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EE 第九十七話 ありふれた一日

 通うまでは無駄な時間になるだろうと思われていた学校生活も、最近になって随分慣れたものだと俺は思っていた。

授業を受けることも目的意識をもって挑めば楽しさも感じる。

クラスの中の環境も悪いものではない。俺の本性を晒しても受け入れられるのは多少驚いたものだが。

ともかく今の俺、ミコトにとっては順風満帆といってもいいだろう。ただ一つのことを除けば。

 隠れ場所の一つとして選んだ空き教室の中で、俺は息を殺していた。

こんな場所でも掃除は行き届いているのだろう。使われていない割には教室の中は綺麗だった。

おかげであからさまな痕跡を残すことなく、教室の隅にあるロッカーの影に隠れることに成功した。

くまなく探そうとしなければこの位置ならすぐに見つかることはないだろう。


 「くっそ面倒くさいんだが。大図書館に行って知識を頭の中に叩き込みたいってのに」


 独り言を呟いてから忌々しく舌打ちをする。

大図書館の更に奥にある禁書区域。限られた人物しか入れない場所にある本の数々をはやく読み漁りたい。

どの本に載っていることも世間からして見れば貴重な情報ばかり。

それが表の大図書館と見劣りしないぐらいの量の本があるのだ。

高速思考というスキルがある俺でさえ、卒業までの時間を使ったとしてもほんの一部分、砂漠の砂の一すくい分ぐらいしか読みきることは出来ないだろう。

だから時間は有限であり、有効に使うべきなのだ。


 『ミコト。授業をさぼってあそこにいった罰なのではないのです?』

 「………………」


 ひょっこりと顔を覗かせたシルフィードがそんなことをのたまう。

思わず無言になってしまう俺。だって仕方がないだろう。

あそこが魅力的すぎるのだ。授業に出るぐらいなら禁書区域に引き篭もっている事の方が利になる。


 「だからといってこの仕打ちはおかしい……」

 『私も本の虫になるぐらいなら、ミコトが魔術をばんばん使っているのを見ている方が楽しいのですよー』

 「うるせぇ、あいつに教わるのは絶対に御免だ。うさんくさい。頭のおかしい教え方だし、あれじゃ命に……!?」


 高速思考を常時発動していたおかげで何かがこちらに歩いてきていることを察知した。

かすかだが足音が聞こえてきたのだ。素早く口を閉じて、シルフィードにもジェスチャーで喋らないように指示をする。

不思議そうに小首を傾げるシルフィード。確かにシルフィードの声は経路(パス)が通じていないと他人には聞こえない。

だが、相手があいつだと何が起こったとしてもおかしくはない。

 慎重すぎるに越したことはなく、そうして何者かはこちらの方に向かって歩いていた。

落ち着いた足取りで規則正しく、まるで軍人のような足取りである。嫌な予感が止まらないんだが。

ごくりと唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。軽く汗ばんだ手が俺の緊張を伝えていた。

……前回、前々回を省みて逃走経路を変えたのだ。

結果が伴っていてくれなくては頑張ったかいがない。

 授業が終わるや否や教室を飛び出し、屋上に駆け上がった後にそのままフライハイ。

そしてシルフィードの風の魔術によってエアクッションを作り無事に着地してからの素早いダッシュ。

授業が終わったばかりということもあって目撃者は皆無である。

それから更に追跡を振り切る為にあちこちへと移動を続け、そうしてここに到ったのだ。


 (校舎での魔術の使用は先生にすぐに通達されるようになっている……。前はそれですぐにばれたが今度はどうだ)


 校舎の中だけではなく、グリエントの敷地内全体を検知するように結界でも張られていたらアウトだろう。

悔しいのは、その警戒の網が俺にはさっぱりどうなっているのかわからないのだ。

巧妙に隠されているのは間違いない。

俺のスキル、真実を見通すというトゥルースサイトでも魔力の痕跡のようなものが端々に見える程度だった。


 (そうだ。あの爺……姿を隠したと思ったら余計なことばかりしやがる。今度会ったらマジでただじゃおかねぇ……)


 爺ことシェイム・フリードリヒ。自称アークウィザードの変態爺である。

変態ではあるがかなりの上級の変態であり、また大層な名前を自称していることもあって実力も確か。

俺に全容を掴ませず網を張るのなんて余裕なのだろう。それがまた悔しくもあり、苛立ってしまう。


 『ミコトっ。誰か入ってくるようなのですよ!』


 シルフィードの言葉に我に返る。そうだ。今はここにいない変態より目の前の脅威に目を向けなければ。

神にも祈るような気持ちで通り過ぎてくれるのを願い、もし入ってきたとしても人違いであってくれと祈っていた。

だが、やはり神というものは存在しない。


 (神は死んだ!!)


 奴がくる。

そっとロッカーの影から窺ってみれば、見間違いようのないきつめの美人顔。

先生たちの中でも取り分け目立つ存在であり、実力行使を地で行う女教師、ライラック。

生徒の間では魔物よりも恐ろしいと言われる程のスパルタ授業をすることで有名だった。

その怖い怖い先生がっ、どうしてだかっ、俺のことをっ、毎日のように追ってくるんだーーーーー!!!


 「くひぃ」


 見た瞬間に思わず妙な声を出してしまった。やばい。今の条件反射だ。俺、確実に病んでるよ。

だってあいつが俺を追ってくるんだ!捕まったら問答無用で地獄の個人授業が始まるんだよっ。

なんだ、個人授業ってもっと甘美な響きを持つ言葉じゃなかったのか!?

今では俺にとって恐怖のキーワードでしかないわっ。

 急いで自分の手を押さえたものの、どうやらライラックにその声は届いていなかったようだ。

今からお前を殺すといわんばかりの鋭い視線で教室の中をゆるりと睥睨している。

そこに貴方の仇はいませんよ。貴方の教え子である可愛い生徒が一人隠れていますが、お気になさらずに立ち去ってください。


 (シルフィード!お前、魔よけの魔術とか使えないのか!?)

 『あることにはあるのですが、そもそもあの人は魔物でも何でもないただの人ですし、効果はないのですよ』


 嘘だ!!あれが人か?

人ができる所業でこれはトレーニングだ、と言いながら一生徒である俺にひどく楽しそうに笑いながら魔術をぶち込んでくるのか!?

マリーの師匠であるアリエスでさえ、俺に修行という名のしごきをする時だってもうちょっと真面目にやっていたぞ!?

確実にあれは俺を追い詰めることに愉悦を感じている顔だった。

死に物狂いに逃げ惑い、魔術障壁を張りながらどうにか必死に凌いでいる俺を見て嗜虐心を満たしていたっ。

人じゃねぇよ……あんなの鬼畜生だよ……。


 (どこか行けどこか行けどこか行けどこか行けどこか行けどこか行け)

 『めちゃくちゃ必死なのです……』


 シルフィードの引いた声が頭の上に振り注ぐ。呪文のように心の中で繰り返していた言葉がこいつにも聞こえているのだろう。

うるせぇ、お前もあれを受けてみればきっとわかる。

しかし、今はそんなことはどうでもいい。目の前の危機がさっさと立ち去ってくれさえすれば。

 顔を俯かせ何百回と唱えていた所にどがっと、鈍い音が響いた。

おそるおそる顔を上げてみれば目の前に綺麗なおみ足が生えている。

引き締まったしみ一つない足だった。曲線美とはこういうものだと間近から知らしめている。

 そう、間近である。先ほどの鈍い音はその足が壁を蹴りつけた音だった。

ここから先は通行止めだと逃げ口は完全に塞がれていた。

隅っこの影に隠れていたことが災いとなっていた。後ろと横に退路はなく、逃げ道は前にしかない。


 「ひぃや!?」

 「可愛い鳴き声をするじゃないか。なぁ、ミコト?」


 明らかなドS顔のライラックが上から俺を覗き込んでいた。

口角を上へと引き上げてにたりと笑う姿はまさに恐怖の象徴である。

反射的に飛びずさろうとしても後ろは壁で背中を押し付けるぐらいしか出来なかった。


 「たかが生徒風情が私から逃げようなんざ甘い。前よりは思考を凝らしたようだが魔術を使ったのはまずかったな」


 やはり魔術は検知されていた……っ。

ここまでやってきたのもそれが原因か。一度魔術を使った相手をロックし、追跡するシステムでもあるのかもしれない。


 「一直線に校門へと駆けていった以前の行動よりは評価する。私も生徒の成長がこうして見られて嬉しいよ」


 それは前々回のことである。ブーストを使用して誰よりも速く駆けていったはずなのに、校門に待ち受けていたのはライラックだった。

だからこそ今回はすぐに逃げ出さず、煙に巻こうと色々な場所を駆け回った。

そんな面倒なことをせず、逃げる手段の一つとして飛行魔術というのも考えたが……。

グリエントは学園全体を結界で覆っているらしく、空からは逃げられない。

パンフレットに生徒たちの身の安全は私たちの魔術で保障します、と書かれていたのを思い出してすぐに却下した。


 「さてそろそろ観念したか?無駄な時間をこうして浪費したんだ。今回はより厳しく私が指導してやる」

 「ッ……冗談じゃないですよっ」


 ライラックの足のアーチをくぐって俺は抜け出した。その道は罠であると知りつつ。

何故ならこの鬼がそんな隙を与えるはずがない。

つまりわざと逃げ道を用意していたのだ。俺に抵抗してもらう為に。


 「その行動は私から逃げると解釈していいのか?」


 こきり、と首を鳴らして目を細めるライラック。蹴りつけた壁から足をどかせば、その壁に足型がくっきりとついてへこんでいた。

おぃぃ!この人本当に魔術師か!?

この壁、魔術に抵抗するコーティングは当然として、更に強化魔術がかけられていてかなり頑丈のはずだぞ!?

俺でもブーストを使って全力で蹴ったとしてもあんな足型つかんぞっ。

 俺は冷や汗が背中に滴るのを感じながら、それでも不敵に笑うことにした。

誰かの言いなりになるのは性に合わない。従わせようというのならば、あくまでそれに抗ってやる。


 「えぇ、上等ですよ。逃げてやりますよ。何処までもね」

 「……指導の前の軽い準備運動とする。まずはおさらいだ」


 ライラックの言葉を聞いたが直後、彼女は軽く手を横に振るった。

その動作には見覚えがある。しかしまさかという思いが拭えない。こんな場所で?

 そんな考えはすぐに切り捨てた。

高速思考で世界がゆっくりと流れる中、その中でもライラックの魔力が急激に励起していくのが見えていたから。

ライラックは校舎の中だというのに魔術を使うつもりなのだ。

 詠唱もないライラックの魔術は即座にその姿を現した。

爆炎と表するに相応しい熱波の嵐。炎系統に特化した魔術師だとは聞いていたが、ライラックの魔術は火力の桁が違う。

無詠唱でこれだけの魔術を使えるのはこの学園の中でも彼女と爺ぐらいしかいないだろう。

 この狭い空間ではあの魔術は逃げようがない。

対抗する魔術を編み出すのも遅い。ライラックの魔術の構築スピードは俺とは天と地ほどの差がある。

俺が取れる防御手段は魔術障壁しかない。展開する魔術障壁、すんでの差で熱波が届く前に全方位のカバーが間に合った。

襲い来る衝撃と肌を焦がす熱。熱さが伝わるということは、障壁が魔術に負けているという証でもある。

数秒にも満たない間に発生した熱波は、俺をこんがりと焼けつくすことなく消えていった。


 「ほう。さすがの反応だ。やはりお前には才能がある。私がそれを更に伸ばしてやる。それが教師としての務めだからな」

 「……そこまで私を買ってくれるのは嬉しいんですがね、ライラック先生。どういうつもりなんですか。

  校舎内で魔術を、しかも教師である貴方が使うなんて」


 俺の非難の声にライラックは鼻で笑う。ふてぶてしいとはこのことだ。

俺も自分のことは相当に捻くれているとは思っているが、こいつも相当だろう。


 「今、校長がいないのは知っているな」

 「……えぇ。嫌と言うほど思い知っていますが、それが何か」

 「校長はああえてもこの学校のトップだ。つまりこの学校における法でもある。校長がいない今、誰がその舵をとると思う」

 「……さぁ。教頭先生とかじゃないんですか」

 「そんなものはいない。この学校の先生は生徒と同じく平等に扱われる。それも校長が定めた法でもあるからな。

  つまりだ、現状、先生たちの誰もが校長と同じ権限を持っているに相応しい。要するに私がルールだ」

 「いやその理屈はおかしい」


 頭のねじが全て吹っ飛んじまっているのかこの女は。思わず敬語を使うのも忘れてしまったじゃねぇか。

冗談で言っているならまだましだが、目の前のこの女は至極真面目な顔をしているのですがどうしたらいいですか誰か教えて。

そして出来るなら俺を救ってくれ!


 「……ん?他の先生たちも気付いたか。直にこちらへ来るだろうな」

 「当たり前ですよっ!こんな無茶苦茶なことしたんですから、教室の中もそれはひどいことに……?」


 あれ、どうなっているんだ。見渡してみても教室の中は先ほどと寸分も変わらず綺麗なままだった。

まるでライラックの魔術なんてなかったかのように以前と変わらない。

 まさか……ライラックが魔術をコントロールして傷つけないようにしたのか?

いやそんな馬鹿な。どんな精密な魔力操作がいると思っている。

炎系統の魔術は威力が高いものが多い分、コントロールをするのにかなり難しいというのに。

魔術師をかじっているものならば、ライラックが何気なくこなした所業に卒倒することだろう。


 「先生たちが辿り着けば更に逃げ道はなくなる。私のお願いなら喜んで皆協力してくれるだろう。

  時間にして五分程度か。さて、ミコト。その間にこの場から逃げ出すことは出来るか?」

 「…………頑張ってみます」


 対峙する魔術師は性格、実力ともにめちゃくちゃな女だった。

これから毎日のように付きまとわれるかと思うと、感激の涙が止まらない。

ゆらめくような炎の幻影を纏うライラックを前にして、覚悟を決めるしかない俺だった。


 ちなみにシルフィードはすでに自分だけで帰っており、夕方になって帰ってきた俺を宿にて出迎えた。

疲労困憊である。宿に辿り着くのも苦労した。

何故、疲労困憊になったのか。賢い君たちならわかってくれると思う。

 シルフィードが口に白いクリームをつけて、おかえりなふぁい、ともぐもぐと言いやがったので、むかついた俺は食いかけのデザートを奪ってがつがつと全て食ってやった。

心底疲れていた体に甘いものはとてもおいしかった。

抗議の声をあげようとしていたシルフィードが俺の顔を見て、ぎょっとしていた。

俺どんな顔してたんだよ。気になったが、あえて聞くことはしなかった。そんなある日の一日である。

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