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第三話 劇場型空間

「とりあえず話し合おうか」


何故かフランクに接してくる少女に若干の戸惑いを覚える。


「私のことはシアとでも呼んでくれ」

軽い手振りと共にそう語る。身振り手振りをつけるのは彼女の癖なのかもしれない。


「はい、私はエイフリルと申します」

名乗られたら、こちらも名乗らなければならない。それは相手が人であろうが魔族であろうが変わらないはず。



改めてまじまじと見ると本当に美しい少女だ。無造作に背中に流された長い髪は冴え冴えとした青銀。鮮やかな紅色の瞳は、高価な宝石のように美しく透き通っている。


魔族の象徴た側頭部の巻角がなければ、絶世の美少女と言えるだろう。歳の頃は、人間の基準で言ったら13歳くらいの見た目だが、見た目に似合わぬ落ち着いた振る舞い、そしてぶっきらぼうな物言いを見るにきっともっと年を重ねていると推測できる。


魔族の年齢は見た目とは比例しない。なぜなら彼らは自由に姿を変えられるからだ。



「経緯はよくわからんがエマに拾われたか。ああ、エマというのはあのでかい魔鳥のことだ」


「何が目的ですか」

思った以上にぶっきらぼうな口調になってしまった。まずい、不信感がにじみ出てしまったか。


私が一見非力にも見える目の前の魔族の少女を警戒するのにはわけがある。


私は魔族と言う存在を、知識としてしか知らない。それどころか実際に見たことのある人は、ごく限られているだろう。彼らはめったに人の前に現れないからだ。数少ない全てに彼らは人の社会へ、取り返しのつかない破壊と恐慌をもたらしたと伝えられている。


人の営みそのものを破壊しうる化物。それが魔族に対する人類の共通認識と言える。


私のよそよそしい態度に

シアさんはちょっとだけ困ったような表情を浮かべたが、次の瞬間何かを思いついたような表情に変化した。


彼女は身に纏うぶかぶかのローブの懐をゴソゴソと探り、おもむろに細長い筒のようなものを取り出した。


警戒する私をよそに、

「そうだ、お前のどは乾いていないか? ここになんと、清水が満たされた水筒があるのだが」

こちらの目を惹きつけるようにわざとらしく細長い入れ物を振る。中で透明な液体が揺れるのが見えた。

こちらの答えだとわかりきっているのだろう。

にやにやといやらしい笑みを浮かべ、 こちらを伺うシアさん。

せっかくの美少女なのにそういう顔をしたら台無しである。いやそれでも確かに可愛いのだが。



いくら美少女といえども魔族。いやこちらを欺くためにあえて可愛らしい少女の姿をしているだけかもしれない。惑わされるな、自分……!

いずれにせよ、魔族の誘惑に屈するわけには……


そう思いつつも手に収まる水筒から目が離せない。

既に乾ききったと思っていた口内に唾液が溢れ、ごくっと喉が鳴る。

まさに悪魔の誘惑だった。


「お、お願いします……」

「んー? 何をだ?」

答えなど分かっているだろうにおっとりと尋ねるシアさんは本当に意地が悪い。



「その水を、どうか、分けてください……!!」

んー、と考えるような素振りを見せてから言う。

「そこまで言うんだったら分けてやらんでもないなぁ……?」

凄く楽しそうだ。

「ありがとうございます!!」

魔族がなんだ。この瞬間はシアさんが天使に見えた。それはもう土下座する勢いで感謝した。



手渡されるやいなや、素早く栓を引き一気に喉に流し込んだ。程よく冷やされた水は味わう暇もなく腹へと流れていく。途中むせたが我慢して飲み切った。

頭に血がめぐり、視界がクリアになったような感覚。ようやく人心地つけたことの安堵。


しかし彼女は飲み切ったことを確認すると、にやりと不敵に微笑んだ。

一瞬にして私の身に嫌な予感が走る。


小柄な体躯に合わないぶかぶかの衣服をまとった少女は、仰々しい手振りとともに哄笑する。



「ふっふっふ。飲んだな!! これはな、これは毒だ! これを飲んだが最後……。貴様もあの男のように眠り続けるしかないのだよ!!」


「なっ……!!」

驚愕のあまり力が緩んだ手首から、空の水筒は地面に音もなく落ちる。


なんということだ!!全部飲んでしまった!



驚愕にうち震える私を前にして、

目の前の少女は気取った仕草とともに台詞を続ける。

「ふっ……愚かな小娘よ……魔界の荒野で永遠に眠り続けるといーー……っと」


突然彼女は言葉を止め、私の背後を見て目を細める。

つられて後ろを振り返ると眠っているはずの男性が起きていた。



……あれ?あれっ……?




「ずいぶん楽しそうな話をしていますね……」



寝起き特有のかすれ声。彼はまだ眠いのか目をこすりながらこちらに歩いてくる。


さっきまで眠っていた男性。黒い髪にはところどころに寝癖が見受けられ、草原の上に直接寝ていたためであろう、小さな葉っぱがついている。


「おお、ようやく起きたか。お寝坊さんだな」

少女は鈴を転がすような声でカラカラと笑う。

シアさんと男性は親しげだ。知り合いなのだろうか?

……いやまって、さっきの話はどうなった?


私の心の声を読んだかのように、寝起きの男性は緩慢な動きでこちらに視線を向けると

「この人の言ったことは全部嘘だから安心しろ」

と言った。

「ここからがいいところだったのに」とぼやくシアさんに

「全く……。人をダシにして下らないことをしないでください」


彼は呆れ顔である。いいぞ、もっと言ってやってください!


二人のやり取りを見るにどうやら嘘らしい。この人が起きてこうして話している以上、確かにさっきの言葉嘘らしい事は分かったが、心臓に悪いのでやめてほしい。本当にどうしようかと思った。



シアさんへの恨み事は後にして、とりあえず挨拶をしなければいけないだろう。

余談ではあるが挨拶は人間の基本とお母さんがいつも言っていたので、私もこれを信条としている。


人間関係に大切なのはファーストコンタクトだ。ましてや、この魔界の大地で貴重な人間だ。悪印象を持たれるわけにはいかない。


「はじめまして! 私エイフリル・リースと申します」


精一杯、自分なりの親しみ易い笑顔で自己紹介をする。



しかし目の前の彼は僅かに目を見開き、ほんの少しだけ眉を顰めた。

ともすれば見逃してしまいそうな変化。しかし一挙一動を見逃すまいと注視していた私にはわかってしまった。

あれっ? 私、何か失敗したでしょうか?目の前の彼は不機嫌に見える。



「…………」



シアさんは苦笑し、私にとっては衝撃の一言を言い放つ。



「紹介しよう。こちらの方が我等が魔王様だ」


…………なんだって?



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