第0話 プロローグ
よろしくお願いします
「よーし、お前らよく聞け」
一人の男が七人の少年少女を前にして声を上げた。
無造作に伸びた髪と無精髭を伸ばし、一見して浮浪者の様にも見えるその男はしかしその全身から猛獣のごとき殺気を放っていた。
石製の広大な部屋には彼ら八人しか存在せず、故に男の殺気を少年少女は正面から受けていた。
全員が七、八歳に見える彼らは、全員が色あせた襤褸のような服を着ており、お世辞にも綺麗とは言い難い格好をしていた。
その上彼らの全身には子供が負うには過酷すぎると言っていいくらいの切り傷を負っていた。
肩や膝、腕等、普通なら年齢を鑑みれば泣き叫んでもおかしくない程の、誰が見ても痛ましいと思ってしまう外見だった。
しかしそれ程の傷を負っていても彼らは誰ひとりとして泣いてなどいなかった。
むしろ弱音など吐くものかと口元を引き結んでおり、男の雰囲気にも怯えて震えながらも気丈に睨み返している。
その様子に男はなぜか逆に満足した様に頷くと、改めて口を開いた。
「お前らはエリートだ」
声が壁や床に反響して不気味な凄みを発し始める。
「さっき行った選定試験の結果が出た。その結果、計148人のガキ共の中、お前ら七人が選抜組に選ばれた。これからお前らは俺の下で訓練を積んでいき、立派な暗殺者に育ってもらうことになる。おっと、暗殺者と聞いて変な顔をするもんじゃねぇぜ。これからお前らがやっていく事は我がアルヴェリア国にとって多大な貢献をもたらすものだ。そのためにもこっちも育成には相当の力を入れていく事になるからな。お前らにもしっかり覚悟決めてもらうぜ」
凄絶な笑みを浮かべながら冷酷に告げられる言葉。
しかし今度はそれに応えた反応があった。
「……勝手に連れてきた上に、そっちの勝手で何もかも全部決め付けやがって。俺達が嫌だと言ったらどうなるんだよ」
「お?さっきあんな目にあったばかりだってのに、まだ質問する元気があるとはな」
口を開いたのは、横一列に並んでいた子供たちの真ん中に立っている少年だった。
金髪に琥珀色の瞳を持ったその少年は、目の前の男の殺気にも屈さないといわんばかりに歯を食いしばって睨み付けていた。
少年の威勢に、男は内心感心しながらも表面はあくまで不敵に笑って答えた。
「そうだな……。まあお前らガキがいくら反抗しようと意味なんてほとんどねぇと思うけどな。逃げようが捕まるだけだし、俺を殺そうとしても返り討ちにあうのがオチだろうからな。だからまあ、お前らに拒否権なんてモンは存在しないんだよ……残念ながらな」
「……くそっ!!」
あっさりと自分達の自由の有無を伝えられ悔しさに顔を俯ける少年。
この場にいる少年少女達は全員が故郷から無理矢理連れてこられたと聞いていた。
それが事実かどうかはともかく、少なくともこの金髪の少年はそういった理由でここに連れてこられていた。
「じゃあ、もう家には帰れないってのかよ……?」
「そうだな、お前らの居場所はもうここにしかねぇ……。っていうか、今ここにいる俺達がお前の新しい家族見たいなモンになるんだけどな。」
「……どういうことだよ?」
男の意味深な言葉に思わず疑問の言葉を発してしまう少年。
気になったのか、他の子供達も俯けていた顔を上げた。
「どういうことも何も、さっき行ったろ?お前らは全員俺の下で暗殺、戦闘なんかに関する技術を磨いてもらう。ちなみにお前らの育成には十年前後を目安として行うつもりでいるが、その間も俺達は一つ屋根の下で暮らしていくことになるからな。そこまでいけば、まあ家族って言えるんじゃねぇか。」
その言葉に七人は思わずお互いの顔を見てしまう。
だが彼らの表情は一人残らず戸惑ったような表情で固定されてる。
無理も無いだろう、いきなりお互いが家族になるなどと言われても困惑以外の感情が出てくるはずも無い。
それをすぐに呑み込め、というのが土台無理な話である。
男のほうも苦笑しながも、
「まあ、俺のほうはともかくとしても、お前ら七人はこれから同じ釜の飯を食っていく仲間であり、家族であり、同志になるんだ。仲良くしていけよ」
さらに、そこまで言ってから今度は、
「おっと、だからってあんまり仲良しこよしってのもどうかとも思うけどな。お前らはこれから暗殺者になっていくんだ。しかもその中でもエリートにな。お前らを見出すためにわざわざ選定試験なんてモンまでやったんだから、お前らの将来は事実上王国の未来に関わると考えとけ。そのための訓練なんかにも一切手は抜かないつもりだからな、覚悟しておけよ。」
暗殺者という裏の世界の役回りをすることになる七人に対して、現実を教えるかのように忠告をすると男はそれで話は終わったとばかりに踵を返し始めた。
「んじゃ、これで話はお終いだ。あとは適当に後から来る医療班に治療を受けてもらって来い。怪我が治る頃合になったらこっちから迎えに来るから、それまではゆっくり休んでろ。じゃあな」
そう言って男はあっさりと子供達が何か反応する暇も与えず、広大な石製の部屋から出て行った。
ーー後には、複雑な表情を浮かべている七人の少年少女だけが残された。
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「して、どうだった?王国の未来を作る幼いダークヒーロー達は」
七人の子供たちとの会話を終えた男は、現在とある薄暗い執務室のような場所にいた。
先程までいた大部屋と同じひたすらに殺風景な印象を持たせるその場所には、大きめの机と椅子が置かれている他に、膨大な量の紙類の束がいくつも積み重なっている。
今回の計画を実行するにあたって、必要になった百四十八人の子供たちのデータをまとめた物である。
男は乱雑に積み重なったそれらを一瞥すると、横の壁に背を預けながらこの部屋に存在するもう一人の人物ーー女性に向かって答えた。
「んー、そうですなぁ。まあ流石に現段階じゃあ確信するようなことは言えませんが、期待はできるんじゃないですかね?」
「あら、それは高評価ってことでいいのかしら?」
「ええ、十にも満たないガキどもの癖に、本気でないにせよ俺の殺気に耐えていられた時点で十分及第点は与えられるでしょう」
先ほどの七人を思い返して答える男。
そもそも今回の壮大な計画の、いわば前座ともとれる選定試験は既にそれ自体恐ろしいほど危険なものであり、大人であっても命を落としかねないレベルの過酷さなのだ。
試験の詳細な結果は男は知らないが、実際問題今回のそれで命を落とした子供も少なからず存在していると考えている。
というか下手したら死人の方が多い可能性もあるだろう。
故に、そんな中生き延びて合格してきた百四十八名はその時点で十分普通とは言えない、逆に言えば将来有望な子供なのだが、その中でも上位七位に入った彼らはこれから先、選抜組として他の百四十一名とは別のやり方で教育をする。
選抜組の場合はそのやり方というのが男の下で訓練を積んでいくというものである。
「へぇ、すごいじゃない。まぁ彼らにはそれぐらいやってもらはなければね。実際のところどうなの?あの子達、最終的にはどれくらいの強さにまで引き上げられると思う?」
「そうですね。まぁ少なくとも、俺と同等以上ぐらいには育ってもらうつもりではありますよ。やっぱ自分が手塩に育てた弟子に追い抜かれてこそ、師匠の本望ってもんでしょう?」
ニヤリと笑って言う男に対して驚いたように笑う女性。
「それは頼もしいわね。国内でも有数の実力者であるあなたと同レベルの実力者が近い未来、七人も手に入るだなんて、それが実現したら冗談じゃなく国力そのものが上がるわよ。あなた、今自分で期待値上げちゃったけど大丈夫なの?」
「任せといてくださいと言い切ることはあんまりしたくないんですが、でもあいつらの才能は一級品です。俺の予想通りなら、恐らく」
「そう。ならあなたの言うことを真に受けて、数年後を期待してみることにするわ」
女性は片目を閉じて肩をすくめながらそう言った。
この計画はその内容から国が秘匿している非公式の計画ではあるが、その規模自体は相当に大きい。
秘密裏に投資として出費してきた貴族も少なくなく、故に計画の成果に対する期待も各方面で多く寄せられているのだ。
そして、成功するには目の前のこの男の尽力が必要不可欠になってくる。
選定試験の試験で上位七人に入った精鋭を手ずから教育することを担う役割を持つこの男が。
本人達に自覚はまだないだろうが、精鋭として選ばれた以上七人には将来的に計画の成果として矢面に立つことになる。
もちろん七人以外の他の者達もいるが、実質計画の成功の如何は男の手腕にかかっていると考えていいのだ。
責任重大である。
だがそれを負う人物には、全く気負いというものが感じられない。
それが外見だけのハリボテか、それとも余裕か。
その判断は一応の男の上司である女性であっても判断がつかなかったが、いずれにせよ数年後にすべての結果が出るものだと考え、気にしないことにした。
女性は座っていたなんの変哲もない木製の椅子の上で組んでいた足をおもむろに直して立ち上がり、男の方を見つめた。
「じゃあ、いよいよここからね」
男の方も同じように女性の方を見つめ返し、
「ええ、他のガキ共の方は任せましたよ」
「期待して頂戴。では計画を始めましょうか。我らアルヴェリアの未来に、さらなる栄光があらんことを」