第九話 大同小異
魔王さんたちがいたところからだいぶ歩いた。
途中何度か同じところをぐるぐる回ったりもしたが、なんとか記憶にある重そうな扉の前にたどり着く。
とりあえずノックしてみるもゴンゴンと鈍い音が響いたばかりで、中からの返事は無い。
聞こえていないのか、それとも中にはいないのか、とりあえずもう一回ノックしてみようとしたところで
「どうした?私に何か用か」
背後から声がした。振り返ると、声の主はすぐ近くに立っていた。こうしてみると、この少女は自分の胸位の身長だとわかる。
堂々とした立ち振る舞いと、少女に不似合いなほど男性的な口調のせいか実際よりより大人びて見える。
ナイスタイミングです、シアさん。
「朝食の片付けが終わったので、これから何をしたら良いかと思いまして」
「ずいぶん時間がかかったな……っていうのは流石に冗談だ。さしずめ道にでも迷ったのだろう。案内もせずに悪かったな」
ここは無駄に広いからなあと笑う。
「いえ大丈夫です。いろいろ見られて楽しかったですし」それに魔王さんとエマさんとも会えましたし。
そうかとうなずくと、顎に手を当て考える仕草をする。
「そうだな…やってほしい事というのも特にないのだが」
考え込むシアさんに、それなら、と提案をしてみる。
「掃除をしていてもいいでしょうか」
ここまで歩いてきて埃っぽいのが気になったのと、掃除をしながら城内を見て回れるということもあって一石二鳥だと思う。
「そうだな。そうしてくれると助かる」
善は急げだ。
シアさんに掃除道具の場所だけ聞き出して早速向かう。
城の中でも端っこにあるようで、早歩きで歩く。
「随分古そうな扉ですね……」
今にもボロボロと崩れ落ちそうなほど朽ちた木の扉が目に入る。
慎重に古びた木の扉を開けると、ほこりっぽい空気が吹き出す。慌てて室内に入り小さな窓開け放つ。
新鮮な空気を吸い込み振り返るとーー
『お姉ちゃんだれー?』
部屋の入り口に二人の天使が立っていました。
私が彼等の突然の登場に驚いたこと言えば、そういうわけではなく。
なんだか小さな気配が近づいているのわかってたんですよね。明らかに気配を隠す気のない何かが後をついてくるのは感じていたので、登場に驚きはしなかったのですが。
だからこの胸の高鳴りは別の理由から。
おそらく少年と少女だろう。双子のようにそっくりな子供二人が仲良く隣り合わせで立っていた。
年の頃は人間で言うと六歳ほどだろうか。
とても可愛らしいその大きな瞳を瞬かせてこちらを見上げている。
天使と言うのはあくまで創作上の生物であり、実際には存在しないので実際には違うのだろうが、彼等は天使と呼ぶに相応しい可愛らしさだった。
ふわふわと柔らかそうな、茶色と薄茶色がまだらに入り混じった髪。
柔らかそうな髪の下からあどけない表情がのぞく。
広い袖口から覗いている髪と同色の鳥の羽とおぼしきものが、彼等が人間ではないと確かに示している
有翼種でしょうか?
あまり魔族には詳しくはないので推測することしかできないが、外見的特徴的から見てそうだろうと判断する。
それはともかくとして、何者かと尋ねられたからには返事を返さなければ。
「私はエイフリル・リースです」
私はもはや勇者ではない、ただのエイフリルだ。
「ふうん、エイフリルかー。変な名前」
「なんで人間がここにいるの?」
前者は男の子の方、後者は女の子が発した問い。
なんで、なんで?……ですか。
女の子から発せられた問いを頭の中で反復する。
一言で言うならそれはーー
「魔王さんに、お仕えしようと思ったから」
「魔王様かっけーもんなー」
「でも、あなた人間でしょ?」
キラキラと目を輝かせる少年とは対照的に、人間とは相入れないと言外に言う少女。
「それは関係ないと思います」
だって、仲間に見捨てられ、運にも見放された私を、唯一救ってくれたのは他ならぬ彼等だったから。
だから魔族とか関係なく彼らに仕えたいと思ったのだ。
「なあなあ、遊ぼうぜ!」
「ふぅん……そうなんだ」
初めて見る人間に物怖じせずにまとわりついてくる少年、納得したのかしていないのか曖昧に頷く少女。
どうしましょうか。
この子達と遊びたい戯れたい。だが私には仕事がある。
目の前の欲望に負けて、仕事を投げ出すようでは使用人失格だ。
「すみません、これからやらなきゃならない掃除があるので……!また今度誘ってください」
本当に惜しいが誘いを断る。
男の子は少し残念そうにしつつもすっぱりと諦めた様子だ。
「わかった。じゃあなエイフリル!」
「……またね、エイフリル」
男の子は元気よく手を振って手を振って、女の子はペコリと頭を下げて去っていった。
ちょこまかと歩く彼らの姿が見えなくなってから急に大切な事に思い至る。
……しまった!彼らの名前を聞くのを忘れていた。なんという失態。
今度あったら絶対に名前を聞こうと固く決心して掃除に戻ったのだった。