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Questing Beast  作者: 瀬戸内弁慶
後編~Silver Near Family~
18/32

8.

 霧が明ける。本物の朝がやってくる。

 あとに残されたのは、『商品』を乗せた一台のトレーラー、その鍵たるケース。二体の屍と、一組の男女だった。


 双方ともに、奇妙な出で立ちと外見のふたりだった。

 男の方は三十前半程度の男で、あでやかな黒髪をオールバックでまとめていた。焼けた肌とは対照的に純白のチャイナ服(パオ)に無駄のない痩身をつつんでいる。傷一つない端正な顔立ちとは裏腹に、その両拳の皮膚は分厚く節くれだっていて、骨格もたくましい。


「く、ふふふ」

 と嗤う女は、銀髪をなびかせて、真紅の瞳を勝者特有の愉悦でゆがませていた。

 そしてヒールを履いた足で地面の躯をもてあそべば、その首と胴とが完全にはなれ、毬のように頭部が転がっていく。みずからが手にした利刀の鋭さを再認識し、彼女は肩まで伸びた髪先を揺らして哄笑した。


 そんな彼女は華やかな紅を主体とした、まるで西欧貴族のような豪奢な衣装をまとっている。


 それぞれ意匠こそまるで違うが、お互いにカリスマ性というものを求められる立場だった。

 ゆえに趣味嗜好であること以上に、まずは外見に心を砕かなければならない。そのためのコスチュームだった。


「あまり、関心しないねぇ。こういうやりかたは」

 顔立ちのわりには低い声で、男は言った。

 それが不本意だったのか、女はまるで童女のように口をとがらせた。


「あら、頭領殿。なにがそんなにお気に召さないのかしら」

「大哥、と呼んでくれないか。頭領というのは『吉良会』の長老を思い出してどうにもいけない。……彼らの心をもてあそぶことがさ。むろんそれが君の能力だということは承知しているし、そのために余計な手間もはぶけた。だが、それと性根とはべつだ。君は、『聖女』とやらになりたいのだろう」


 女は口元に手の甲をやって、たおやかに笑った。だが、それとは不釣り合いな、血みどろの刀を手にしているのだから、純粋に美しいとは言えなかった。


「あらあら、むしろこれは『救済』ですのよ。彼らにとってすでに手に入れられないものを演出し、幸福のなかで苦痛もなく、生のしがらみから解放してさしあげたのですから。それに」


 女は血ぶるいのあと、死体の衣服でこびりついた血肉をぬぐった。

 それを手にしたままに、彼女は男のヒザに脚をからめた。

「もしよろしければ、貴方が望むとおりの夢も提供してさしあげますわ。……たとえば、大国の主として君臨する夢。あなたは王宮で美姫に囲まれ、世界中の財宝を望むがままに手に入れ、王道を敷き、みずからの国を富ませ文化を加速させ、千軍万馬をひきいて世を席巻するの」

「なるほど、それは男の本懐だ」


 鼻にかかった言葉で誘う彼女に、そう言って男は目を細め、口端を吊り上げた。

 だが糸のように細まった目には一切の喜悦もなかった。


「笑止。おのれの胸三寸にしたがって、その王道を打算なく荒らし、覇道を展望も野心もなく打ち砕き、十万億土がそれを白と言おうと黒だと張り続け、死ぬまで抗いつづける。梟首となったあとでもそいつを嗤いつづける。それこそが悪党たる者の本懐だ」


 女は自分の魅力に男がまったく興をそそがれなかった様子を見て、醒めた目でにらみながら後ずさった。


「それに僕に媚を売るよりも、君にはやることがあるのではないのかね。風のウワサでは、教団は本物の『聖女』を生み出したとか。いずれは、『聖女』の名を公然と自称する君のところにも来るはずだ。『シルバー・ミスティ』」

「言われずとも、肌で感じ取っておりますわ。頭・領・殿」


 『シルバー・ミスティ』と呼ばれた少女は挑発的に嫣然と微笑み、スリムな肢体に惜しげもなくみずからの手を這わせ、口元へと持っていった。


「ですがご安心を。私は彼女の記憶の大部分を持っていますわ。当然、それゆえの弱みも知ってますの。……そして彼女をふたたび黄泉路へ送った瞬間、私こそが正真正銘の『聖女』としてこの世に再臨するの」


 幻霧をあやつる銀髪の魔女はそう言って、フフと笑みを口のなかで転がせたのだった。

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