一話
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私は英雄に興味を持っていた。自身が英雄に成りたい訳ではなく、ただ英雄の傍に居たかった。英雄が残す伝説をその目で見てみたい、そんな気持ちが募り私は英雄を求めて王国軍乙女騎士団に身を投じた。
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「・・・ふぅ。」
彼女は扉の目の前で無意識に息を吐いていた。別に憂鬱な訳ではないのだろう、ただ少し緊張しているようだ。
「良し!」
彼女は意を決した様で、扉を叩き返事を待つ。
「はい。」
部屋の中から優しそうな声で返事が返ってくる。部屋の主のものだろう。
「本日より王国軍乙女騎士団副官に配属されました、ロス少尉です。ゼロ中佐にご挨拶に伺いました」
「・・・・・どうぞ、入って下さい。」
少し間が空きその後部屋に入るよう促される。ロスは緊張しながらも自らの上官となるゼロ中佐がどんな人物なのか考えていた。
(ゼロ中佐とはどんな人物だろうか?声を聴く限りでは穏やかで、優しそうではある。サリア教官からは会えば分かると言っていたが。)
「失礼します。」
部屋の中にはロスの期待していた沢山の勲章やメダルは無く、ベットと椅子が二脚に、衣装箪笥と、テーブル、それに仕事用の机だろう書類が纏められて置かれている程度で、殺風景な部屋にテーブルを挟んで二人の女性が座っていた。
向かって左側には美しく長いブロンドの髪に着こなした赤い軍服、恐らく誰に聞いても絶世の美女だと称すだろう。人によっては傾国の美女サラを思い起こす人もいるかもしれない。そう思わせるほどの女性がそこに居た。
対して右側にはボサボサの黒髪に黒いインナーと黒い短パンと、非常にラフな格好の女性が座っており難しい顔をしている。
この二人のどちらがゼロ中佐だろうか?ロス個人の思いからすれば左側のブロンド髪の女性であろうと考えていた。ある程度声と容姿は一致するものだ。
そんな事を思ってると黒髪の女性にそこでちょっと待ってなさいと、言われた。
ロスはテーブルの上にあるものを見て納得する。テーブルの上には盤と駒がありボードゲームの最中だった様で二人は先に一ゲーム終わらせるつもりらしい。
「これで私の勝ちでしょ。」
黒髪の女性が得意げに言い放つ、いかにもしてやったりと言った表情だ。
「いいえ、私の勝ちです。これで・・・ほら。」
ブロンド髪の女性は落ち着いた表情で駒を動かす。盤面は完全に詰んでいた。
「あーもうやめやめ、やっぱり勝て無いわね。」
黒髪の女性は大きく伸びをして一つ欠伸をする。
「何であなたは何時も盤面の効率を重視するんですか。何時もなら直感で動くのにゲームの時だけ美味しい所を取りに行こうとする。だから負けるんですよ。」
「だってその方が勝てそうじゃない。」
黒髪の女性は良い迷惑だとでも言いたそうな顔でブロンド髪の女性を見る。
「・・・・あなたと言う人は。」
ブロンド髪の女性はあきらめた表情をした後、ロスへ向き直り彼女に話しかける。
「えーと、何の御用件でしたっけ?」
ロスはその言葉に一瞬焦ったが直ぐに我を取り戻し最上位の敬礼をした後、ブロンド髪の女性に向き直り挨拶をする。
「は、本日より王国軍乙女騎士団副官に配属されましたロス少尉です。この度はゼロ中佐の隊にそれも副官として配属させて頂けた事を心より嬉しく思っています。若輩者故ご苦労をかける事もあるでしょうがご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。」
その言葉を聞いたブロンド髪の女性は笑うのを必死に我慢しながらお腹を抱え始める。ロスは何か自分がおかしなことでもしてしまったのだろうかと冷や汗を掻くが敬礼は崩さず相手の反応を待つ。
「ねえ?今この状況がどういう状態になっているかその大きな頭で考えなさい?それともその頭の中は空っぽなのかしら?そしてこの状況がどういう状況か理解したらそれを自分で説明してみて、あなたがどんな事を言うか興味があるの。」
その言葉に反応してロスは黒髪の女性の方を見てしまう。最高の笑顔だった、彼女に向けられた強烈な殺気さえなければ。
この状況で自身に向けられた強烈な殺気、ロスは自分が何をやってしまったのかを悟った。
確かに通常なら部屋の中でラフな格好をしていたら普通はその人物が部屋の主だろう、しかし彼女は先ほどの声と二人の対照的な見た目によって思い込みで判断してしまっていた。単に彼女が二人のうちどちらが自身の司令官であって欲しいという思いもあっただろうが。
このままでは不味いとロスは考え直ぐに謝罪をしようと頭を下げようとするが体が動かず言葉も出ない。正に蛇に睨まれた蛙だとでも言うのだろう、ロスは完全に萎縮してしまっていた。
「少尉?そろそろ答えは出たかしら?私、我慢強い方じゃないから、そろそろ、ね?」
ゼロはイライラし始めているようでロスに向けてくる殺気が段々濃くなってきている。その重圧に耐えかねてかロスは呼吸に乱れが生じ眩暈や頭痛にも苛まれ始める。気を抜けば直ぐにでも気絶してしまうに違いないがそんな状況でも何とか平静を装う。
そんな状況を見兼ねたのかブロンド髪の女性がゼロをなだめ始めた。
「中佐、そんなに殺気立ってたら軍学校卒業して直ぐの新人には苦しいと思いますよ。ほら見てください 彼女、目の焦点が合わなくなって来てますし。」
「そんなに私に負けたのが悔しいですか?負けず嫌いなのは分かりますが他の人を巻き込んだらだめですよ」
「うっさいわね黙ってなさいカレン、これは私の上官としての正当な怒りよ。」
「そうですか、弱りましたね。・・・じゃあ後でセレナにタルトでも作って貰いましょうこれでどうですか?」
「カレン、あなた私を子供か何かだと勘違いしてない?私はあなたの上官だった覚えがあるのだけど?」
「タルトじゃ不満でしたか?ならタワーケーキにしてもらいましょうか。」
カレンは満面の笑みだった。誰が見ても分かるゼロで遊んでいるのだ。ゼロもその事が分かっているのだろう、ロスに向けていた笑顔は消えカレンを睨みつけている。
そんな状態での沈黙が一分程続きロスの意識が限界を迎えようとしていた時、ゼロの放っていた殺気が消え、ため息を吐き天井を見上げる。
「はぁ、もう良いわよ私が子供だったわ、まあカレンもそれなりだけど。」
「で、えーと何だっけロス少尉だっけ?」
ゼロはロスに向き直り問いかける。その言葉を聞いてロスも飛びかけていた意識を覚醒させ返事をした。
「は、はい!ロス少尉です。先ほどは失礼いたしました、本日よりよろしくお願いします。」
「そうね、とりあえず騎士団の主要メンバーに挨拶しに行って来なさい。それから此処へ戻ってきて。」
「カレン、案内は宜しくお願い。」
「もちろんです。あれに関してはどういたしましょう?」
「とりあえずは特に無しで、可能と判断したら私から伝えるわ」
「承知しました、ではロス少尉挨拶に向かいましょうか。っとその前に私の自己紹介がまだでしたねカレンと言います、階級は中尉であなたと同じ副官職にあります。これからお願いしますね。」
カレンは笑顔で手を差し出す。ロスもそれに従って手を差し出し握手をし答える。
「はい、こちらこそ宜しくお願いします。」
ゼロを除く二人は乙女騎士団の兵舎へと向かい部屋を出る。部屋に残されたゼロは二人の足音が遠のくのを確認すると一人つぶやいた。
「サリアが期待の新人だと書いてたけど流石にカレンやサリア程じゃ無さそうね。まあ早々あんなのが多くいても困るわね。」
ゼロはため息を吐くと衣装箪笥から軍服の上着を羽織り部屋を出る。
「セレナに何か作って貰うのがいいわね。うん、そうしましょう。」
ゼロは新人の副官をどう使うか考えるのは一度やめ何か食べる事にした。一度実戦を経験させればある程度はどうとでもなるだろう、そう思いながら。