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世界と魔法の便利で不便な話

 僕らが住み、開拓するこの世界ドラゴノアには、魔法と呼ばれる現象がある。色々な事に使える便利な力だ。

 一般的には空気中に存在する『魔素』を消費して事象を具現化する事を指す。

 火の無いところに火を起こし、水の無いところへ水を呼ぶ。そこに起因するのは想像力だ。豊かな想像力があれば、小さな言葉を持って魔素を操り大きな事象を具現化できる。

 便利だが、多少なりと制約はある。砂漠で水の魔法を使おうとすればその効果は下がるなど。その土地に合った魔法は効果が大きいなど。

 そんな制約を諸共しないのが、魔法使い、魔導師と呼ばれる職に従事する者たちだ。月の民は特にその恩恵を神竜より授かっている。彼らは効率よく魔素を操れるようにと、手の平か手の甲に痣を持って生まれる。その痣が魔法陣の役目を果たし、彼らはいつ如何なる時でも最大限に魔素を操り、魔法を使う事が出来るのだ。

 もちろん、月の民以外の民も魔法を使うために努力と工夫を重ね、月の民の魔導師に引けをとらない他民の魔導師も沢山いる。月の民でも魔導師に向かない者だっている。光の神竜が作り上げた民はどうしてかこうも多岐に渡り、そして矛盾を抱えて複雑だ。

 闇の神竜に作り出された僕ら闇の民は、大体何でも出来る。得意分野は各々種によって異なるが、総じて闇の民は平均的に能力が高い。光の神竜が少しずつ力を分け与え多くの民を生み出した反対側で、闇竜様は大きく力を分けて少ない民を作り上げた。光が強く大きければ、深く暗い闇が生まれる。闇竜様の強さの裏側には光の神竜の強さがあったと、そう言う事なのだろう。

 魔導師の使う魔法は多岐に渡るが、一般的な人々が日常的に使う魔法も存在する。料理人は魔法で火を起こすし、洗濯をする小間使いは風の魔法で皺を伸ばしてから干す。真水が不足する洋上では、定期的に真水を呼び寄せる魔法を使い、それを煮沸消毒するためにやはり火を起こす。火が船に燃え移ることの無いように土の魔法で囲いを作る。民によっても得意な魔法は異なるので、小さな力の民たちは大人数で集まって、協力しながら魔法を使う事もする。光の神竜が望んだのは、こう言う相互協力の姿なのだろうと、この数ヶ月の航海を通して僕は学んだ。

 平たく言えば、お前は加減が出来ないのだから仕事の無い時は部屋に居ろ、と言われてしまったのだ。火を起こすにも大きすぎて小火騒ぎ、水を呼べば水浸し。風を起こせば航路図が渦を巻き、土の魔法にいたっては試す事も止められた。闇の民の力の脅威さをまざまざと見せ付けた上で、僕が船内で常時使用できる魔法は、精魂を具現化して抜き取る例の魔法のみと釘を刺されてしまった。

 とは言え、それは平常時のみの話だ。緊急時は副船長キオノス率いる魔法部隊に混じって攻撃魔法で敵を撃破するのだ。

 未知の海域で、未知の海洋生物と戦うのは言わずとも危険な状況だ。まず相手にどんな攻撃が有効なのか、一切の情報が無い。闇の民の僕ですら、見た事も無い魔物を何匹も見た。

 銃での物理的な攻撃が効かなかったり、近付いて剣で切り付ける事もできない相手には魔法で応戦するしかない。この魔物はアレに似ているから何が効くんじゃないのか?属性相関から考えてきっとあの攻撃魔法が効く、とか。試行錯誤の連続だ。

 ちなみに船には滑り止めの砂を大量に積んでいて、時折甲板に巻く。土の魔法を使用する時にも追加で巻くから効果は大きいんだ。

 甲板に上って来た獰猛な魔物に土の魔法を浴びせ、体表の水分を吸い上げて動けなくする方法が効けば一番手っ取り早い。しかし体表の水分に粘度の高い水分を纏っているヤツも居て、土の魔法だけでは対処できないものもいた。そうなると次は複合属性や上位属性の魔法で攻めることになる。氷や雷、光、闇の魔法がそれだ。体表に粘度の高い液体を纏っていた、巨大な獣の牙を持つ魚の魔物には、雷の魔法が良く効いた。粘度の高さが仇となり、電撃が内側へ巡ったのだろう。

 そんな風にアレでも無いコレでも無いと、魔法部隊は日々新種の魔物の研究に余念が無い。魔法部隊に属する星の民で生物学者だと言う男などは、仕留めた魔物の死体をつぶさに観察してスケッチして、どんな攻撃方法が有効だったのかを嬉々として纏め上げている。これも陸に上がれば、旅人の必須道具『魔物百科』の新情報として謝礼が出るのだから、この時代は何にしても金を中心に回っているようだ。


 フォーサイト島から十日。船は島の影を捉えていた。良く晴れて雲のない日に島の様な影が見えると住人からの情報を貰い、フォーサイトから目撃情報を募って南を目指した。一週間ほどではっきりと島の影を見つけた。

 道中の航路はほぼ平和と言って差し支えなかったろう。

 僕は医務室の隣の空き部屋(と言う名の倉庫)を掃除して自室として宛がって貰った。航海士としての仕事と、水夫たちから余計な精魂を抜き取る事以外は役立たずとレッテルを張られてしまったワケで、時間があれば好きなだけ自室で航海記録を読み返す事が出来るようになってしまった。

 時折甲板に小型の魔物が打ち上げられたりすると、魔法部隊の一員として呼び出されたりするが、それ以外はやる事も無く昼寝だって出来てしまうほど、航海は順調だった。

 未知の魔物たちと一戦交えることすら日常茶飯事。闇の民の僕が加わったことで、むしろ早く片が付くようになったとキオノスが喜んでいたくらいだ。

 航行中には食糧確保の名目で水夫たちが釣りをしているし、下っ端水夫たちは掃除に駆け回って、見張り番たちは欠伸をしている。

 バレーノは僕のためにと料理の試作に食材を使ったことでコック長から大目玉をくらったが、スムージーを作り上げた事は褒められたようだった。二日酔いや船酔いで食事が取りにくい水夫たちの病人食に、スムージーは栄養面でも飲み易さでも評価されたようだ。しかし病人食って……。

 ヴォルド船長は世話係のメノウ少年を抱えて大鼾だ。観光船にでも乗ったような、のんびりとした航海が続いた。


 島影を捉えてから三日。今、僕らは極限状態の戦闘態勢にあった。

 事の発端は一瞬だった。突き上げるように船が揺れ、衝撃に船内はごった返した。甲板に飛び出すと無数の巨大な青い触手がウネウネと海の中から這い出していた。

「各員!緊急戦闘配備!」

 ヴォルド船長の怒号で、一斉に水夫が持ち場に走る。その間にも触手は船を絡め取り、破壊しようと蠢いていた。

「砲撃準備!魔法部隊はまだか!」

 バキ、と船体の一部に亀裂が入った瞬間、僕は反射的に動いていた。

「ディベル!おい!」

 ヴォルド船長の声を微かに聞き取って、それでも僕は止まれなかった。背に隠していた黒い羽を翻して甲板を蹴り、船体に絡む触手の主であろう巨大な影に向けて、持て得る限りの集中力で、細く細く雷の針を両手の中に紡ぎ上げる。ぞわぞわと僕の瞳が闇に染まるのが分かる。

「Nadlo de tondro!」

 紡ぎ上げた雷の針を、右舷に絡んでいた触手に向かって投げ付ける。バチバチと電気が走り触手が硬直と同時に船体から離れ、残りの触手もあっと言う間に海の中へと姿を消した。けれど、それで危機が去った訳ではない。船の下、海中に大きく黒い影が今だ蠢いていた。

「ヴォルド船長!早くあの島へ行けないのか!」

「風がねぇだろうが!バカたれ!」

「まだ海中に居るぞ!」

「爆弾を沈めろ!ディベル!お前いつまで飛んでられる?」

「一時間!飛ぶのは疲れるんだ」

「よし、ホーク!イーグル!見張り台に登れ!ディベルとタコ野郎を見張れ!」

 電撃弾を忘れんな!と尻を叩かれた見張り二人が素早く見張り台へ上る。疲れたら僕もマストの上で休もう。

 甲板では魔法部隊が円陣を組み、その手に持った武器を基点に魔法陣を描く。魔素の燃焼反応の光が線になって各々を結び、八人一陣で計二十四人の魔法使いが三つの魔法陣を描き上げた。その全てへキオノスの足元から線が伸びている。彼を基点とした随分大きな魔法の準備だ。光の民の魔法についてはあまり詳しくない。彼らの魔法技術は日進月歩。日々新しい魔法の開発に尽力しているんだから、僕ら闇の民が知らない魔法も多数ある。

 ただ言えることは、複数人で紡ぐ魔法は威力が大きい分、魔法使いたちへの負担も大きいと言うことだ。

「ディベル!マストの上に降りて!風の防御陣、展開!」

 キオノス副船長の号令で、円陣を組んだ魔法使いたちの一組が魔法を発動させた。船全体を風のドームが覆う。マストの先端に降りた僕の頭上を風の膜が通り過ぎていく。

「ディベル、それに触るんじゃないよ。圧縮された空気が行き交ってる。指が吹き飛ぶよ」

「うわっ……こわ」

 僅かに震える空気の流れに頬がひやりとした。船全体を風の膜が覆い尽くしたところで、触手の一本が海面から上がってきたが、風のドームに阻まれてその先端をはじき返されていた。触手の表面が抉れて海面に落ちた。コイツは風の魔法が利くのか。それを察したのはキオノスやヴォルドも同様で、各々水夫たちに新たに号令を飛ばしている。

「電撃弾と風塵弾を追加でいけ!風塵弾なら同属性でバリアを貫通できる」

 なるべく同じところに打ち込んで、水を払え!とヴォルドの号令で水夫たちが一斉に銃を構え、甲板の縁から一班ずつ順に海面に向けて魔法の弾丸を撃ち込んだ。最初の一発が海面を割り、露わになった触手の主に風の魔法弾が命中する。のたうつ触手に海面が大きく波打ち、その巨体がずるりと動いた。

「ヴォルド船長!来るぞ!」

 甲板に向けて叫べば、続けざまにヴォルドが「全員何かに掴まれ!」と号令を発した。

 船底の陰が右舷側へと移動し、海面を押し上げながら浮上を開始する。盛り上がる海面に持ち上げられ、船は大きく傾く。が、風の防御陣のおかげなのかその水平はほぼ保たれ、割れた海面の大波を乗り越えて、触手の主と狂気の淑女ガードルード号が邂逅した。

「いっつも俺の邪魔をするのはタコ野郎だな」

 憎々しげに、何処か嫌みっぽく、ヴォルドが触手の主に毒吐いた。

 真っ青な体表に、水滴を落として滲ませたような斑点がいくつもある不気味な姿、大きさはガードルード号のマストを遙かに上を行く巨体のそれは、ブルーオパスと呼ばれる蛸の魔物だった。

「嘘だろ、こんな奴、僕ですら初めて見たぞ!」

 度肝を抜かれる、とはこう言うことだ。ブルーオパスはせいぜい五十センチにも満たない小さな魔物で、闇の民の中ではよく食べられる食用魔物だ。

「ヴォルド船長!喜べ、コイツは食用の魔物だ」

「食用だぁ?こんな気色ワリィ色の蛸が食えるってか!何人分のたこ焼きが出来るかね」

「さぁな、僕の知っているブルーオパスは五十センチにも満たないやつだったけどな」

 はぁ?と素っ頓狂なヴォルドの声を聞きつつ、キオノスが冷静に「神竜様のお力か」と呟いたのを聞いた。

「元がブルーオパスならば大抵の魔法は効くはずだ!」

 瞬間的に考えに耽っていたキオノスがはっと甲板で円陣を組む魔法部隊の面々を見やった。

「魔法攻撃隊!一陣は風の魔法、二陣は炎で行きます!」

「弱点は頭部と触手の付け根に見える目みたいなやつだ!狙え!」

 甲板で円陣を組んでいた魔法使いたちが、一斉に魔素を燃やして臨界状態へとシフトした。それは程なく属性の色を伴って強力な形を成した。渦巻く風の塊は竜巻の形になり、逆巻く炎の塊は巨大な火球になった。

「放て!」

 ヴォルドの号令に合わせ、防御陣を貼っていた防御部隊がその魔法を解除した。右舷側から風の膜に穴が開き、そこに巨大な竜巻が放たれる。渦を巻く風の刃が波間を切り裂いてブルーオパスに襲い掛かった。

 ぞるぞるとのたうつ触手が竜巻によって吹き飛び、千切れ飛ぶ。威力が削がれ、急所には到達しなかったが、それで十分だ。

「Hakilo de flamo!」

 第二陣の火球が飛ぶのと同時に、僕も両手に炎を呼び出す。棒状の炎を下手投げの要領で宙に放てば、それは斧の刃のように幅を広げて火球の後を追って飛んだ。ぼふわ、と炎がブルーオパスの頭部に直撃し、更に追撃の炎の刃によってその頭部と触手が真っ二つに切断され、ブルーオパスは静かにその活動を止めた。

「何て威力だい……。闇の民の名は伊達じゃないってことかね」

 呟いたキオノスの言葉に、事の顛末を見つめていた水夫たち全員が我に返り、歓声を上げた。

 マストの上空から見張り台へ降りると、見張り役で遠目の利くホークとイーグルと呼ばれる水夫たちが手を貸してくれた。

「すげぇやディベル。あんたつえぇんだな!」

「うわっ、闇の民って魔法使うと本当に白目が黒くなるんだな」

 二人は気さくに僕を褒める一方で、まだ戻らない目を見て驚きもした。何にしても彼らは素直で実直だ。

「少し大きな魔法を使ったからな、じきに戻る」

 二人の手を借りて甲板に戻ると、僕同様に大きな魔法を使って疲れ果てている魔法使いたちから労いの声援と、攻撃部隊の水夫たちからの熱い声援を受けた。僕の目を驚く声も聞きつつ、それでも多くは笑顔で僕の最後の一撃を褒めちぎった。

「おいオメェら!はしゃぐのもそこまでだぞ!大工衆!船体の損傷確認と補修行け!手の空いてる奴らは船を下ろしてタコ野郎の回収だ!ディベルの言う事が間違いなければ、あれは食いでのある食料だぞ」

 船長らしい一喝で、ヴォルドが水夫たちの尻を蹴った。バタバタと持ち場についていく水夫たちと、ふら付く足で船内に休憩を取りに戻る魔法使いたちを見送りつつ、近付いて来たヴォルドがぽんと肩を叩く。

「良くやったな。お前さんを引き抜いたのは正解だったぜ」

 この前世話になったヤツじゃなかったけどな、と言ったヴォルドの顔は、それでも一時的な勝利に浮ついていた。

 次も頼むぜ、と言い残し、ヴォルドはブルーオパスの引き揚げ作業へと合流して行った。

 そこで僕は息を止めていた事に気付き、ぷはぁと息を吐いた。

 今更にドクドクと心臓が高鳴っている事にも気付いた。指先が小刻みに震えている。巨大な敵を打ち倒した。夢魔の力ではなく、ただ魔素を燃やして魔法を使っただけなのに、その異様な達成感に脳みそが痺れていた。

「お疲れ様」

 ぽんと背中を押されて横に並んだキオノスに顔を向けると、垂れ目の顔をくしゃっと笑わせて、彼は微笑んでいた。

「君がいて良かった。これからの航海は生存率が上がりそうさ。私らの火球だけじゃ奴は倒せなかった。アレに乗じて君が止めを刺してくれたから楽に終わった。いつもならあそこから反撃を喰らうのが定石なんさ」

「……光の民は、弱いな」

「そうさね、だからこそ協力するし、知恵を働かせる。そうやって闇の民のディベルとも協力出来た。私らの強みはそこさ」

 お疲れ様、ゆっくりお休み、とキオノスは言い残して、自身もふら付く足で船内への扉をくぐって行った。

 二十四人の魔法使いが描いていた魔法陣の下、巨大な魔法陣の基礎軸を彼一人で描いていたのだから、彼も相当な力の持ち主だし、何より疲弊しているだろう。

「はあ、疲れた」

 何故か胸が透くような達成感を抱きつつ、僕も宛がわれた自室へと戻ってしばし魔力の回復に努めた。



 ヴォルド船長の指揮の下、巨大な蛸の魔物はガードルード号や小型船に固定させて、目前に見えていた島へと引き上げられた。固定に丸二日、移動に二日かかる大仕事だった。魔法使いの風の魔法でブルーオパスはぶつ切りに切断されて船へと運ばれた。もちろん僕もその作業に従事し、巨大なブルーオパスを細切れにしてやった。

「……確かにコイツは俺たちも食う蛸となんら変わりはねぇな」

 色以外はな、とコック長が運び込まれたブルーオパスをまじまじと見ながら調理法を考えているようだった。

「そもそもこんなに大量の蛸をどうしろってんだ。ゲソだけでもこの量だ。腐らしちまう」

「保存食にするのはどうです?干して、漬けて」

「それでも手も場所も足りねぇだろうが。こんな大量のブツを何処に積むんだ?」

 料理人たちがああでもないこうでもないと討論するのを見つつ、ブルーオパスの生態は此方では未知のものなのかと改めて食文化の違いを実感した。

「コック長、ブルーオパスなんだが、海水に浸けておけば死んでからも一ヶ月は腐らずに食用可能だ」

「本当か航海士?」

 コック長は肩幅と上背のある大柄な男だが、それが目を丸くしている様は少し滑稽だった。網で纏めた切り身を船の後方に下げて海水に浸けておけば保存が可能だと案を出す。

「アレが僕の知る本来のブルーオパスと同じ生態ならな」

 ブルーオパスは元々小さな食用魔物である事を告げると、何処から現れたのか牧師ウィルが文字通りその大きな太陽の瞳を輝かせながら首を突っ込んできた。

「ねえ、元々五十センチにも満たないような小さな魔物が、何故あんなに巨大化したのだろう」

「そんな事俺が知るか」

 料理人たちが口々に知らぬ存ぜぬと口にする中、ウィルはもっと脳を働かせようよと訴える。料理人たちは食材の大きさなどは特に関心がなく、どう料理するか、にしか頭が回らないようだ。

「天変地異の影響なんじゃないですか?」

 そんな中、バレーノがウィルの議題に乗った。やはりこの呪い持ち料理人は好奇心旺盛なのだ。

「元々は世界の裏側に居た奴が、天変地異でこっちに流れ着いて、大きくなったとか」

「やっぱりその辺りを疑うべきだよね」

 揃って討論を始めた二人を置いて、料理人たちはブルーオパスの切れ端を各々持ち帰り、調理法の模索を始めるようだ。どんな料理になるか少し楽しみだ。僕は食べれないけど。

「……じゃあ、何故此方に流れてきて巨大化出来たと思う?」

 料理人たちを他所にアレコレと想像を膨らませる彼らに悪戯心が芽生えた。と言うよりは、光の民は神竜と闇竜様が旅立たれた顛末を殆ど知らないのか?無知と一蹴するには、特に神竜信仰者のウィルには哀れだ。

「……餌場として優秀だったとか。食べ物があれば彼らは食べて大きくなると思います」

「此方の外敵に対して巨大化することで生き残る術にしたと思うんだけど、ディベルは何か知っている顔をしているね」

「ちょっとブルーオパスの話を棚に置いてしまうが、二人は何故この世界が球体になったか知っているよな?」

 その問いに、二人ははたと目を合わせた。ウィルは神竜様が旅立たれたから、と答え、バーレノもそれに同じ答えで続いた。ただ神竜様から『この世界は一つの天球になる』とお告げがあったのだと言う。それはそれで間違ってないんだけどな。

「平らな世界だった物が球体になった。では、球体になるのに足りなかった部分は何処から来た?」

「足りなかった部分……」

「神竜様が新たに創造されたんでは無いのかい?」

 ……神竜は民に何も教えずに旅立ったんだな。全てを説くには民が多すぎたのか、それともその答えに辿り着くように思案させる為だったのか。何にしろ、神竜は随分やる事が荒い。

「そもそもの話からするけれど、神竜が闇竜様と長きに渡った不仲を解消した事は知っているよな?」

 頷く二人に話を続ける。

 原初の闇の中に神竜が発生し、自らの体を望み、大きく創り過ぎた自分の体を分けて眷属の竜を創り、そして眷属の竜たちと共に民を造り世界を創った。その際に神竜は己の背後に迫る闇をその翼と尾で退けた、と言うのが神話の一説にある。

 その退けられた闇から生まれたのが闇竜様だ。神竜は長く退けていた闇と和解し、元あったひとつの体にお戻りになられた。長く半身を蔑ろにして来た神竜は己の無力を嘆き、そして世界にある民の力を知り、更なる飛翔を望まれた。半身を取り戻された神は世界を民の手に戻し、自らを慕う竜の民と共に新たな世界へと旅立たれた。それが神竜が旅立ちに至った顛末だ。

 多くの民が手を取り合えるように、自らが半身を取り戻したように、闇と光は一対である事を望まれ、そして世界を天球にされた。

「その時、神は足りない大地に自らの足を一対継ぎ足し、足りない空へ翼を一対継ぎ足されたんだ。だからこの外洋と空には神竜の力が原初の時と同じくらい濃く満ちているんだ」

「だから小さな魔物だったはずのブルーオパスがその力に当てられて巨大化したと言うことか!世界は未知に溢れているな……!」

「闇の民は神竜様の旅立ちに尽力されたとは聞いてましたが、本当だったんですね。ディベルさんやっぱり博識ですね、凄い……」

 各々の感想を聞きつつ、一様に目を輝かせる二人に若干引く。無知である事を前向きに捉えてくれるのはいい事だ、多分。

「おい、バレーノ!いい加減仕事に戻りやがれ!」

 コック長が渋い顔でのっしのしと大股で甲板を横切り、そこそこ身長もあるバレーノの首根っこを掴んだ。また後でぇ、と別れ際の台詞を残し、バレーノは涙目で厨房に連行されていった。

「彼も大変だねぇ」

「あんたは暇そうだな」

「今回は君の活躍もあって、祈りを捧げる相手が食材だけで済んだからね」

 暗に死者が出なかったことへの感謝と、光の民にとってこの海洋開拓と言う航海が如何に困難なことであるかを感じさせる言葉だった。

「……あんたの仕事が朝と夜のお祈りだけになるように、まあ頑張ってみるよ」

「おやぁ、ありがたいですね。何なら君の食事を用意する仕事くらい増えても良いんだけど?」

「流石に怒るぞ」

 あっはっはと笑うウィルを睨みつけていると、島から信号弾が打ち上げられた。

 ヴォルドやキオノスが何人かの水夫を伴って、無人島の偵察に行っていたのだ。上げられた信号弾の煙の色は白。今のところ問題はなかったようだ。

「来たね……二つ目の島だ」

 感慨深げにウィルが呟き、胸の前で十字を切って祈った。

 無人島を発見し辿り着くと、大きな帆船は少し沖合いに停泊させ小型船で上陸する。争いの闇を取り除かれているドラゴノアの住人は基本的に全ての対立は競争であると認識している。先にこの島に到達している者が居なければ、これを見つけたのは僕らヴァルメーガ海賊団になるワケだ。その印として、海から見える浜やその近辺に旗や旗付きの浮きを設置する。今回もそう言った印は見当たらず、浜にはヴァルメーガ海賊団の黒い旗が高々と掲げられた。

 程なく島の外周に印を付けに行った部隊からも信号弾が上がり、新たな島の発見に至ったのであった。


 島の外周はフォーサイト島と同じくらいだと測定士の資格を持った水夫が外周を回りながら大よそのスケッチを描いてくれた。それを元に僕は此処までの航路に島を書き加えた。

「良いぞ。あのタコ野郎ももっと上手い撃退方法を考えれば、移植初期の食料にも困らねぇし、上手く行けばココいらの名物料理になるだろ」

「そうするには、僕らは腕の良い料理人を一人失う事になるぞ?」

「えっ?や、止めて下さい!ぼくはこの船でディベルさんと一緒に航海するんですからね!」

 案の定、ブルーオパスは食用として光の民が口にしても問題のない性質のままだった。しかし問題はその身の色。体表だけでなくその身も真っ青なブルーオパスは、煮ても焼いても漬けても一夜干にしても青いままだった。僕には見慣れた料理の数々がテーブルに並ぶが、味は良いけど見た目が如何ともしがたい、と何処かで聞いたような水夫たちの感想にコック長が「目を瞑って食え」と罵声を上げた。

「……あの、あのぉ!」

 そんな中、カメレオンの呪い持ち料理人バレーノが、涙を流しながら持ってきた料理に、皆一様に驚きの声を上げた。そこに並ぶ蛸料理は、全て光の民が良く目にする料理の色をしており、それはバレーノの能力の適応先を告げていた。

「ぼくの、ぼくの料理が!普通の見た目の料理が出来ました!」

 闇の民の扱う奇天烈な色の食材は、バレーノの呪いの手を解すと光の民の料理の色になる。偶然が生んだ奇跡がそこにあった。

「ぼくが呪いを受けたのは、ディベルさんに出会って、闇の民の食材で美味しくて綺麗な料理を作るための運命だったに違いありません!ぼくはこの島に残ったりしませんからね、船長命令でも嫌です!」

「わぁったよ。今後も闇の大陸に近付く分、奇天烈な非常食を捌く事も増えるだろうから、お前は必要な人材だよ」

 溜息を吐いたヴォルドが、バレーノの作ったブルーオパスのたこ焼きを頬張り、美味い、と小さく褒めた。



おわり

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