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EE 第二十六話 助ける価値

 あれからテトは残る仲間たちに訳を話し、中部へと行くことを伝えた。

不安そうに隣の子供と顔を見合う者や、あからさまに不満顔をしている子供もいたが、際立って反対する者がいなかったのは幸運だろう。

チームの中心核たる三人がいなくなるのだから彼らの反応は当然だ。

ひとまず時間がなかったこともあり手短に済ますことにしたテトだったが、後ろ足を引かれる形になってしまった。




 三人は拠点としている建物を抜け出すと、急ぎ足で目的の場所へと移動を始める。

ここから中部に入るまで軽く見積もっても十分程度はかかるだろう。

ミコトと別れてから軽く三十分以上は経っている。

そんなに時間が経っていれば何かしらのトラブルに巻き込まれていてもおかしくない。

厄介事を前提に考えるのはおかしい話かもしれないが、場所が場所なだけにありえない話じゃない。

手遅れにならないことを祈りつつ、足を動かすしかないのだった。




 「正直な話ね、僕はあの子たちがどうなろうが知ったことじゃないよ」


 スラム中部へと行く道すがら、ルーイが唐突に口を開いた。

脈絡もなく話し出すのはルーイにしては珍しいことではないが、急いでいるこの状況下では不意打ちを食らう形となってしまった。

思わずテトとラトリは足を止めそうになるが、肝心のルーイが止まることなくずんずんと進んでいくので慌てて後を追う。

話の始点としては不穏な言葉が綴られ先行きが不安になるが、とりあえずテトは口を挟むことなく話の続きを待つことにした。

ラトリも同じ考えのようで沈黙を保っている。

それから間も無くしてルーイは再び口を開いた。


 「確かに可愛そうだとは思うけど、身を犠牲にしてまで助けようなんて思わない。

  だから僕はテトがどうして助けようと思ったのかが気になるな。雰囲気で助けに行こうとしてるのは察したけど、理由はわからないから知りたい」


 ルーイにしては饒舌な語り口に二人は軽く驚きを覚えた。

それと共にテトはやっぱりか、と再認識するのだった。これがスラムの常識なのだと。

他人の命の心配をするぐらいなら自分のことを心配しろと、誰かが言っていたのをテトは思い出す。

スラムの中で命というものは驚くほどに軽い。

それは日常的に死というものが蔓延しているからだ。いつ明日は我が身となってもおかしくはない。


 「なぁ、ルーイ。それにラトリ。お前たちは貴族や平民の連中は嫌いか?」

 「……好きでも嫌いでもないかな。どうでもいいってのが一番あってる」

 「唐突になんだ?まぁ、俺は貴族は嫌いだな。あの俺たちを見下す目が気に入らない」


 始めにルーイ、それからラトリが答える。一人は窺うような瞳、そしてもう一人は眉を顰めながら何故そんなことを聞くのかと表情に出しながら。

予想していた反応に彼は軽く頷きを二人に返した。

それからテトは視線を前に戻すと、遠い目をしながら問いの答えを返す。


 「あいつは俺たちを見ても普通だった」

 「……」

 「は?」

 「スラムに住んでいるというだけで、貴族は汚らしいものでも見つけたように遠ざかり、平民たちは物を盗まれないかと警戒する」


 スラムでは作物などといったものは作られない。

今日を生きようとしている者たちが悠長に作れるものではない。

それにせっかく作れたとしても、他のスラムの住民がそれを黙って見ているとは思えずトラブルの種としかなりえないだろう。

だから自然とスラムの外から食べ物や衣類、生活必需品の数々を仕入れるしかない。

それは平民に扮した者たちが買ってくることもあるし、手っ取り早く盗むこともある。

多くのスラムの住民は盗むしかない。余裕がない者に手段など選ぶ余地はないから。

 それが結果として犯罪を犯す者の分布をスラムの住民が占め、スラムの住民イコール犯罪者という印象が強く刻まれてしまう。

貴族の大半はそのみすぼらしい格好とイメージから敬遠し、時には見かけるだけで衛兵を呼び出し捕まえることもある。

平民は犯罪の被害者として毛嫌い、平民で店を持つ者は例えスラム住民が普通に買い物客として来ようとしても門前払いをする。

それがこの街での常識。それが当たり前のこと。


 「あいつは違った。俺たちがスラムの住民だと気づいても微塵も態度を変えなかった」


 むしろ人使いが荒くなったがテトはそこに気安さを感じていた。

何よりミコトは瞳が違った。目は態度より物を言う。

そこに悪意のある感情は一つも見えず、緑がかった瞳の色は見つめるだけで安心を呼び起こす。

ついついぼーっと引き寄せられるように見てしまったのは一回や二回程度ではすまないだろう。

外見の儚い美貌も合わせこれが魅了されるということなのか、とテトは思ったものだった。


 「それが助ける理由?」

 「それが一つの理由だ」

 「一つ?」

 「俺たちは見捨てられたやつらばかりだ。そんな俺たちが同じ事をするのか?」


 テトに親はいない。

いや、テト、ラトリ、ルーイ、そしてチームに属する他の子供たち全員に親は存在しない。

いない理由は様々だが、捨てられたという子供も少なくない。親しい間柄の人に裏切られた者もいる。

傷つきながら逃げ延びて、最後に辿り着いたのがあの場所だったのだ。

そうして子供たちが集まり、チームとなった。

テトはそんな仲間たちを守りたい。心に傷を負って泣いている人たちを助けたい。

 テトはわけもわからないうちにここにいた。気づけば盗みを働き、一日一日を必死に生きていた。

そんな日々の中ラトリとルーイに出会い、紆余曲折はあったが憎まれ口を軽く叩くまでには仲良くなった。

それはスラムという場所では奇跡というべきのもの。

お互いを食い物にし合うここでは信じるということが難しい。信じたが最後、人生さえ終わらせてしまったという話もままある。

 だから笑い合いながら肩を叩き合う、そんな仲間を見つけたことが何よりの重畳といえるだろう。

それから段々と仲間は増えていった。

色んな悲しい事情を抱え、どこにも行く宛がない子供たち。

話を聞けば聞くほどテトの中にはやるせない感情が生まれた。どうして、何故そんなことを平気で出来るのか。

日増しに思いは募り、テトの中に譲れない信念を作り出していく。


 「だから俺は見捨てない。見捨てたくない」


 ミコトとは短い間しか会っていないから仕方ない。スラムの住民じゃないから仕方ない。

そんな理由をつけて諦めることも出来ただろう。

しかし、どんなに甘い考えであろうとも、自分が今までしたことを曲げることはできない。

助けることが出来る手を引っ込めてしまえば、今までしたことはなんだったのかわからない。

子供たちを裏切った人々に憤り、自分はそんなことは絶対にしないと言ったことを嘘にしたくない。


 「……テトは僕のことをわかんないやつって言うけど、テトもテトで十分におかしいやつだよ」

 「そうか?」

 「そうだよ」

 「あー。まぁ、俺もそれには同意見だ。お前ら、わけわかんなくておかしいもんな」

 「「うるさい(せぇ)。単細胞」」

 「ひでぇ!?」


 口が揃ったラトリへの罵倒に、大げさにリアクションを取りながら少年はへこんだ。

これを走りながらしているのだからなかなか器用である。


 「まぁバカはさておき、ルーイ、納得したか?」

 「それは嫌でも納得するしかないね。全く、テトらしいよ」

 「バカってなんだよ。ったく。それはそうと、そろそろ中部に入りそうだぜ」


 中部への境目にはご丁寧に近くの建物の壁に走り書きがしてあり、一目でわかる。

それは警告のメッセージであり、おどろおどろしい字体で書かれており見るものを不安にさせる。

内容は、ここから先に進むのなら命の保障はしない、というものだ。

誰が書いたかもわからないメッセージではあるがその内容は真実であり、上部の住民たちはここに近寄ろうともしない。

 テトは一度だけ後ろを振り返り、二人を見やった。最後の確認のためだ。

本当についてくるのか、と。

しかしそれも無駄に終わることとなる。ラトリとルーイは当然といった顔をしており、今更戻ることなど一欠けらも思っていないようだ。

テトは口を開いては閉じを数回繰り返し、だが言葉が出ることはなかった。

ため息をつきながら頭を振り次に顔を上げた時、彼は自分の心の中にあった迷いを振り切る。


 「お前ら、じゃあ行くぞ!気合いれていけよ」

 「はいはい」

 「おう!」


 三者三様の言葉を放ち、三人はスラム中部へとその姿を消していったのだった。

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