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暗殺騎士  作者: 青蜻蛉
第一章 暗殺者の誕生
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第一話 七人と百人の暗殺者

「ねぇノート。ねぇねぇ。まだ着かないの~?」

「うるせぇな……。俺が分かる訳ないだろ。もうちょっと我慢しろ」


腰を曲げて疲れたように肩に手を置いてくる同僚に向かって、俺は呆れながらつぶやいた。

……全くこいつは。さっきまではしゃいでいた癖に、早速飽きてんじゃねぇよ……。っていうか普通に重いから手は話して欲しいんだが。

無言の抵抗として早歩きで肩の手を離そうとしたが、手の平に吸盤でもついているかのようになぜか微動だにしない。


「おいピア、重いからこの手離せって」

「ヤダ。楽だから着くまでこのままが良い」

「……お前は楽でも俺が苦しいんだが、そこら辺の配慮はどうなってんだ?」

「え、ノートに配慮とか必要なの?」


おい、お前は普段俺をどんな視点で見てたんだ。

一応互いの立場は同等のはずなのだが、この分だと向こうからは俺のほうが下だと思われていそうな感じなので、一回話し合う必要があるかもしれない。

だがこの同僚の性質なのか、その素で考えてなかったといわんばかりのキョトンとした表情を見せられては、逆に怒る気も失せてきてしまう。

全く羨ましい才能だ、と俺は思う。


「っていうか、ホントにまだ着かないの?もう大分歩いたでしょ!?なんで着かないの、遠すぎよ!」


さっきと同じようなことを同僚が天井を仰ぎながら言ってくる。

というかこいつはさっきから断続的にこんな感じの不満をもらしている。

はっきりいって叫んでいるのでうるさいのだが、しかしその内容には俺も共感せざるを得ない状況にあった。

俺もというか恐らくは俺たちも、であろう。


俺は今、世界でも有数の大国として知られるアルヴェリア王国、その王城内にいる。

正確にはその中の、途方もない長さの廊下を歩いているのだった。

そしてその俺の傍には、さらに七人の同行者が存在している。

さっき絡んできた、俺がピアと呼んだ女も当然その中のひとりであり、要するに現在俺を含めた八人で王城のある目的地まで歩いているわけだ。

ただ問題なのはその目的地に向かうに当たって、とてつもない長時間が掛かっていること。


「ふぁぁっ……んん」


見ると後ろの方でも小さく欠伸をしている人物を発見する。

その人物の方も、俺が見ていることに気づくと若干恥ずかしそうに身をよじった。


「……何よ。私が欠伸しちゃいけない?」

「いや、別にいいんだけど。ヴェル姉もやっぱ疲れた?」

「疲れたっていうか……普通に眠くなってきて。こうも同じ景色だと、催眠術に掛かってきてるような感じがしてくるわ」

「ああ、まあそれもわからなくはないな」


さすが王城だけあって、その外観も内装も今までに見たこともないほど豪華なもので、最初の方も皆興味深々であったのだが、ここまで同じ景色ばかりだとどう考えても飽きてくるのが普通だろう。

実際俺もとっくに飽きてる。

そしてそれは、普段俺達の中でもしっかり者としての立場を築いている彼女も例外ではないようだった。

ーーヴェルディアーネ。

それが俺がヴェル姉と言った彼女の本名。

艶やかな長い金髪に、目を合わせると自然と離せなくなるような魅力を湛えた青い瞳。

俺とほとんど同程度の、女性として平均以上であろうその高身長に合わせたかのような豊満な身体を、膝まで届くやけに裾の長い黄色のシャツに包んだ恰好をしている。

全体的に派手な格好をしているのだが、それがあつらえたように彼女に似合っていた。


「やっぱヴェル姉もそんな感じよね!」


ピアが味方が出来たとばかりにヴェル姉の方に寄って行った。

ちなみピアというのは愛称であり、本名はピルリアという見た通りの元気少女だ。

ヴェル姉とは逆にどちらかというと小柄でしなやかな体つきをしていて、野性的な雰囲気を感じさせる少女だ。

本人の性格を表すような赤髪赤目であり、髪は後頭部でまとめているがそれでも腰まで届くほどの長さであり、彼女が動くたびに尻尾のように跳ねたり揺れたりしている。


「もう、重いわよピア」


ピアにひっつかれたヴェル姉が抗議の声を上げるが、その声には笑いも混ざっていたので、どうやらまんざらでもないらしいというのが受け取れる。

口には出していないが俺も一応二人と同じ側のはずなのだが、なぜだが二人の間に入っていけない。

まあ、女子二人がキャイキャイやっている所に男が一人突撃していっても、ひたすらに場違いなだけではあるのだが。

何やら無駄に仲の良さを見せつけられたような気がして変な気持ちになった俺は、俺達の中に目的地の場所を知っている唯一の人物に声を掛けた。


「おーい、親父ー。これまだ着かないのかー?」


その人物は八人の中でも、唯一の大人と呼べる年齢だった。

伸び放題のくすんだ金髪に無精髭を生やしており、顔を見るとなんだか浮浪者のような印象を受ける男である。

俺も正確な年齢は聞いたことはないが、外見を見た限りでは三十の半ばほどに見える。

そしてさらに言うならば、この人物はこの場の俺達七人の『義父』でもある。


「んー、もうすぐだぞ。ほら、あの奥に見える正面の扉がそうだ」


親父の指さす方を見ると、確かに廊下の奥の正面に黒光りした扉が鎮座していた。

これまでに見てきた普通の扉とは違い、二つの扉を両手で開けるタイプの物であり、この場所の部屋としての重要性を如実に表しているのが分かる。


「そろそろお前らも心の準備位はしておけ。お前らは楽観的だが、向こうの方は多分相当張りつめてるだろうからな。ピアにヴェルディアーネも、暇だからっていつまでも遊んでんじゃねぇ」


扉に近づいてきた所で、先頭を歩いていた親父が首だけ後ろを向いて注意をした。


「あ、ごめんなさいお父さん。やっと着いたの?」


注意されたピアがヴェル姉から離れて謝りながらも聞き返す。


「ああ。こっからはお遊びじゃねぇ。ちゃんとした任務の一つだ。全員気ぃ引き締めとけよ」


その言葉に、俺達七人は表情をスッと真面目なものに変える。

一番騒いでいたピアでさえも背筋を伸ばして真顔になっている。

そう、俺たちは何も王城に遊びに来たわけではない。

きちんとした目的が存在しているのだ。

恐らくその辺の『目的』と呼ばれるようなものでも、とびぬけて物騒で遊びとは程遠い『目的』が。


そしてついに例の黒い扉の前までたどり着くと、全員が立ち止まる。

親父はそこで身体ごと振り返り、七人を見渡すような立ち位置をとると、宣言をするように声を上げた。


「じゃあこれから、お前ら精鋭暗殺者七人と、残りの百人の暗殺者の顔合わせを始める。いいな?」


全員が同時にうなずく。

それが、俺達の『目的』。

この国の暗部が生み出した闇の部隊の会合。

暗部の総力の下に育て上げた百人と、一人の強者が世界に出て育成した七人。

今まで存在しか知らなかった互いが、初めて同じ場所に立つための舞台。

それこそが今回の俺達の目的である。


「向こうの奴らに対する対応やら態度なんかは別に俺から言うことはない。いつも通りで構わん。だが向こうはそういうわけにはいかないだろうからな。極端な場合、戦いに付き合わされる可能性も考えとけ」

「え、ただ会うだけじゃないの?」


目を丸くしたピアが聞き返す。

親父は肩を竦めて、


「可能性の話だ。でもまあ、十中八九そうなるだろうな。奴らにとってお前らは憧れの対象でもあるはずなんだから、実力を試したいって連中もいるだろうよ」

「おー、なるほど。確かに逆の立場だったら俺もそんなことするかもしれねぇ」

「そうね!私も挑戦すると思うわ!」

「……ふん。これだから脳筋は。文字通り脳まで筋肉で出来ているのかしら。キモいわね」

「「何だと(よ)!!」」

「あ~、漫才するなら後にしろ。そろそろ入るぞ」


騒ぎ始めた皆を親父がまたもや諫める。

どうでもいいけどこれ中にいる奴らに聞こえてたりしてませんかね……?結構大声なんですけど……。

親父が扉をノックする。


「失礼します。暗殺部隊特選組、ただいま到着いたしました。」

「……ああ、来ましたか。どうぞ、入ってきてください」


中からの返事は大人の女性らしきものの声だった。

親父が扉を開けると、中の空間は、ひたすらに広大で異様な雰囲気が漂っていた。

第一印象としてはただひたすらに広い。

外での廊下の豪華さは欠片もなく、床も壁も天井も武骨な石がむき出しなっており、四方三十メートルはありそうな空間を囲っている。

壁や床には所々で亀裂や穴が存在し、この場で行われていることの凄惨さを思わせた。

しかし、この空間内での異様さを表すにはそれだけでは足りないだろう。


「う~わ、なんか凄……」


その様子をみたピアが小声でつぶやいた。

俺とほとんど変わらないほどの年の少年少女が、そこには数え切れないほど存在していた。

全員が何列かに整列しており、直立の状態で俺たちの方をジッと見つめている。

事前に親父に聞いていた通り、その人数は百人は超えているだろう。

その全員から一斉に視線を向けられている状況は、なんというか落ち着かなくなってくる。

全員がまるで別々の服装に身を包んでおり、それがまた軍隊のような統一性のある集団とは違った威圧感を与えてくる。

すると、その中から一人の妙齢の女性が出てきて、口を開いた。


「特選部隊の皆さん初めまして。私が暗殺部隊の総責任者、リアーナ・ヒレンランと言います。軍位は大佐です。以後お見知りおきを」


そう言って一礼をする。

その行動に、俺達七人がとっさに反応を返せない。

当然だ。入室して早々に結構なビッグネームを聞いた気がするのだが。総責任者って、それもう俺たちの一番の上司ということになるぞ。そういうボス的な人物というのは基本こんな風に姿を表さないものだというのが俺の勝手な認識だったのだが違うのだろうか。

皆で固まっていると、親父が女性と同じように一歩踏み出して前に出た。

その顔には緊張など欠片もなく、むしろ顔には苦笑さえ浮かべいる。


「まったく、やめてくださいよヒレンラン主任。子供たちが反応に困ってます。それに、あなたはそんな下出に出るような殊勝な性格の人じゃあないでしょう?」


そう言うと、顔を上げたヒレンランというらしい女はニヤリと笑った。


「あら、少し位付き合ってくれたっていいじゃない。相変わらず私にはノリがよくないわね」


そんな返しに親父はなにも言わず肩を竦めると、


「十年弱ぶり位ですか……。あなたは相変わらずですね、主任」

「そうね。あなたも十年前と全く変わってないわよゼアン」

「そうですかねぇ……。十年もあれば普通は一つ位変わっててもおかしくはないとおもうんですけど」

「あなたのことを普通というなんて、そんなこと言ったら、世界中のほとんどの人間が普通じゃなくなるわよ」

「これはこれは。酷い言われようですね」

「あなたに対してなら、それこそ普通の言いようだわ……。さて、あなたと久闊を序すのもいいけれど、そろそろ本題に入れなければね」


ヒレンラン主任は、そこで親父との会話を切り上げて俺達の方を見た。

掛けてある眼鏡の下から覗いてくる瞳は知的な光を放っており、俺の心の中まで覗かれている気さえしてくる。


「改めて初めまして特選部隊のみなさん。そしてようこそ、我らが王国暗殺部隊、通称ブラックナチュレ(、、、、、、、、)へ。あなた達の完成を、私は心から待ちわびていました」

「え~と、こちらこそ……初めまして?」


ヴェル姉が戸惑いながらも返答した。

するとヒレンラン主任は「はい」とこれまた一片の隙もない笑顔で返してきた。

さっきの親父との会話で本性らしきものは暴かれたと思うのだが、その敬語は果たして使う意味があるのだろうか。

むしろ使うべきはこっちの方だと思うのだが。

という俺の疑問はそのままに、会話は進んでいく。


「えっと、私たち一応今日はそっちの人達と顔合わせって聞いたんですけど、どうすればいいんですかね?」

「たいしたことではありません。彼ら百人、正確には百二十四人ですが、彼らはそれぞれ五人から十人の範囲で部隊を組んでおりまして、全部で十六部隊あります。そしてその部隊長十六人の中から一人と模擬戦をしていただきたいのです。よろしいですか?もちろん後々までの禍根を残すようなことは致しません」

「…………随分直接的なんですね」

「仕方がないのです。格上だと事前に聞かされていたからこそ、彼らは逆にあなた方の実力を見ないと納得しない。そう考えたまでです」


ヒレンラン主任が百人の方を向いて言ってくる。

天井の照明の光が彼女の眼鏡に反射し、瞳を隠した。


「そうですか……。えっと皆、いい?」


ヴェル姉が俺たちに聞いてくる。

まあ、話していたことが当たっただけだ。むしろもっと遠回しに言ってくるものかと思ったが、だからといってすることが変わったわけではない。

そのための準備は、この部屋に入った時点で終えている。


「別にいい。ただ、こっちに誰が戦うか指名とか有るのか?」


代表して俺が聞く。

他の奴らの意見は聞いていないが、まぁ好戦的でもない俺が良いと思うぐらいなのだから別に大丈夫だろう。

基本的には脳筋だし、戦士なのだから戦うことに躊躇などない、なんて考えてそうな奴らが大半だ。


「指名は致しません。誰が相手であってもこちらは構いません」


その言葉に俺たちは思わず顔を見合わせる。

そして、どちらともなく集まって話し合いが始まる。


「どうする?」

「別になんでも良いけど。私やってもいいわよ?」

「俺もやっていいぜ。ていうかやりてぇ」

「手の内がバレるから私はやらない方向で」

「言うと思った」

「リーダーとフィンリスは無しだろ。立場的にも性格的にも」

「ノートが許可したんだからノートがやるべきじゃない」

「確かに」

「一理あるわね。じゃあとりあえず決まりで」

「決定はえぇ……。っていやちょっと待て、ここは俺みたいな草食系じゃなくピアやガラドみたいな脳筋が……」

「うるさいわよ」

「えぇぇ……」


とんとん拍子に会話が弾んでいく。このテンポの良さは昔からともに過ごしてきた俺達ならではのものだろう。

やがて話し合いが終わり、全員がヒレンラン主任の方を向く。


「決まりました。彼でお願いします」


ヴェル姉が言うのに合わせて俺が前に出る。

結局俺になってしまった……。別に戦いが好きというわけではないのだが。

それとも俺が許可したのだからこの結論は当然ということなのだろうか。


「わかりました、あなたですね。名前を聞いてもよろしいですか?」

「ノートです」


俺は答える。

ヒレンラン主任は頷くと、


「では、こちらの代表者にも出てきてもらいましょうか。セルヴィア、来なさい」


そして、一人の人物が列の最前列から出てくる。

今ここに、世界で最も物騒な顔合わせ(たたかい)が始まろうとしていた。



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