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第二話 魔人エンカウント

飛行する鳥の背中に乗っている私ですが、この鳥さん、意外にも安全運転のようです。


飢えによる消耗によって、体力は限界まで削られている私にとってはありがたいことこの上ないのですが、問題はもう一つあります。

そう、確かに揺れない、揺れないんですけど、いかんせん風がきついです。これは仕方がないことなのだろうとは思いますが、以前からのめまいに加えて、耳鳴りもしてきたような気がします。


なぜ私を運んでいるのか、これからどこに行くのか、そしてあなたは何者なのか、わからないことだらけですが 、それらの疑問は脇においておいて今は、万が一にでも振り落とされないようにしがみついているのがいいでしょう。


ふわふわとした黒い羽に顔を埋めるとほんのりみずみずしい草の匂いが香る。あれ、どこかに草の茂っている場所でもあるんでしょうか。私がいた場所は地面がカサカサに乾き水分すらないような場所だったのですが。


好奇心が頭をもたげ、少しだけ上体を起こし下を覗き込んでみる。



気がつくとびゅうびゅうと吹き付ける風の音も忘れて見入ってしまいました。

ほぼ赤っぽい地面しか見えませんが、高い空から地上を見下ろすとこんな風に見えるのかと。地面の凸凹、本来なら見上げるほどの大きさであろう大きな岩、何もかも小さく見え、まるでおもちゃのようでした。



ーーその時、ひときわ強い風が吹き上半身がぐらっと傾く。

反射的にあわててしがみつく。何とか振り落とされずに済んだものの、心臓が激しく脈打ち、背筋に冷たい物が走った。


……死ぬかと思った。



「クアッ!!」

運転手の鋭い一声。何となく意味がわかってしまいました。『危ねえからじっとしてろ』みたいな感じのニュアンスですねこれは。

確かに軽率だったので、私は心の中で謝罪し、その後は柔らかな羽毛にしがみつきじっとしていた。



そうしてしばらくした後、気づくと羽ばたきが徐々に少なくなり滑空を始めていました。どうやら高度を落としているようです。緩やかに旋回しながら地上付近に近づいていきます。


全体を通して非常に丁寧な飛行でした。まるで背中に誰かを乗せているのになれているような、いやそんな事はないと思うのですが。

トスッ、と軽やかに着地。広げていた羽をたたむ。その様子を何と無く見つめる。

おもむろに首を回してこちらを振り向き、小首をかしげる。

その目はまるで『降りないの』と言っているようでした。

正直に白状しますと、暖かいモフモフした羽毛から離れるのはいささか名残惜しいものがあったのですが、乗っかり続けているのも迷惑かと思い、ひとまず降りてペコリと頭を下げる。

「えっと……ありがとうございました」

とりあえずお礼を言ってみる。


この鳥さんの、意図する事はまだよくわからないが、とって食われるような事はないだろうと言う安心感が芽生えていた。彼の瞳には野生的なギラギラとした光が感じられない。それにすごく楽しかった。遥か大空から地上を見渡すなんて経験はめったなことではできない。これは一生忘れられないかもしれない。



私の感謝の言葉に、目の前の鳥さんは『うむ』といった様子で重厚にうなずき、控えめにひと鳴きし、てくてくと歩き出した。時々振り返りこちらを確認しているようなので、ついてこいと言うことだろうと解釈し、意思疎通がとれているということに感動を覚えつつ、大人しくついていくことにした。


あたりは夢にまで見た草が茂っている。やはりあの匂いはここでついたものだったんだろうか。さっきまで私たちが倒れていた場所とは違い草が茂り、地を這う小さな虫も見える。



何よりとても明るい。これまで見てきた場所は、どこも霧なのかガスなのかよくわからないものがかかり、一様に薄暗い印象が拭えなかったのだが、ここは太陽の光がまっすぐに降り注ぎ草花を照らしている。

生命力に満ち溢れた空間に、力がみなぎってくるような錯覚を覚える。


周りを見渡している私をさっさと置いて先を言っていた鳥さんは、大きな木陰の下に腰を下ろしていた。

よく見ると、鳥さんの真っ黒い体のほかにもう一つ、何かがあるような。

よく目を凝らしてみると、大きな木の木陰に真っ黒い人間が倒れていた。

いや、真っ黒い人間と書くと語弊があるかもしれない。正しくは全身に真っ黒い衣服を纏った黒髪の男が草原に、仰向けに横たわっていた。


久々に目にする人の姿を脳が認識するやいなや、一も二もなく駆け寄っていた。

深く眠っているようで、 手を伸ばしてたら触れられるような距離まで迫っても彼が起きる気配はなかった。


夢にもまで見た人間。さっきも言ったが、私は人との触れ合いに飢えていた。

気がつくと、ここは魔界であると言う認識すらも吹き飛び、話し掛けていた。

もしかしたら言葉が通じないかもしれないが、今はただ人と出会えたという感激に声をかけずには居られなかった。


しゃがみ込み、軽く声を出す。


「すみません」

ドキドキしながら彼の返事を待ったものの


起きない。


次に優しく肩をゆすってみる。


……起きない。


耳元で少し大きめに声を出してみる。

「すみませーん! 起きてくれませんか!」


…………起きない。


起きるどころか、ピクリともしない。


そこで私はようやく違和感に気付く。

いくら話しかけても彼は一向に起きる気配がない。

それにひどく顔が青白い。かろうじて息はしているものの弱々しい印象を受ける。



……まさかこの人も行き倒れてーー!?

鳥さんがわざわざ私を拾ってきたのもこの人を助けてもらいたいからだと考えれば全ての辻褄が合う。



そこではっと我に返る。いやしかし、私は食べるものすら持っていない。どうしたら良いか分からず途方に暮れているとーー



「その方は眠っていらっしゃるだけだからそんなに心配しなくてもいいぞ」

静寂を切り裂くような凛と通る声。


弾かれたように振り返ると

ついさっきまで何の気配もなかったはずの場所に少女が立っていた。

それもただの人間の少女ではない。

白い髪の上に、強い存在感を主張する黒灰色の巻角。それは魔族の特徴に他ならなかった。


魔族。それは魔界の生物の中でもトップレベルに危険な種族であり、人間が出会ったが最後、何人たりとも逃れられず残虐極まる方法で殺されると言われる。



意識不明の男性。そして、突如現れた魔族の少女。

ここから導き出される答えは……。思わず私は最悪の事態を想定した。


「まさか……!?」

驚愕の余りに二の句がつげない私を見て彼女は、


「ああ、お察しの通りだ」

皮肉げに口を釣り上げる。



「……っ! この人には手を出さないでください!!」


剣の柄に手をかけ必死に威嚇する。何もかも失った私に残された、唯一の武器。聞くに有名な刀匠が作った勇者のための剣だそうだ。


非常に重くて何度も捨てようと思ったが、最後の最後で、役に立つ時が来ようとは。捨てなくて本当によかった。


貴重な人間なのだ、魔族といえども害されるわけにはいかない。

ついさっきまで死を覚悟していたが、鳥さんと人間と出会えたことで、僅かながら生存への希望が芽生えていた。


何としてでも、ここを切り抜け生き残って見せる……!


対して目の前の魔族の少女は緊張感のない表情で突っ立っている。


「………………」



こちらは割と決死の覚悟で宣戦布告したのだが、なぜか微妙な顔をされた。



数瞬よくわからない空気が流れた後、彼女が気まずそうに口を開く。


「 あー、そうだな……うん。そうだよね。まず、その方が起きるまで私と話でもしようか」


状況は理解できないが、何故か生ぬるい笑みを浮かべた彼女に、言いようのない敗北感を感じた。

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