1.
ーーどうして、こうなった。
カルト教団『銀の星夜会』現最高権力者、朝比奈真斉は、燃え上がる施設の中で呆然と立ち尽くしていた。
干上がったような禿頭に必死にしがみついた毛髪が、二度、三度と吹き上がる熱風に揺れていた。
目の覚めるような奇跡が、『彼女』を知らぬ蒙昧なる世界を目覚めさせるような奇跡が、今この研究所に顕現するはずだった。
たしかに、彼らの悲願は成就した。
科学と魔術秘術の複合によって、真なる『彼女』は再臨した。
だが、実際にこの世に下りたのは、彼らの理想郷ではなかった。
現在は怒りをはらんだ煉獄が、目の前に広がっていた。
凋落の一途をたどっていた彼らの教団。
その起死回生の一手を打つべく大枚はたいて導入した装置や施設はクズ鉄と化し、『彼女』がひきいるはずだった『彼女』の息女も軍隊も、逆に『彼女』の手によって殲滅させられた。
彼の周囲は見通しがよくきいた。一帯のなにもかもが灰塵と化したというのもあるが、劫火の輝きが赤く夜空に伸びて、ちいさな星々をかき消すほどに明るかったからだ。
彼の悲劇は、よく見えるゆえであった。
あえて取り残された自分自身に、ゆっくりと接近する『彼女』への畏怖を、味わわなければならなかったのだから。
銀髪が、鮮血にひたって周囲に散らばっている。
その血と同じ紅を、白刃に絡ませて。
その髪と同じ銀を、首に絡ませて。
『彼女』は鞘と刀を引っさげて、シンプルな色合いだが上等な衣服を着ていた。いや着せられていた。刀も鞘も衣服もすべては朝比奈らが女神の象徴として与えたものだが、その瞬間に『彼女』は激怒し、暴れ狂った。
「な、なにとぞお気をお鎮めください聖女さま! 貴方さまはこの地上に絶対の秩序をもたらす偉大なる英霊。あまねく悪を断罪する正義の使徒のはず! 汚れなき御魂は我らの尽力によりいま再び受肉し、地上への帰還を果たしました! そして貴方さまが率いる天軍をご用意いたしました! いったい何がお気に召さないと言うのです!?」
銀髪の奥で、真紅の瞳がゆがむ。
「いかにも。私こそは秩序の体現を望む者。悪を殺す断罪者である」
と、彼の言葉の一部を、銀髪の聖女は肯定した。
だが振り上げた刀はいささかのためらいも見せずに、彼の首筋へと振り下ろされた。
「その私が断ずるのだ。……貴様らは、悪だ」
朝比奈真斉が最後に見た光景は、人物は。
冷然とした眼差しで彼の首と胴とを切り離した、銀髪の夜叉だった。
〜〜〜
焦土と化した研究所跡、新たな肉体を産んだ子宮を背に、彼女は歩き始めた。
無骨で巨大な鞘に細身の刀を収めてかつぎ、すすけたシャツの上から首にかけては薄紫のストールを巻いて。
空いた片手には、オカルト系雑誌の破片が握り締められている。一般教養があらかじめ植えつけられた脳髄をもってすれば、時代を超え文化を超え、そして世界さえも超えて再誕したばかりの少女であっても、理解するのは容易だった。
文面自体は、唾棄すべき下世話なものだが、いずれにも登場するのは教団の名、聖女の仇名、そして銀夜というワード。
ぎり、と奥歯を噛みしめる。
「良いだろう。しばらくはその名、貸し与えてやる。いずれ貴様らを討ち、取り戻すその寸刻まで」
違法な薬品に引火でもしたのか、建物の残骸を包んでいた火炎は、一層大きく膨らんで、それから波のように一帯を侵掠していく。
鉄骨を焦がし、死体を溶かし、そして唯一の生存者である銀髪少女を、背後から飲み込んだ。
それが引いたあとには影さえ残らず、銀髪の聖女の再臨を信奉するカルト教団『銀の星夜会』。その崩壊の音が聞こえるばかりだった。




