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Questing Beast  作者: 瀬戸内弁慶
後編~Silver Near Family~
12/32

3.

 人員不足がちな第三班にあらたに配備されたワゴン車には、第三第四班の主だったメンツが乗るだけでギュウギュウとひしめく形になっていた。

 一般的な車両よりも一回りほどおおきかったが、新調された機器がスペースを占めていたからだ。

 もっともそのおかげで、現場で押収した遺留品をすぐに鑑定することができるわけだが。


 肉眼で見るのとほぼ遜色ない鮮明度で、映像はプロジェクタで虚空に映し出されていた。

 だが、その車内を埋める機材をもってしても、『それ』が振るう太刀筋は正確に見抜くことはできないでいる。

 通路で、白い衣服を身にまとい、とまどい哀願する創造主たちを憤怒の形相をもって白刃で斬り立てていく、銀髪の夜叉の姿を。


 武術の心得があるはずの清蘭でさえ厳しく目を凝らして首を傾げ、並外れた動体視力を持つ『ファアリー・テイカー』こと斉藤でさえ、むずかしい顔で手刀を振るマネをしてみせていた。


 だが、回収した監視カメラの映像から、何が起こったか自体は、容易に明らかになった。


「……まぁ、予測の範囲内ちゅーワケですか」


 腕汲みした柿崎が、微苦笑して言った。


「連中ご自慢の実験動物が、オリから飛び出し暴走した。で、いかれた研究者も信者も同胞も、皆殺しにしちまったと」

「サイコどものありふれた末路だな」


 斉藤が皮肉げに鼻を鳴らし、同僚の言葉に応じる。

 清蘭は咳払いして、場に静寂さを取り戻した。いまいち第四班の空気になじめていない彼女だが、だからこそ場の雰囲気に流されず、うまいこと進行してくれている。


「『彼女』の存在は、我々のデータベースには存在していません。おそらくは『再臨計画』の最新型かと思われます」

「最新にして、これで最終(おわり)か」


 照慈は、自身がポツリと漏らした言葉にわずかな憐憫が交じっていることに気が付いた。

 だが彼女は彼の真意を汲めず、ただのつぶやきとして受け取って、かるくうなずいて見せただけだった。


 虚しさや達成感が、車の内部に満ちていた。

 だが、少女の安否や脅威を案じている人間は、少数といってよかっただろう。


 というのも、たしかに少女は敏捷だったが、あくまで『人類』の範疇だったからだ。

 彼らが相手にしてきたほかの『シリーズ』と比べると、身体能力ははるかに劣る。


 今は回収作業に従事している童嶋やよいのように、鋼鉄の肉体と怪力を持つ銀髪の少女がいた。

 あるいは自分以外のすべての時を停止させたかのように、高速で駆けまわる銀色の女がいた。


 それに比べれば、容姿にしてもスペックにしても、一般的なものだった。

 ――イッパンテキ、な。

 照慈は皮肉な気分に陥った。


 銀色の髪、白い肌、真紅の目を持つ、見目麗しい少女。

 これが『再臨計画』により生み出された『聖女』のクローンの容姿だ。

 なかには照慈のようにその条件から一部はずれる者もいるが、九割がたは同じ姿だ。

 仮に素体がふつうの人間だったとしても、その姿に整形手術されるとも聞いたことがある。


 つまりこれが、とうてい社会生活をまっとうに送れないような異様な容姿が、教団の連中の伝承によれば、『聖女』の原型なのだという。


 ――人の世とは到底相容れないモノが、秩序の使徒とは片腹痛い。


 陰鬱な気分を切り上げて、照慈はあらためて映像を見た。

 立ち振る舞いこそ人間のそれだが、振る刀は異様だった。居合、とも言うべきか。重厚な鞘からくり出される斬撃からは、火花というにはあまりに激しい光と熱とが宿っていた。

 あたりに飛び散ったそれは壁や床に触れれば赤く溶かし、そこから紅蓮の火が生じた。


 あれが、1000m四方の施設を焼失させた要因であるらしい。


 皆も、彼女自体はともかく、それには注視していた。


「彼女の振るうあの奇妙な長刀ですが、それについてはデータがあります」


 村上清蘭が慣れた手つきで近くのパネルを操作すると、途中で途切れた映像はかき消えて、かわりに刀の基本スペックが、鞘と刀身とを切り離した状態の写真とともに表示された。


 こうして静止画を見てみると、まるで鞘は甲冑でも着込んだかのように無骨でいくつもの装置が組み合わさった複合物。反して刀はシンプルな反りのあさい刀で、妖気さえまとっているほどに照りが美しい。そのミスマッチぶりが、逆に異様に感じさせた。


「通称『大渡瀬(おおわたせ)』。時州傘下の『サファイア・ベール社』で開発された海外向けの工具、だそうです」

「工具!? いやいやどう見てもカタナっしょ! ていうか兵器じゃん!?」

「……いえ、ビル解体用の切断工具として出願中だったものがデータを盗まれた、というのが会社の言い分です」

「研究所まるまる吹っ飛ばすような代物を、ノコギリと同列にあつかえってか。おおかた武器として横流ししたに決まってる」


 そう吐き捨てた斉藤にそのとおりと言わんばかりに彼女はうなずいて見せた。


「刃自体も合金による業物だそうですが、これの問題は刃に塗布された特殊な粒子です」

「粒子?」

「えぇ。それ自体は空中を数秒間漂えば自壊をはじめるのですが、鞘による共振装置を作動させれば、それ自体が起爆剤と化します。いわば、目に見えないほどの小さなC-4が刃に無数に付着している状態です。鞘はそれをコントロールする起爆スイッチ兼、粒子の補充カートリッジなのです」

「威力は?」

「TNT換算二倍。細い鉄骨ならば一振りで容易に切断できるでしょう。これは極力威力を抑えた状態でのことで、条件がととのって最大出力を発揮すれば、それこそビルを一瞬で崩壊させてしまえるとか」

「……誰だよ。そんな意味不明な武器……いや工具を考えついたの」


 第三班の誰かがぼやき、暗黙の同調が場に流れた。


「あと、これに関しては未確定情報なのですが……ともすれば実害以上にまずいことになるかもしれません」

「というと?」

「先ほど斉藤さんの言ったとおり、この『大渡瀬』はあえて意図的に、『サファイア・ベール社』がそのデータを漏えいしたおそれがあります。つまり、会社と教団とは裏でつながっていて、兵器開発を支援していたとも考えられます」

「そういうからには、根拠があるんだな」


 照慈はぬるくなったコーヒーを手元にたぐり寄せ、スティックシュガーを三本、クリープを一包投入した。

 コーヒーの味なんて吹き飛ぶほどの甘い飲料を飲み干す彼に、第三班指揮官は重くうなずいた。


「この『大渡瀬』という名、『銀の星夜会』の教典にも登場するのです。いわくそれは怠惰の混沌が支配する町の名で、『聖女』がひとたび刃を振れば、天より火が降り注ぎ、大渡瀬の町を浄化したとか。町の住人はみずからの非を悔いて彼女はそれを赦し、復興した町は幸福で秩序ある場所になったそうで」

「ハン、まるでソドムとゴモラだな。あ、ひょっとしてそれパクった?」

「…………つまり、彼女の神威を象徴する名であり、それを手にすることはすなわち本物の彼女の名と使命を継ぐこと。正当な継承者のシンボルであるはず。『聖女』のクローンがそれを振りかざし、第二の『銀の星夜会』を結成するかもしれません」


 ――本物の、彼女。


 長々と危惧を説く清蘭の言葉のなかで、照慈の心に引っかかったのがそれだった。

 彼女のパネルを操作し、もう一度、彼女が研究員やクローンたちを惨殺する映像を再生する。


「なにか、気になることでも?」


 いぶかしむ清蘭に「いや」とあいまいに言葉を濁し、少女の太刀筋や顔を注視する。


 ――わざわざこの瀬戸際に開発された、無能力のクローン。彼女が手にしたという、『聖女』たらしめる名の刀。覚醒からの即反逆。それに……


 画面に映る彼女の表情からは、どことなくほかのクローンとは一線を画すような、強烈な違和感をおぼえていた。


 違和感。

 自分のなかでそう呼んだ感情に、錫日照慈は疑問を抱く。


 違う、と思った。

 いびつで不自然なのは自分たちのほうなのだ。


 かつて、捕らえた『シルバー・ウィスパー』は犯行の動機についてこう語った。

「自分のなかで『彼女』がそう囁くのだ」

 と。


 容姿だけではない。

 記憶の一部や形成された人格、遺伝情報。

 それは、『聖女』からの受け売り、コピーでしかないのだ。

 自分たちはただの贋作で、多くのエセ『聖女』は、あくまで原典をそれぞれなりにロールしているにすぎない。


 だがどれほどに演じようとも自然、その言動にはひずみが生じる。あらゆるものをどれほど自分自身のアイデンティティだと信じようとしても、無意識化でそれが『彼女』由来の感情だと理解してしまう。


 だが映像のなかの彼女には、それが感じられない。

 自分がさんざんに会ってきた『姉妹』たちには、一人残さず感じ取っていたはずなのに。


 刃を振りかざし、天罰の雷火で同胞を焼く銀髪の少女。

 行動の是非や理由はどうあれ、彼女の憤怒の形相は、間違いなくホンモノで、太刀筋にはそれに対する迷いがない。彼女は、自分自身の殺意でもって彼らを斬っているのだ。


 それこそ、かつて『シルバー・ウィスパー』が語った、『聖女』の抱えていた歪んだ情念のような……


「……まさかな」


 照慈は、誰にも気づかれないように笑ってから、首を振った。

 だが、その胸は重石でもくくりつけられていたようで、鐘の音のように『姉』の言葉が断片的に反芻されていた。



 ――そう、貴方は……声を聞いたことがないんだ。

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