8.
霧が明ける。本物の朝がやってくる。
あとに残されたのは、『商品』を乗せた一台のトレーラー、その鍵たるケース。二体の屍と、一組の男女だった。
双方ともに、奇妙な出で立ちと外見のふたりだった。
男の方は三十前半程度の男で、あでやかな黒髪をオールバックでまとめていた。焼けた肌とは対照的に純白のチャイナ服に無駄のない痩身をつつんでいる。傷一つない端正な顔立ちとは裏腹に、その両拳の皮膚は分厚く節くれだっていて、骨格もたくましい。
「く、ふふふ」
と嗤う女は、銀髪をなびかせて、真紅の瞳を勝者特有の愉悦でゆがませていた。
そしてヒールを履いた足で地面の躯をもてあそべば、その首と胴とが完全にはなれ、毬のように頭部が転がっていく。みずからが手にした利刀の鋭さを再認識し、彼女は肩まで伸びた髪先を揺らして哄笑した。
そんな彼女は華やかな紅を主体とした、まるで西欧貴族のような豪奢な衣装をまとっている。
それぞれ意匠こそまるで違うが、お互いにカリスマ性というものを求められる立場だった。
ゆえに趣味嗜好であること以上に、まずは外見に心を砕かなければならない。そのためのコスチュームだった。
「あまり、関心しないねぇ。こういうやりかたは」
顔立ちのわりには低い声で、男は言った。
それが不本意だったのか、女はまるで童女のように口をとがらせた。
「あら、頭領殿。なにがそんなにお気に召さないのかしら」
「大哥、と呼んでくれないか。頭領というのは『吉良会』の長老を思い出してどうにもいけない。……彼らの心をもてあそぶことがさ。むろんそれが君の能力だということは承知しているし、そのために余計な手間もはぶけた。だが、それと性根とはべつだ。君は、『聖女』とやらになりたいのだろう」
女は口元に手の甲をやって、たおやかに笑った。だが、それとは不釣り合いな、血みどろの刀を手にしているのだから、純粋に美しいとは言えなかった。
「あらあら、むしろこれは『救済』ですのよ。彼らにとってすでに手に入れられないものを演出し、幸福のなかで苦痛もなく、生のしがらみから解放してさしあげたのですから。それに」
女は血ぶるいのあと、死体の衣服でこびりついた血肉をぬぐった。
それを手にしたままに、彼女は男のヒザに脚をからめた。
「もしよろしければ、貴方が望むとおりの夢も提供してさしあげますわ。……たとえば、大国の主として君臨する夢。あなたは王宮で美姫に囲まれ、世界中の財宝を望むがままに手に入れ、王道を敷き、みずからの国を富ませ文化を加速させ、千軍万馬をひきいて世を席巻するの」
「なるほど、それは男の本懐だ」
鼻にかかった言葉で誘う彼女に、そう言って男は目を細め、口端を吊り上げた。
だが糸のように細まった目には一切の喜悦もなかった。
「笑止。おのれの胸三寸にしたがって、その王道を打算なく荒らし、覇道を展望も野心もなく打ち砕き、十万億土がそれを白と言おうと黒だと張り続け、死ぬまで抗いつづける。梟首となったあとでもそいつを嗤いつづける。それこそが悪党たる者の本懐だ」
女は自分の魅力に男がまったく興をそそがれなかった様子を見て、醒めた目でにらみながら後ずさった。
「それに僕に媚を売るよりも、君にはやることがあるのではないのかね。風のウワサでは、教団は本物の『聖女』を生み出したとか。いずれは、『聖女』の名を公然と自称する君のところにも来るはずだ。『シルバー・ミスティ』」
「言われずとも、肌で感じ取っておりますわ。頭・領・殿」
『シルバー・ミスティ』と呼ばれた少女は挑発的に嫣然と微笑み、スリムな肢体に惜しげもなくみずからの手を這わせ、口元へと持っていった。
「ですがご安心を。私は彼女の記憶の大部分を持っていますわ。当然、それゆえの弱みも知ってますの。……そして彼女をふたたび黄泉路へ送った瞬間、私こそが正真正銘の『聖女』としてこの世に再臨するの」
幻霧をあやつる銀髪の魔女はそう言って、フフと笑みを口のなかで転がせたのだった。




