自分とは似て非なる咆哮とともに振りかざされる凶刃をかわし、彼もまた、自らの色の銀に、自身を飛び込ませて、その場から離脱した。




