1.
「狐少年」
という怪談……というよりも都市伝説的なうわさが横浜市内の某ショッピングモールのフードコート内に流れ始めたのは、今年の春あたりからだった。
現に、その少年と彼にまつわる現象を見たというものは、あとを絶たない。
内容としては、おおむね以下の流れのようなものだった。
モール閉店まぎわ、注文受付時間ギリギリに、ひとりの少年がやってくる。
すぐに着脱ができるようなカジュアルなファッションに身を包み、寒い日などはその上から子供用のダッフルコートを羽織り、毛糸の帽子などをかぶっている。
歳頃は十二、三といったところだが、愛嬌がなく、ぽつぽつと各フードコートに注文をする。
メニューとしては、左から回っていってケチャップのオムライスと、ミートスパゲッティ。つけあわせのハッシュドポテト、デザートのクレープ。クレープは日によってサンデーに変えたりするが、いずれにせよチョコレートが入っている。
量は多いもののラインナップとしては実に年相応で子どもっぽい。
それをプレートに乗せて席について、驚異的な食事スピードで退去のアナウンスまでに平らげる。
時折妙に道徳ぶった大人が割り込んできて親の所在をたずねたり、夜遊びや……その目立つ外見を注意したりする。
すると表面の硬さとは裏腹に彼は素直に彼らに頭を下げる。
持ち帰れるものは店員に頼んで容器に移し替えて袋に詰めてもらって、店を出る。
店員からは注意はしない。金払いはよく売り上げに貢献してくれているし、そもそもそういう注意が無駄だということは、彼自身の態度からも……そして、実質的にもできないことを、承知していた。
それを知らない夜回りの教師、あるいは民生委員が彼を補導しようとする。
すると彼らの目の前で、少年は姿を消すのだ。幽霊か、でなければ煙のように。
奇妙かつ、ブキミではあるものの、彼が渡した硬貨や紙幣が木の葉がかわることはない。
もはや店員たちやスタッフにとっては、座敷童、あるいは手袋を買いにきた狐の子のような存在として受け入れられてきた。
だから、『狐少年』。
抜けるような白銀の髪ときれいで深みのある青色の両目を持つ、妖狐のたぐいだった。両目を持つ、妖狐のたぐいだった。