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EE 第十八話 裏路地にて

 私は中央広場の人込みを駆け抜けると、後ろを振り返ることなくただがむしゃらに走り出した。

あまり外を出歩かない私だが、魔術と違って運動には自信があった。

一刻も早くこの場所から逃げ出したかった私は、全力で足を動かし続ける。

頭の中に渦巻いている様々な感情が私を駆り立てていた。

それはミコトが必死の思いで告白したことをそんなこと、と切り捨てられた時の憤怒。

あの無礼な少年の苛む視線に晒された時の困惑と悔しさ。

何よりそんな少年の後ろに庇われ、俯いて私にろくに視線さえ合わせなかったミコトへの悲しみ。

色んなものがごちゃ混ぜになって自分でも収拾がつかない。

あのままあそこにいれば言いたくもないことを口走ってしまう自信があった。

だから私はミコトを置き去りにして逃げ出してしまった。




 「……はぁ、はぁはぁ」


 足の疲れがピークに達したとき、私はようやく足を止めた。

荒い呼吸を繰り返し、石レンガで出来た建物の壁に背を預けて息を整える。

これだけ体を動かしたのは初めてではないだろうか。

ペース配分を考えずに体を酷使してしまった。走っていれば余計なことを考えずに済むから。

経験したことのない大きな疲労感に崩れ落ちそうになるのをなんとかこらえる。

肩を激しく上下させ、目を開けているのもわずらわしくなって閉じた。

途端、暗闇の中に映る俯いたミコトの姿。

私は目を見開いてその光景を打ち消した。が、頭の中にこびりつくようにそれは纏わりついてくる。


 (なんで、なんでこうなってしまったのかしら……)


 わからなかった。考えたくないと言ってもいい。

ミコトと話をしていた時に割り込んできたあの子供。

その子供がミコトの手を取って、それから私の眼前に対峙してきた。

守るように立ち塞がった子供の後ろで……ミコトは地面を向いてどんな顔をしていたのだろうか。

もしかして、ほっとしていたのだろうか。

友達になろうと言ったことも嘘で、だから私の告白もどうでもよくて、助け舟がきて嬉しくなっていたのだろうか。

確認する間もなく逃げ出してしまった。拒絶されたらどうしたらいいかわからなくて、怖くて。

頭が……ぐちゃぐちゃだ。

荒れ狂った心が考えることを邪魔して、何が正しくて何が間違っているのかわからない。

 私は一旦考えることを止めた。考えることはあまり得意じゃない。

それに今思っていたことは全て私の推測だ。真実はどうなのかはわからない。

もっとも、その真実を知るためにはもう一度ちゃんとミコトと向き合わなければいけないのだが……それはもう少し後になるだろう。

勇気がまだ足りないし、なによりどうも物理的な意味ですぐにとはいかないようだ。


 「ここ、どこかしら」


 やっと体力が回復してきて周囲を見渡す余裕が出来てきた。見たことのない町並みだ。

貴族街が色彩豊かな建築材で造られていることに対し、ここの建物はどれも石レンガ一色みたいだった。

今いる場所は日が出ているというのに薄暗く細い道で、二人が並んで歩けばぎゅうぎゅう詰めになることだろう。

きょろきょろと見渡しながら歩いていて気づいたことがもう一つ。

地面が裸のままで舗装がされていない。

土を直に踏みしめる感覚は庭園以外だと感じたことがないので新鮮に感じてしまう。

まぁそんなことを考えている余裕は実はないのだが、なにせおそらく……。


 「迷子になりましたわ……」




 しばらく辺りを散策するものの、これといって見慣れたものが少しも発見できなかった。

自宅の中と庭園ぐらいしかろくに出歩いていないので、見覚えがあるところというのが極端に少ないのは仕方ないのだが。

それでも今日進んできた道のりぐらいはちょっとだけわかる。

とは言っても途中でミコトと一緒に走り出してしまったから、これまたあの辺りから記憶が怪しい。

 いかに自分がこの街の地理に疎いか再確認してしまいため息もつきたくなるが、困ったことになってしまった。

下手に歩くとドツボにはまりそうな気はするが、ここにいても埒があかないだろう。

考える前に動く体質の私としてはじっとはしていたくないが。

 このままこの路地にいるということであれば、迎えを待つことになりそうだ……。

家の者が探しにくるのだろうか。いくら私に興味がない人たちでも最低限の仕事はするだろう。

そうであれば大事になりそうな気がしてしまい冷や汗が止まらない。

帝都グラフィールにいる両親にもこのことが伝われば心配されてしまうだろう。

心優しい父と母のことだ、仕事をほっぽり出してこの街に戻ってくるかもしれない。

両親に会えることは嬉しいが、そんな理由で再会したくはない。

何のためにこの街に一人でいるのか、それは父と母の邪魔になりたくないからじゃなかったのか。

私が傍にいればどんなに忙しかろうと両親は私を独りにすることはない。

絶え間ない愛情を注がれていると私自身がわかっているし、なにより私がそんな理由で帝都を離れると言った時泣きながら『そんなことはない、邪魔などではけしてない』と一生懸命否定してくれた。

だからこそ私は自分の意思を曲げなかった。

寂しくないと言ったら嘘になるが、それでも両親から離れることを決意した。

まぁそんな私よりも当の本人たちの方が、寂しい寂しいとおいおい泣いていたのには少し笑ってしまったが。


 その時のことを思い出してくすりと笑うと、ちょっとだけ心が軽くなった気がした。

いつのまにか項垂れていた顔を上げると、建物の隙間から日の光が私の顔を照らした。

暖かい、優しい光の感触に目を細める。

ふと、私はあれからミコトはどうしたのだろうか、と思った。

また嫌な想像が頭をよぎるが、考えない考えない。

嫌なことを考えていると気分も沈んでしまう。前向きに考える、うん。いい方に考えよう。

なら私にとっていいことって……。


 (ミコト、私のこと追いかけてくれているかしら)


 それが今の私にとって何よりのいいことであるだろう。

家の者に気づかれる前にミコトが私を見つけて、さっき突然逃げ出したことを謝ってこの見知らぬ土地から家に帰る。

そして一安心できてから、話の続きをしたい。

あの子供に邪魔をされて出来なかった話の続きを。

うんうん、と一人で頷く。頭の中で溜まっていたもやもやがすーっと抜ける感覚がした。

心にわだかまっているものは未だに取れないけど、それでも幾分かましになる。

そうよね、確かめることは怖いけど、そのままでいる方がずっと気持ちが悪い。

あれこれ悩んでいるのも性に合わない。立ち向かう勇気も万全ではないけれど、そう思い立てば段々と湧いてきた。

 よーし!歩き回って迷子を悪化させるより時間ギリギリまで待つことに決めた!

ギリギリになっても来なかったら、どうして来ないのって逆にこっちが乗り込んでやるんだからっ。

ふつふつと何故か勇気と違った闘争心が湧き起こる。

決闘前の騎士のような心境で私はこの路地裏から抜け出すことにした。

 確かに待つことには決めたが、さすがにここにいては見つかるものも見つからないだろう。

どこか別の大通りか目立つ場所で待つ方がいい。

更に迷い込まないように注意する必要があるが、不幸中の幸いと言っていいのかどうやらこの路地裏はそこまで奥まった位置にあるわけではないようだ。

数十メートル先に差し込む光が見える。

薄暗い路地裏に差し込むそれは、光の先が広い道もしくは光源があることを指し示している。

真昼間でも暗がりに包まれつつあるここより、あちらの方が心情的にもありがたい。

 一も二もなく、私は光の先に行く事にした。先のことはあそこを出てからにしよう。

大分走り回ったおかげでほこりがついた服を軽くはたいてから、私は歩き出した。

疲れはそこそこ取れているようだ。歩くだけならば問題ない。

そのことに安堵して胸を撫で下ろす私を、二組の瞳が見つめていることについぞ私は気がつくことがなかった。

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