第四話 掛け金は命です
人類の隣人にして天敵。
そしてその親玉である魔王。
冷酷無比にして極悪非道。人の情を解さず、いとも容易く踏みにじっていく外道。人類の敵、恐るべき力を持った悪意の怪物。
それが魔王と言う存在に与えられた役割であり、私も今までそれを疑ってきた事はなかった。
対して、目の前に立っている男性は、どこからどう見ても人間である。強いて言うならば真っ黒な瞳と、同色の真っ黒い上が特徴的ではあるが魔王と言う感じは受けない。そもそも魔王が人型を取るとは知らなかった。
「すいません、よく聞こえなかったのでもう一回言っていただけますか?」
シアさんは、こちらのリテイクの要求にも嫌な顔一つせず、むしろノリノリで答えてくれた。
「ふふっ、驚いて声も出ないようだな……!森羅万象も闇の眷族共が恐れ平伏しあまねく従う絶対者。唯一この方が魔王様だ!!」
さっきも思ったがノリいいなこの人。
ふむ。なるほどわかりました。マオウさんですね。変わったお名前ですね。
………………。
……意味のない現実逃避をしてみたが、いわゆる魔族を統べるところの魔王であることくらいは理解している。
しかし、それを感情として受け入れられない自分がいる。
普通に言葉も話すし、人間と変わらないように見える。それを言うなら、シアさんも角以外は変わらないのだが、やはり角という判別基準があるのとないのとでは心情的に大きく違う。
目の前にそびえるように立つ
初めて気がついたが意外に背が高い。無表情でこちらを見据える姿は、威圧的とも感じられるが頭に葉っぱがついている彼の姿を見るといまいち緊張感が削がれる。
彼が本当は違うのに、魔王であると偽っているという可能性もないわけではないが、そのような嘘をつく意味がわからない。
「えっと、魔王さん?」
とりあえず彼に向かって問い掛けてみる。
傍に立つシアさんは傍観の構えであるのを見ると、目の前の彼は仕方なさそうに口を開く。
「そうだが……お前は?」
シンプルな肯定と、聞きようによっては要領を得ない質問。
しかし聞き返すような野暮な真似はしません。
言葉少なに問われる意味を瞬時に理解する。
仮にこの人が魔王だとして自分の立場は困ったものである。
自分の役割は勇者、つまり魔王討伐を課せられた人間。敵と味方が向かい合っているわけである。
ここからごまかそうにも、目的は限られている。ぶっちゃけ勇者でもなければ人間がこんな魔界の、つまり敵地ど真ん中にのこのこ現れるはずがないのだ。
自分の正体がばれているとなれば、先程の魔王さんの不機嫌な様子にも納得がいく。
何か適当な理由を並べてごまかそうにも、この二人を騙しきるのは自らの優秀とは言えない頭脳では、はっきり言って無理だと判断し、正直に白状することにした。
魔王さんの実力は未知数だが、最強種族と名高い魔族である、多分シアさん一人でも今の弱りきった私を圧倒するくらいたやすいであろう。
「お察しの通り私は勇者です」
やはり察していたのだろう。シアさんと、魔王さんはほとんど表情を変えなかった。
二人が行動を起こさないのは力ある者が持つ余裕ゆえか。
やはり、勇者としてはここは無謀といえども2人に戦いを挑むべきなのだろうか。
一瞬逡巡するも、私の中で既に答えは決まっていた。
このような答えを出す私はやはり、勇者として半端者なのだろう。
私は深く息を吸う
「降伏しますので、見逃していただけないでしょうか」
同時に敵意のないことをアピール。
情けないと言うなかれ。誰だって命は惜しいものである。それは例え勇者だって同じこと。
それに、今の私には戦う理由がほとんどない。人間の姿をし言葉を話すものに対して、こちらから刃を向けるという行為に抵抗があるというのも大きい。
勇者と言うアイデンティティーのために戦うと言う選択肢も、ないわけではではないのだが。
残念ながら私には、勇者として持っていて然るべきの、勇者としての正義感とか、プライドとかいったものが希薄なようで。
しかし相手側に敵である勇者を見逃す気があるのか、それはまた別問題。
命乞いをしておいてなんだが、希望は薄いだろうなあと思う。自分を殺そうとしてきた者を許すのは、人間であってもなかなか難しいのではないだろうか。多分自分が相手の立場だったらここで殺しておくのが合理的と判断するだろう。
私とて乗り込んできた時点で覚悟をしなかったわけではない。まさか裏切りにあってこのような顛末になると思いもしなかったが、命を落とす可能性が高い事は、重々承知していた。
何はともあれ相手には、私の命を奪う正当性があると、思う。
考えてみるとあの黒い鳥さんにここまで連れてきてもらって、良い夢が見れたかもしれない。
少なくともあのまま独り、力尽きるよりはずっといい終わり方だと思う。
若干諦めモードに入っている私に。
「まぁ、そう死に急ぐこともない」
いたずらっぽく笑うシアさん。
……もしかして私を庇ってくれているのだろうか。
「ここで私から提案がある」
なんだろうか? 見逃して欲しければ仲間を連れてこいとかそういうありがちな感じだろうか?
仲間は居たが私が一人で行き倒れていたのもそれなりの理由がある。
もしそういう要求だったら、ちょっと期待に応えられそうはないなぁと思ったが、私の心配は杞憂だったらしい。
彼女は少し溜めてから話し始めた。
「私たちの居住がちょっと行ったところにあるのだが。俗に言う魔王城と言うやつだ」
そこで言葉を切るちょっとだけ 肩をすくめ、物憂げにため息をつく。
「諸事情あって今現在人手が足りなくてな。どうだ、ここで働く気は無いか?」
なるほど、交換条件と言う訳ですね。
さほど悪い条件でもなさそうなので取り敢えず頷いておく。
「魔王様。いいだろうか?」
完全に事後承諾のようだ。
シアさんは上目遣いで魔王さんに聞いている。
こうしてみると、なまじ二人の間には身長差があるので、シアさんがかなり見上げるような形になっている。
「好きにしてください」
魔王さんはやれやれといった様子で答える。この様子だけ見れば歳の離れた兄妹のように見えなくもない。
……そういえばなんで魔王さんはシアさんに敬語なんでしょうか? 彼女は臣下に当たるはずでは?
聞いてみようかどうしようか迷っている間に
鳥さんが近づいてくる。
「彼女も一緒に行くことになった、乗せてやってくれ」
それに答えて軽く一鳴き、了解の意であろう返事を返す。
「ではまた後でな」
その一言を最後に彼女の姿は霞のように書き消える。
えっ、ちょっ……!
私が止める声を出す前に、姿かたちもなく消え去ってしまった彼女。
そうして私は、魔王さん(と一羽)と共に、取り残されてしまったのであった。