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一章 EE 第十四話 おうじさま!

 「ここか……?ミライが言っていた紹介したい所ってのは」


 この街の名物の噴水広場から北へと向かい、商業区のど真ん中を貫きながら奥へ奥へと歩いていけば、人知れずひっそりと営業している店があるという。

その店の名前は「トレスヴュール」。

流麗な文字で店の名前が彫られた木製の看板と、華やかなリースが扉に掛けられており、それ以外は何も特徴がない。

何やら洒落たフランスかどこかにあるような店名だが、店の第一印象としては地味。

隠れた名店の雰囲気、と無理に褒めようとするとそんな具合になってしまうだろう。


 「先に行ってて……と言われても、この店に入るのは結構難易度が高いぞ」


 ミライは商業区で買い物があるらしく、俺だけを先に行かせていた。

女性の買い物は長くなるというのが相場として決まっているので、一も二もなく頷いてしまった。

考えてみれば知らない場所に行くわけで、引き篭もり歴が長い俺にはレベルの高いミッションである。

そんなわけで店の前で唸っているという状態だ。

最近はローズブライド家に度々お邪魔しているので、ある程度は外に出ることに対しては耐性が出来ていたんだが……。

どうやらそれとこれとは別問題らしい。 

 そうやって躊躇している俺が勇気をどうにか捻出しようとしていた時、カラン、とベルの鳴る音が響いた。

音の発生源に目を向けると、トレスヴュールの入り口の扉が半開きになっていて、そこから小さな子供が俺を見ていた。

茶色の髪に短いポニーテール。歳はたぶん俺より一歳か二歳下か。

空色のワンピースを着ていることから女の子だろう。

くりくりと大きな瞳が興味深そうにこちらを覗いていた。

何で子供があの店から出てきたんだ……?店の人の子供か何かだろうか。


 「おうじさま……」

 「ん?」

 「おうじさまだぁーーーー!!」


 その子供が何か小さく呟いたと思ったら、次の瞬間には大声で叫びながら俺の方へと走ってきた。

いや、これはもはや突進してきたと言った方がいい。

両の手を万歳するかのように広げて、止まることを知らない猪の如く凄まじい勢いで走り寄ってくる。

いやいやいや、何何。これ何?

いきなりおうじさま!と言われてもわけがわからん。

が、一応高速思考は発動していたので対処する余裕はある。

混乱しかけた頭を一度整理して、女の子の行く先を予想する。……俺に向けて直撃コースだった。

このままではぶつかる事は必至であるが、避ければそれはそれで女の子が危ない。

どうなっているのか未だにわからないが、俺はそうして覚悟を決めてから高速思考を解いた。


 「げぼぁ!?」


 女の子、途中で転ぶ。俺、突っ立ったまま。

女の子、ちょうどいい具合に飛び込む形で俺にぶつかる。俺、ボディに深刻なダメージ。

女の子、目を回しながらも大丈夫な様子。俺、痛みをこらえつつ仁王立ち。

尚、自然と漏れ出た声だけは我慢できなかった様子。これ以上レポートできないようなので終了します、以上。







 「いててて……」

 「おうじさま、だいじょうぶ?だいじょうぶ?」


 所変わってトレスヴュール店内。俺は念願叶って中に入ることが出来た。

女の子……ティアと言うらしい。この子が俺を店の中に連れて行ってくれた。

自分より年下の女の子にぶつかった程度で痛がる様子を見せるのは、男としての沽券に関わる。

だからそこは我慢していたのだが、どうやらバレバレだったらしい。

心配そうに俺の周りをちょこまか動く姿はまるっきり小動物だ。

だがあのタックルは獰猛な獣クラスだな……侮れん。


 「いや、大丈夫だからそんなに心配しないでいいよ」

 「ほんとにほんと??」

 「うん、ほらもうこの通り」


 大丈夫なことを体を動かすことでアピールすると、ようやく納得したのかティアは輝かんばかりの笑顔を見せてくれた。

それから対面の備え付けられた椅子に座ると、ご機嫌な様子でおうじさまはやっぱりすごいのね!とニコニコしている。

ティアはテーブルに肘をつき、両手で自分の頬を挟みこんで俺のことを見つめ始めた。

めちゃくちゃ嬉しそうだなこの子……初対面のはずなんだが。

なんだか毒気が抜かれた俺は、警戒心を抱くことなく脱力したのだった。

 それにしても……このトレスヴュールという店は酒場、なのか?

床に密着したようなファミレスによくある椅子とテーブルがある場所に俺は座っていた。

少し奥の方ではカウンターと酒棚、妙に座席が高い足の長い椅子がセットで置いてある。

周囲に漂う匂いはアルコールか。独特の匂いが鼻につく。

おそらく俺が思った通りで間違いはないはずだ。

そんな場所に何故俺をミライが紹介したのかは謎だが……この女の子が事情を知っているかな?

とりあえず俺は取っ掛かりとして、さっきから俺のことをおうじさまと言っている理由を聞くことにした。


 「ええと、ティア。なんで俺のことをおうじさま、って呼ぶのかな?」

 「んーと、おうじさまがすっごくおうじさまだから!」


 うん、そうか、なるほどね。そう答えながら勿論内心で納得しているはずがない。

だがまぁ女の子に間違われやすい俺が、男である王子と思われていることにはちょっと嬉しいと感じていた。

もしかしたならティアが初めてではないだろうか。俺を男だと初見で気付いたのは。


 「おーい、ティアー。どこに行ったんだー?」

 「あ、おとうさん!こっちだよー!」


 テーブルに乗り出してティアが階段がある方に向かって手を振ると、男が今まさに降りてきている所だった。

太い足がまず最初に見え始め、次に覗いたのは服の中からでも主張する筋肉。

最後につるりと剃ったであろうスキンヘッドが階段の先から見えた時、うわぁ……と思わず口から言葉が零れてしまった。

その男は反抗するかのように髭の方は旺盛に生え揃えていて、一目で堅気じゃねぇな、と感じさせる奴だった。

えー、まさかこの人がティアのお父さんなわけないよね……?


 「おお、ティアー!そんな所にいたのかー!姿が見えないからお父さん心配しちゃったぞー?」


 破顔する男は愛嬌があると感じさせなくもない。……いや、やっぱこれちょっと怖いわ。

軽く引いている俺を他所にティアはスキンヘッドに向かって未だに手を振っていた。仲は良好らしい。

いや、むしろこいつは……


 「ん?……貴様、どこのどいつだ!愛娘に近づき、しかも店の中まで押しかけやがって尻叩きだけじゃ済まさねぇぞ!?」


 こいつは……親バカだ。それも重度の。ミライと同じ匂いがぷんぷんするぜぇ。







 「なんだ、お前ミライの息子か!道理でミライにそっくりなわけだ!ぬはは!!」


 豪快に笑う親父を目の前にして俺はジト目を隠せなかった。

なら俺を見た瞬間にわかれよ!

 どうもこのガウェインという男はミライの知り合いであるらしい。

しかしこの親父、俺のこと最初から男と見抜いていたからティアに近づいたことを怒っていたのか?だとしたら侮れんな……。

大抵は俺の見た目に騙される輩ばかりだ。ティアといい、この親子は観察眼が優れているな。

猛烈タックルくらったり、出会った瞬間に怒鳴られたりと散々な目にあっているが、俺はこの親子が気に入った。

そうだよ、俺は男なんだよ!


 「それで、ミライはどうした?」

 「商業区で買い物してる」

 「なるほどなぁ。じゃあしばらくの間、ミコトは暇かもしれんな」

 「じゃあおうじさま、あそぼ!あそぼ!」


 きゃっきゃっと腕を掴んでせがんでくるティアは見ててほっこりするなぁ……。

素直に好意を向けられることは正直悪い気がしない。出来れば遊んでやりたいが、お前の親父がすんげぇ目で睨んでるんだよなぁ……。

ハンカチでもあればそれを噛んでキィー!とでも言いそうな勢いだ。

スキンヘッドのいい大人がそんなことしていれば、ホラーでしかないが。


 「てぃ、ティア?お兄ちゃんはちょっと忙しいから一人で遊んでいなさい」

 「えー!おとうさん、いま暇になるっていったじゃない!」

 「そ、それはだな……。あ、ああそうだ!ミコトは魔術の練習に来たんだよな!?」

 「……は?」


 いや何だそれは。初耳なんだが。

……これもしかしてプリムラと同じパターン?

そういえばプリムラの時も後で、伝えること忘れちゃってた!とか天然ボケかましてたんだが。

てーか、俺も何で紹介する理由とか聞いておかないんだよ。アホか。


 「ん?違うのか?」

 「いや……まぁ……そうなんだ、と思う」

 「何だ、はっきりしないやつだな。まぁいい。お前がすぐにでも始めたいってんなら、裏庭使っていいぞ」


 裏庭?そんな所で魔術の練習なんて出来るのか?

ガウェインは知らないかもしれないが、俺の魔術は結構悪い意味ですごいんだぞ。

そうは思ったがこれがミライを通した話だとすると、ある程度話は伝わっているとみてもいいだろう。

であるならば、心配は杞憂だったかもしれない。

俺はとりあえずガウェインに案内されるまま、裏庭に行くことにしたのだった。

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