EE 第三十二話 利用する者、される者
「誰にやられたのですか、カル」
「おいおい。俺の家業を忘れたのか?恨むのはお門違いって話だぜ」
「恨んでいるような声に聞こえるのなら貴方の耳は腐っているのですね。ご愁傷様です。それに私と貴方はそのような関係ではないはずですが」
「ただの冗談だろうが。毒を吐くな、毒を」
グリードはそうぼやいて自分の体の調子を確かめた。多少ぎこちない所はあるが、動かす分には支障はないようだ。
いつもながらリンの働きには感嘆のため息をつかずにはいられない。
すでにこうして立てるようになっていることからも窺い知れる。
激戦の果てに大怪我を負うことなどグリードにとっては日常茶飯事ではあり、戦いの後に回復魔術に頼ることは多々あったがこうも魔術をうまく扱える者は見たことがない。
魔術とて万能の薬ではなく、四肢の欠損や瀕死の重傷といったものは治せない。死者の復活など夢物語だ。
それが治せるとなると、もはやそれは魔法の域である。
故に彼女の魔術も、もしかしたら魔法なのかもしれない。魔術と偽った魔法……そうグリードは感じたことがあったが、問い質すことはなかった。
どちらでもいい話だとグリードは思っていたからだ。
「それで、何十人に取り囲まれて無様にやられちゃったのですか。いつもバカなことをするカルのことです、真正面からぶつかり合ったのでしょう」
「バカは余計だが、そんなに人数は多くないぞ」
「数人の手練ですか?こんな田舎の、観光名所が噴水場しかないような所にそんな人たちがいるとは思えないのですが……何かあるのでしょうか」
「いやいや、お前勘違いしてるが相手は一人だ」
「……はい?」
「しかもガキだってんだから笑える話だよなぁ」
「……私、冗談はあまり好きではないです。特にカルの冗談は最悪です」
フードの奥から半眼になってこちらを睨む彼女に、グリードは苦笑を返すしかない。
自分で言ってても冗談にしか聞こえない内容だった。彼女の反応は当然と言えるだろう。
しかしそれは真実である。
グリードが否定も肯定もしない様子から、それが本当のことなのだと気づいたリンは表情を硬くした。
段々と信じ始めている一方で、ありえない話だと、彼女は胸の内で思っていた。
グリードはクラス持ちだ。
それは公然と知れ渡っている事実であり、彼が有名になっている一つの理由でもある。
だからこそ彼を憎んでいる者たちは入念に準備をして集団で襲撃を掛ける。
傭兵家業などという血生臭さとは縁を切れない職業だ。それこそ恨みつらみなど山の如くある。
例え傭兵を辞めた今となっても、いやむしろ、傭兵を辞めた今だからこそ復讐者はその姿を現す。
闇夜から忍び寄る存在さえ悟らせない暗殺者、街道で立ち塞がる正義の瞳に燃える剣士、強力な魔術を操り巧みに召喚術をも使いこなす高位魔術師。
そのどれもが名だたる強者で、彼女はそんな者たちとの戦いを間近で見てきた。
彼の悪癖である、最初から本気は出さないという癖のおかげでピンチに陥ることはあったが、最後にはその全てに勝利を掴み取ってきた。
不遜にして無敗。それがカルデネア・グリードという男だったはずだ。
(それが負けた……?しかも子供に?)
やはりどこか信じられないような気持ちが消えず、リンは頭を振って一度頭の中をリセットしようとした。
そんな時である、それが目に入ってきたのは。
「!?!?!?」
驚きのあまり、リンは言葉さえ出なくなってしまった。目を見開き、瞬きさえ出来ずに凝視する。空いた口が塞がらない。
彼女が見ていた物。それは粉々に砕け散ったタリスマンの残骸だった。
震える声でリンはグリードに尋ねる。普段の彼女からは想像も出来ない狼狽ぶりだった。
「カ……ル……。こ、これは?」
「あー。すまん、それもやられちまった」
「だ、誰にですか?何にですか!?どうやってですかっっ!!」
「おい、落ち着け落ち着け。何を慌てていやがる」
同行者の変わり様にさすがのグリードも訝しみ始めた。
彼女はグリードの答えが要領を得ないと見ると瓦礫に躓きながら散らばっている地点まで走り、忙しなくその残骸を手繰り寄せていく。
掻き集めては見たものの、それで指輪が元に戻るということはない。
ましてやその指輪は魔道具であり、現存する技術では到底生成が不可能と言われている古代遺物級のアイテム。
唯一の無二の物と言ってもいいだろう。それが失われてしまった。
「そんな……まさか、ありえない……」
彼女は二重の意味でもショックを受けていた。一つは大事にしていた指輪を失ってしまったこと。
貴重品という意味でもそうだが、この指輪はリンにとっては特別な意味を持っていた。
リンは長年探し続けている人物がいる。その人を連れて帰るためにもこの指輪は必要だったのだ。
そしてもう一つ、この指輪の壊れ方。
物理的に壊そうと思えばこの指輪を壊せないわけではない。
ただしそれは非常に困難を伴う。
アーティファクトの全てが全てと言うわけではないが、ほとんどの物が未知の鉱物――便宜上、全てのそのような鉱物はオリハルコンと呼ばれている。色や形によって別の言い方をする場合もある――で作られ、既存の技術をひっくり返すような技術で作られている。
故にその技術を盗み取ることも難しく、作る前の段階で挫折するのだ。
見よう見まねで他の鉱物で作られたものは作動することもなく、ただのガラクタが出来上がるばかりであった。
そしてオリハルコンの耐久度は郡を抜いて高い。
同じアーティファクト同士ででもぶつからなければ、滅多な事では欠けることさえしないのだ。
だが、リンは知っている。これが魔道具の力の限界を超えた時に起こる特有の壊れ方であることを。
この指輪に込められた抵抗の力は計り知れない。実験した限りでは中級魔術程度であれば容易く掻き消す。
同じような効力を持つ最高峰の魔道具の限界がその中級魔術であり、数回も打ち込まれれば壊れてしまうことだろう。
何十発と受けてもひびさえ入らなかったこの小さな指輪に、眠っていた力がいかに強大だったかよくわかるだろう。
おそらく、上級魔術……多対用殲滅魔術にも耐えられただろう。最上級魔術である都市をも滅ぼすといわれる魔術でも、もしかしたら。
(それが……砕けた?)
グリードはいつもこの指輪を紐に通して首にかけていた。あれだけ口をすっぱくして直接身に付けろと言っていたのに。
戦力として期待している彼には、万全な状態でいてもらわなければこちらが困る。
指輪の効力としては、直接指につけていたほうが効果は高い。
魔道具には大まかに分けて二種類あり、魔力が必要な物とそうでない物がある。
貴族街にある街路灯などは魔石と呼ばれるものが埋め込まれており、それが魔力の供給をしている。
いわばあれは魔力がない人にも扱える魔道具なのだ。
反対に魔力が必要な物は、生物の体内にある魔力に反応してその効果を発揮する。
ある程度距離を離していても使えるには使えるが、効果は薄れる。
そうしたことから、指輪の効力が十分に発揮されなかった、という可能性もある。
しかしこの指輪は魔力を装着者から少しずつ吸い取り、その魔力量に応じて力が比例するタイプの物であったはずだ。
グリードに渡す前に自分の魔力は込めていた。
彼も魔力がないわけでないから、起動そのものは出来る。
身に付けていなかったから機能不全を起こしていた……?そうリンは考えたものの、やはりどこか納得いかない。
これがグリードによる冗談であればよかった。実は別の指輪でしたと騙されても、彼女は怒るだろうが内心ではほっと胸を撫で下ろすことだろう。
それだけ信じられない事態だった。
「何をそんなに慌ててんだ?つーか、そんなに大切な指輪だったら俺なんかにやらなきゃいいのによ」
「……やるとは言ってません。預けると言ったのです」
「そうだったか?忘れちまったな」
「その鳥頭は一回医者にでも見せてもらった方がいいですよ。手遅れかもしれませんが」
相変わらずの毒舌を吐くリンだが、先ほどまでのショックを受けている姿を見ると、奇妙な違和感しかグリードには残らなかった。
死の危険が隣り合わせの戦場でならば、短い時間でも絆を築けるということはグリードも知っている。
グリードとリンの付き合いはそれほど長くない。死地を一緒に潜り抜けたわけでもない。信頼を築けているという実感もない。
なのにリンはどうして自分にそんなものを預けたのか。
これはグリードが知らない事実なのだが、実はあの指輪にも抵抗以外の魔術が掛けられていた。
抵抗の魔術は内部の機構によって作動するもので、他の物は後から掛けられたものである。
一つは指輪の位置を特定する為のGPSのような機能を持つもの、そしてもう一つは前述にも述べていた巧妙な隠蔽魔術。
そうして最後の一つは……遠距離でもワード一つ唱えれば強力な爆裂を引き起こすことが出来る自爆魔術。
自爆する際にはご丁寧に指輪の効果も無効化するように仕込まれている。
オリハルコンで作られている指輪は強固であり、その魔術だけでは壊れはしないだろう。巧妙に指輪を持つ者だけを殺すことになる。
その諸々を隠すための隠蔽魔術でもあったのだ。
グリードがミコトの魔術を受けた時、自爆の魔術が誤作動しなかったのは奇跡と言えるかもしれない。
結果としてグリードは指輪によって助かったが、下手をすれば指輪に殺されていたのかもしれないのだ。
使用者を守るための指輪に、使用者を殺す魔術が掛けられていたなど皮肉以外の何物でもない。
それをグリードが見破れなかったのは仕方のないことだ。生粋の魔術師でもその隠蔽魔術を看破することは難しいだろう。
(私が使う時には自爆魔術は解くつもりでしたが……まさか壊れるとは。一体誰が?例の子供ですか?)
そのことを問おうと地面に落としてた視線を上げると、グリードは先ほどの違和感も忘れてしまったかのように軽い足取りで崩壊しかけた建物から抜け出そうとしていた。
「カル、どこへ行くと言うのですか?」
「あん?いや、荷物でも取ってきてこの街を出ようかとな」
「……は?」
「どうにもこの街はきな臭い。最後に面白ぇもんは見れたが、長居するには危険な感じがする」
ふざけたことを抜かすグリードに、リンは素早く立ち上がり指輪の残骸を懐に仕舞うと走って彼の目の前に回りこんだ。
逃げ出すなどと出来るわけがない。この街には目的があってきたのだ。あてのない探し人を探すという。それがまだ終わってもいない。
例の子供も気になる。リンが探している人物ではないだろうが、関係があるかもしれない。
そう彼女はいきり立ちながら抗議しようとするが、神妙な顔をするグリードを前にして二の口が開かなくなる。
グリードの不遜な態度ばかり見ていた彼女が初めて目にするその表情。貴方が言っているのはただの勘だ、と切り捨てるにはあまりに真剣だった。
「一体どうしたと言うのです?カルデネア・グリード」
「……俺の勝手でこの街には来たが……。お前は俺の依頼主と仕事の内容を知っているか?」
「いいえ、お金をたくさん貰える仕事だとは聞きましたが」
「そうだ。依頼主はこの街の貴族さま。仕事内容は大量の人の誘拐」
軽蔑したか、とグリードが尋ねるとリンは軽く頭を横に振って否定する。
だがそこに親愛の感情は見られず、ただ冷たい視線だけがグリードを貫く。
「いつの世も人間は醜い。誘拐した人をどうするかは知りませんが、想像するのも耐え難いことに使うのでしょう。私には全く関係のないことですが」
「そうだな、お前はそういう奴だった」
「カル、気持ち悪いです。ちょっと離れていただけますか?何か移りそうなので」
ずざざ、と後ずさるリンにグリードは笑いを堪えることが出来なかった。
更に冷たい視線が来ることがわかっていも、大声を出して歯を剥き出しにしながら豪快に笑うグリード。
全く愉快な女だ。本当にこいつは生粋のエルフなのだと思わせてくれる。
自分たちと同じ種族以外を信用すらしない。勿論、自分も例外ではないだろう。
あの壊れてしまった指輪にも何か他に細工でもしてあったのかもしれない。
それを知りつつ、あの指輪を受け取ったのは自分だ。
(契約だ、と言われて渡されたのだから仕方ないのだがな……あの時もそういえばおっかなびっくり距離を離していたな)
そういう所はまだ可愛げがあるのだがな、とグリードは思いつつ、昔の思い出に浸る前にある人物のことを頭に思い浮かべていた。
場面はとある貴族の館。中に入れば恐怖に顔を歪める使用人たちと、酷薄な笑い顔を貼り付ける金髪の貴族。そして……。
(あの貴族の後ろにいた仮面野郎……あいつからやばそうな匂いがぷんぷんする)
命令していたのは依頼主であるあの貴族。だが裏で操っているのは……。
危険を見逃していれば回りに回って災厄が後から追いかけてくる。それはこの身が一番知っている。
少しかぎまわって見てみたものの、手がかりは一向に見つからなかった。
そうやって思考の海へと飛び込もうとしていた時、少しだけ距離は縮めたが会話するには都合の悪い距離からリンが話しかけてきた。
「ではカル、もうこの街には戻ってこないのですか?それは私にとっても都合が悪いのですが……私の目的もあったのでついてきたのですよ?ギャンブルでお金をなくした人間のクズさん」
「ぐ……それは言うなよ。お前の金にまで手を出したのは悪かったから、こうして実入りがいい仕事をしてたんだろ」
「その挙句にこの街から出るというのだから世話がないですね。最初から最後まで貴方のせいなのが面白くてたまりません」
そう言う割には少しも笑っている様子がないのが恐ろしい。フードの奥に隠れたその顔は今一体どんなものになっているのだろう。
「いや戻ってはくるさ。帝都に置いてきたあれを持ち帰ったらな」
「……得物もないのによくもまぁここまで来ましたよね、カル。そのせいで負け……」
「アーわかったわかった!俺が悪かったから、もう口を閉じていろっ!!」
耳を両手で閉じて子供のようにアーアー聞こえないーと叫んでいるグリードに、戦闘狂の面影など欠片もない。
その様子を無表情に眺めていたリンは、懐に忍ばせていた指輪の残骸を手で転がしながら考えていた。
指輪はなくなってしまった。代替品は手持ちにはない。
自分も一度帝都に戻り、どうにかしなければならないだろう。
探し人は急いでいても見つかる見込みはない。指輪を壊した子供というのが気になるが、ひとまず置いておくしかない。
……契約と言って指輪を渡し事実上の首輪をかけていたこの人間は、指輪がなくなった後でも自分のことを手伝うのだろうか。
自衛の手段がないわけではない。ただしそれは手持ちの札を否応なく使うことになり旅は続けられなくなる。
この男を信用はすまい。だが実力は信頼している。
数々の戦いはそれを証明していた。リンはグリードのことを便利な消耗品程度には信頼していたのだった。
それも子供に負けたと言うのだから、揺らぎ始めているが……。
リンはこれ見よがしにグリードにため息を見せることによって不満を表しつつ、街から出るために必要な旅支度を早くも頭の中で考えるのだった。




