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第一話 気がつけば地獄

ある勇者のお話

魔王とその眷属たちに人々は脅かされていた。力無きがゆえに奪われ蹂躙される国民たちの嘆きを聞き届け、王は真に力と勇気ある者達を集め、勇者として魔王討伐を依頼した。


心優しき若者たちは、王の願いを快く引き受けた。すぐさま勇者の出発は国中に伝えられ、出立に際して行われた三日三晩の宴の後、彼らは人々の期待を背負って、華々しく旅立っていった。



□ ■ □ ■ □ ■ □





視界いっぱいに荒涼とした大地が広がり、生物どころか植物の姿も見えない。生物の息吹すらない死の大地、なるほど噂に違わぬ魔界ぶりだ。


名前はエイフリル・リース、栄光ある勇者の一人として送り出された私が、なぜこんなところで独り行き倒れているかというのは今は割愛したい。私の体が緊急事態すぎてはっきり言ってそれどころではない。


当たり前の事だが人間にとって食料というのは死活問題である。私は魔族では無いので魔力を食べて生きるなど到底不可能であり、この命の気配のないただっ広い荒野で食料が尽きた時点で私は既に詰んでいると言える。



今の状態としては、飢えてはいるものの、とうに空腹感のピークは過ぎ去り、今はただ喉の渇きのみが意識を占領している。

口の中はカラカラに乾き、もはや飲み込む水分すらない。もう何日水を飲んでいないだろうか。なんにせよ思いだせないほど時間がたったのは確かだ。


今や立ち上がろうも、立ちくらみ、頭痛がひどく、まともに立ってすらいられない。

全身土埃にまみれ、転がっている自身の姿はひどく滑稽なものだろう。

まさかこんな死に方をするとは思わなかった。自然と乾いた笑いが出る。




自分が置かれた状況を冷静に考えてみても人間どころか生物の気配すらしない。

このエネルギー切れの体では、生存は不可能。どう考えても詰んでいる。



とは言っても、このまま這いつくばっていたところでただ死を待つだけだと思い直し、何かできることはないかと思考をめぐらせる。


しかし人間窮地に立たされると、思考がマイナスの方向に傾いていくものである。自然とあのにっくき裏切り者たちのことを思い出してしまったので、必死に頭から追い出した。今そんなことを考えていても仕方がない。


状況は全く違うが、このような飢餓状態は昔もあったなあと記憶が刺激され、思考は過去にさかのぼる。



幼き頃大食らいの私はいつも食べ物に飢えていた。

なぜか人より多く食べる、私の胃袋を満たすだけの食料は、ひどく貧しい農民であった私の家にはなかった。


あの頃の私はガリガリに痩せ細った体の貧相な子供だった。兄弟たちと同じ食事の量では飽きたらず、ほかの子供達と食べ物のことで喧嘩をしていた私に、両親は手を焼いていたように思う。



ーーその瞬間、なんとなく思い出された懐かしき故郷の秋風に美しく波打つ黄金の麦畑が鮮やかに脳裏に蘇った。


それは私の人生の中で見てきた中で一番美しい景色だったと言える。

この周りを取り囲む荒れた大地とは似ても似つかぬ豊穣の風景。


ここ暫くは思い返すこともなくなっていたその景色に、胸が詰まるような思いがして、

……もう一度あの景色が見たかったのだと、今更ながらに気づいた。



もう帰ることのできないであろう生まれ故郷を思いだし、郷愁に浸っていると、

今まで吹きつける強い風の音のみを拾っていた耳が鳥の羽音をとらえた。


何気なく視線をそちらに向けてみる。

……うわっ、でっか!!

少し離れたところに佇むそれは、本当に飛ぶことができるのかと思うほど大きな鳥であった。


それの体長はおよそ私の身長ほど、 いや、確実にそれ以上はあるだろう。そして縦だけではなく、横にも大きい。真っ黒い羽毛に覆われまるまるとした鳥だ。確証はないが、羽のようなものがあるのでおそらく鳥だろう。


当然ながら今まで生きてきてこんな生物は見たことがない。やはり魔界の生物は特殊なのだろうか。

生まれて初めて見る興味津々で、観察していると、彼は不意にこちらに近寄ってくる。慌てて視線をそらすも、鳥のものであろう足音は止まらない。


私は焦った。この鳥に食べらちゃったらどうしよう。この世は弱肉強食、弱った者の末路は悲惨なものである。


頼むからこっちに来てくれるなよと言う私の思念は、当然のように通じず、あっという間に這いつくばっている私のすぐそばまで近寄ってくる。


ただでさえでかいであろう巨鳥こちらを覗き込んでくるのだ。威圧感が半端ない。対して大地に這いつくばり身動きの取れない私は、いわばまな板の鯉。

いくら可愛らしいアヒルのような口とは言え、つつかれたら絶対痛い。


生きたまま鳥葬はいくらなんでも勘弁してほしい。死んじゃったら好きにしていいから。

などと暴走する私の必死の内心は目の前の鳥さんに伝わるはずもなく。

恐る恐るそちらのほうに目を向けると。



目の前の真っ黒い巨鳥は小さく羽を震わせ、その巨体に反して大変可愛らしいつぶらな瞳を、一回瞬いた。

野生動物らしからぬひどくゆったりとした仕草。


漆黒の羽毛に覆われた体の中で、ひときわ目立つその鮮やかな橙色の瞳が僅かにきらめいた。


異常事態であるにもかかわらず、私は一瞬だけその瞳の美しさに我を忘れて見とれてしまった。


つぶらな瞳と、まるまるとした体躯は優しそうな雰囲気だ。

とりあえず私に対する敵意の類のものは感じられない。


気がつくと、膠着状態が出来上がっていた。目の前の鳥さんは、行動を起こす気がないのかじっとこちらを見つめている。


つぶらな瞳を見ているとなんだか親しみのようなものが湧いてきて、話しかけてみようかという気になる。強すぎる飢餓感に感情が麻痺していたが、思い返してみるともう何日も人と会話をしていない。


簡単に言うと私はとても人恋しくなっていた。

少なくとも鳥に話しかけようと思う程には。


それに……ほ、ほら……もしかしたら言葉が通じるかもしれませんし!

誰にともなく言い訳しながら

「こんにちは……!」

怖がらせないように、刺激しないように、細心の注意を払って放った言葉。



橙色の瞳の君はもう一度ゆっくりまばたきをし、そして静かに首をかしげた。

どうやら通じなかったらしい。

ちょっとだけ落胆しながら、必死に意思疎通方法考える。



こちらの言葉が通じないとなると……

ここは鳴き声でのコミュニケーション図ってみるべきか。

でもこの子の鳴き声わかんないな。

カー? ピー? キュイキュー?


「クク、クルル…クルァ?」

さえずりというより何かを囁くようなそんな鳴き声。意味はよくわからないが、何かを聞いているニュアンスのような気がした。


あーはいなるほど。そんな感じね。なんとなくの感じはつかんだ。未知の鳥であろうと、実家の一羽しかいない鶏のお世話を任されていた私の敵ではない!


「くっ、くくるる……くくるー」


すぐさまそれっぽい声を出してみる。できるだけ感情込めたつもりだったのだが、ちょっと棒読みっぽくなってしまったかもしれない。


しかし、私の声を聞くや否や目の前の鳥さんは、素早く瞬き二回して、軽く短い鳴き声を発した。

あ、あれっ。伝わった?伝わりました!?

まさかの成功に驚きながらも心のそこから湧き出る歓喜。



ーーーー突然の浮遊感、その後尻のあたりにもふっとした感覚。


それが彼(彼女?)に、服を引っ掛けられたのち、くちばしでぶん投げられ、そのふかふかした背中に着地した感覚だと私が気付いたのは、完全に地面から飛び立ってしまってからでした。





閲覧いただきありがとうございます。

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