EE 第九十七話 噂の真相を突き止めろ!その二
ミコトが消えていった方向に我先へと走り出したマッド。
その後姿を見ながら戸惑いを覚える三人だったが、結局追いかけることにしたのだった。
すでにミコトの姿はそこにはなく、マッドがトイレの前で佇んでいるだけだった。
あそこに彼がいるということは、間違いなくミコトは中にいるのだろう。
いつも利用している場所のはずなのに、妙な緊張感が一同に漂っていた。
ここまで来たはいいが、誰も中に入ろうとはしない。先に来たマッドでさえ躊躇しているようだった。
何故なら真相を確かめるには犠牲が強いられる。それは信頼であったり、立場であったり、これからの関係であったりする。
踏み込めばもはや後には戻れない。それがわかっているからこそ、誰も初めの一歩を刻めなかった。
ごくり、と唾を飲んだのは誰だったのだろうか。
それを合図にでもしたかのように、意外な人物がまず最初に足を踏み出した。
「マーク……!?」
驚愕したのはエドとトーマスだった。
三人の中ではいつもおちゃらけて、自分の微妙なかっこよさを自らネタにするマーク。
だけれど二人は知っている。表に出ている部分とは違い、内心はとても慎重で細かい気遣いができる男だと。
だから、その場の流れて愚行に走ろうとしていると思った二人は止めようとした。
だが振り返ったマークの顔を見てそれが間違いだったのだと気付いたのだった。
「いくぞ、お前ら。出陣だ……!!」
清々しい程の勇ましい顔だった。
なくなく大切な人が戦争に駆り出され、悲しい顔で見送ろうとする恋人にでも向けるかのような笑顔を携えていたのだ。
そんな顔をされればもう引き止める気にはなれない。
行って欲しくないけれど、止める言葉はもう見つからない。
二人も同じような気持ちだった。今更止めようなどと口が裂けても言えない。
そしてエドとトーマスに呼びかけられたのは一緒に行くぞという力強い言葉。
その言葉に逆らうことができるだろうか?いや、出来ない。
「ふっ、仕方がない。付き合ってやろう」
「僕もついていくよ。なんだかんだで、マークは危なっかしいところがあるからね」
「へへっ。いってくれるじゃねぇか。でも……お前たちが一緒だと心強いぜ」
照れくさそうに笑いあう三人には悲壮感などはない。
ただ希望に向かって歩いていくのだ。その先に未来があると信じて。
戦友よ、共に行こう。そして生きて帰ってくるのだ。
「……愉快な者たちでござるなぁ」
肩を組みながら戦場ならぬトイレへと入っていく三人を見て、マッドは呆れた顔で見詰めていた。
呆れが大部分を占めていたが、少しだけ感心もしていたのは彼だけの秘密である。
ドラマであれば山場を越えて大事なシーンを終えた所である。後は涙あり感動ありのエンディング一直線。
それがトイレの中だというのがなんとも情けないが、変な一体感に包まれていた三馬鹿には関係などなかった。
マッドも遅れてトイレの中へと入ってきた。無言で目配せする一同。
彼らは素早くターゲットであるミコトを探し出し始めた。ここからは電撃戦である。
速やかに用を足しているミコトの隣へとポジションを移し、大事な部分を観測するのだ。
ターゲットに気付かれずに終えられればミッションコンプリート。
「…………??」
しかし、ここで問題が発生する。
肝心のターゲットであるミコトがどこにもいないのだ。この狭い空間の中で見失ったとでもいうのだろうか。
ミコトが妖精と呼ばれているのは学校中の噂だ。まさかそれが真実で忽然と姿を消してしまったのだろうか。
マークがマッドに向かって目を向けると、彼は顔を横に振ってから確かにトイレに入っていったでござる、と言った。
おかしい、どうなっている。混乱する空気が蔓延しそうになる前にトーマスがあることに気付く。
偉そうな態度を崩さず常に上位者であるかのように振舞うトーマスであるが、実は彼は貴族でも何でもなくただの一般市民である。
それはともかく、どんな時でも上から目線のトーマスが驚愕に目を見張っているではないか。
鷹揚に腕を組んでいるいつもスタイルを崩して、ふるふると震えた腕で何かを指し示す。
自然とその方向に向かって皆の目線が辿っていく。その先にあるものは一体なんなのか。
「まさか……ッッ」
「そんな!!?」
トーマスと同じようにマークとエドは驚きの声をあげる。信じられないものでもみたかのような顔だった。
マッドもその先を見て、思わず額に手をあてて唸る。失念していたでござる、と悔しそうに呟いた。
彼らは忘れていたのだ。
普段は小を済ませるぐらいでそこに立ち寄ることさえしない。
そこに行ってしまえば疑われるからだ。疑われることはすなわち学校での立場が失墜する。
え、お前もしかして大しちゃったの?くっせ。くっせ、と。
幼い子供たちならではの変な清潔感。この世界でもそれは健在していた。
そう、ミコトは個室に入っていたのだ。一つだけ個室のドアが閉まっていることからも、それは明らかだった。
いや、まさか、ミコトが?そんなはずは……。
彼らに動揺が走ったのも仕方がない話だろう。あのミコトが、である。
立ち尽くした彼らの耳に水の流れる音が聞こえてきた。
思わず音もなくしてしーんと静まり返る。水音だけがトイレの中に響き渡っていた。
そうして数秒の後に個室のドアが開いた。そこから出てきたのはまぎれもなくミコトであった。
「……お前ら何してんだ」
四人が固まって自分の出てくる所を見ていたことに、ミコトは怪訝な顔をしながらそう言った。
まさか貴方のことを覗きに来たんです、とは言えない。言えばおそらく、あの貴族のように鉄槌が下されるだろう。
それだけで済めばいいが……ともかく、曖昧に笑うしかなかった。
ミコトは不審そうな目を向けながら手を洗い、それから颯爽とトイレから出て行ったのだった。
あれだけ堂々とされれば誰もからかうことはしないだろう。
そしてそこに残されたのは何も出来なかった敗北者だけである。寂しく打ちひしがれる四人だった。
所変わって魔術学校の放課後。
思い思いに遊びに出かける話をしながら帰るクラスメイトの中で、三馬鹿とマッドは教室に居残っていた。
最初の作戦は失敗したものの、まだ彼らは諦めていない。
諦めていないからこそ、放課後になる間にも色々と作戦を実行してみたが、どれもうまくはいかなかった。
おっと手が滑った作戦ではミコト親衛隊に阻まれて、今なにしようとしたのねぇねぇどう落とし前つけるのと逆に責められた。
さりげなく肩を掴んで仲良しアピールしながら骨格から確かめよう作戦もうまくいかなかった。
骨格からわかるかよ!ってか俺よりあいつ細いぐらいしかわからん!とは実行犯のマーク談である。
「うまくいかねぇなぁ……」
ため息をつくマーク。主に彼が率先して作戦を実行していただけに疲労感は募っていた。
エドもトーマスも頭をフルに回転させてあれこれと作戦の立案に協力していたが、よい結果は残せていない。
諦めてはいないものの、今日はもうお疲れムードが漂っている。
「何をしているでござるか。これからが本番でござるよ」
そんな停滞している空気の最中、マッドだけは爛々とした目を輝かせていた。
危ない目である。マッドが凶行をする時に限ってこういう目をしていたことを三馬鹿は知っていた。
嫌な予感を覚えつつも、マークが口を挟む。
「おいマッド。何をしようってんだ。ミコトももう帰ったし、どうすることもできないだろう」
「そうだね。肝心の本人がいないんじゃ確かめることもできないし……」
マークがそう言うと、エドが頷いた。糸目がいつもよりだらんと垂れていて彼も疲れているようだ。
トーマスだけは腕を組んでふんっと鼻を鳴らしていたが、同じ意見のようで否定することもなかった。
そんな三人を見て、マッドはあからさまなため息をついた。
小馬鹿にするような態度にむっとする。協力してきたのにそれはないんじゃないか。
誰かが苛立ち混じりの声をあげるより前にマッドは顔を乗り出してこういった。
「ミコトくんの泊まっている宿に侵入するのでござる」
この時ばかりは、あ、こいつダメだ、と三人は思ったという。
「そう思っていたのになんで俺たちこんな所にいるんだろうな……」
「しっ、マーク、声が大きいよ」
「ばれたら一大事だぞ。口を慎め」
そうエドとトーマスに注意され、釈然としない気持ちを抱えつつもマークは口を閉ざす。
すでに時間は夜。誰もが寝静まるような深夜であり、少しの物音でも響いてしまう。
帝都の一区にある歓楽街ならば、むしろ今からが騒がしくなる時間ではあるが、ミコトが泊まっている宿の中は静かなものだった。
かすかに誰かの寝息が廊下に響く程度で、他の物音は一つさえしない。
「それにしても案外楽に浸入できたな」
と、トーマスが小さな声で呟く。
高級な宿ならともかく、学校から指定されている宿屋ならば警備はないに等しい。
最低限、部屋に鍵はかかっているものの基本的に後は自衛してもらうしかない。
それに学校指定の宿屋ということもあって、見知らぬ生徒が宿に来たとしても誰かの友だちが遊びにきたのだろう、と見過ごされたのだ。
後は物陰に隠れて皆が寝静まるのを待つだけだった。
見つからないように気をつけて、暇な時間をどう潰すかだけが問題だった。
「でもこれからどうするの?ドアには鍵がかかっているよね」
エドが周りに気を配りながら抑えた声をあげる。周りに人影は見えないとしても用心に越したことはない。
答えたのはマークではなく、マッドだった。相変わらず危険な光りを瞳に宿しており、どう見ても尋常ではなかった。
「実は、でござるね。某、魔術の腕は全然ダメなんでござるが、一つだけ得意な魔術があるでござる」
「それは初耳だな。それが今からのことに役立つってのか」
「まぁ見ているでござるよ」
そう言って一同はある部屋の前にしのび足で辿り着いた。
ここがミコトの部屋、らしい。宿の従業員に確認したので間違いはないだろう。
他の部屋の扉と違いはないはずだが、ミコトがいるというだけでなんだか違って見える三馬鹿だった。
感慨深くドアを見ている三人の目の前で、マッドはそのドアに張り付くように何かをしだした。
これがさっき言っていた魔術、なのだろうか。
魔力を使っているようには思えず、ただかちゃかちゃと何かをしている。
マークとエドは不思議そうに見るばかりであるが、トーマスだけは唇の端をひくつかせていた。
そうしている間にマッドの魔術?は完成?した。
行使されるは卓越した技術。開かぬ錠前、己の技術にて解錠させるべし。
かちゃり、と音がしたかと思えばゆっくりとそのドアが開いていくではないか。
「ふぅ。ざっとこんなもんでござる」
「それピッキングだろうがぁぁぁああ!!!」
何かを成し遂げた男のような顔をするマッドに、ボリュームを絞った叫びをあげるトーマス。
わからない二人は顔を見合わせるのだった。
しかし、これで最後の扉は開かれてしまった。
ここまで来てしまったなら引き返す道はもうない。
最初はマッドの凶行を見張ってとめようと思っていたマークも、なんだかんだで止めるタイミングを失ってしまった。
エドは糸目を僅かに開きながら部屋の様子を窺っていた。真っ暗でよくは見えない。
トーマスは興奮して声をあげた自分を諫めながら、ふんぞり返る。もはや開き直っているようだ。
「さぁ、いくでござるよ。寝込みを襲うは紳士にあらずでござるが……真実の前にはそれも正当化されるのでござる!」
マッドは嬉々としてそんな無茶苦茶な暴論を吐きつつ、ドアの敷居をまたいで容易く不法侵入を果たした。
……そこが最後のデッドラインだったとは気付かず。
『人の部屋に勝手に入ろうとする悪い子にはきついおしおきなのですよ』
「ぷぎょわぁ!?」
果たしてその場で何が起こったのか、わかった者は一人としていなかった。
気付けば、マッドの体は上から下へとボールのようにバウンドして、それを二、三度繰り返した後に床にたたきつけられた。
ぴくぴくと蛙のように震えるマッド。死んではいないようだが、意識は確実になくなっているだろう。
「……え?」
その声をあげたのは誰だったか。いや、三人ともだったかもしれない。
本物の小さな妖精のような少女が空中に羽ばたいてる姿も、声さえも彼らには見えないし聞こえない。
壮絶な笑みを浮かべている少女の姿を見たならば、もう少し早く逃げることも出来ただろう。
確かなプレッシャーだけは体中に感じていた三人は、致命的に遅れながらも逃げ出そうとした。
しかし、風の魔術を極めた精霊にとってただの人間を捕縛することは容易である。
あっという間に風圧の中に三人を閉じ込めて拘束する。
見えない圧迫感に身じろぎして精一杯脱出をしようとする三人だったが、それも無駄に終わった。
反射的に魔術を唱えようとしても、何故だか声が出せない。
「ーーーー!?!?」
『うふふ。魔術を使うのはダメなのですよ。風を少し操作すれば声を伝わらせないようにすることも出来るのです。
さぁ、どう料理してやろうかなのです……』
サディスティックな笑みを浮かべるシルフィード。普段のぽやーっとした彼女からは想像できない姿だった。
彼女は三馬鹿たちの行動に気付いていて予防線を張っていたのだ。
ミコトの傍にいつもいるからこそ、周りのことにすぐに気が付く。
今回の件はミコトも何かしているな、とは気付いていたみたいだが、瑣末事だと放置していたのだ。
契約主がそうであるならば自分も従うのみだとシルフィードは思っていた。
しかしそれがこの部屋にまで危害が及ぶなら別なのである。
ミコトは部屋の奥で今もすやすやと安心して眠っている。それはシルフィードが防音の結界を張っていて、なおかつ安眠できるように魔術をかけているからだ。
少し前までは魔術をかけていても悪夢にうなされて飛び起きる日も少なくなかった。
最近である。最近になってようやくうなされることも少なくり、朝までぐっすりと眠るようになったのだ。
その安らかに眠っている姿を見るのがシルフィードは大好きだった。今までのことを考えると、うれしくて涙が出るほどに。
精霊は眠らない。人の体のように睡眠を必要としていない。
起きていればずっと起きていられるし、だから夜の楽しみとしてミコトの寝顔をずっと見ていたのだ。
ミコトには秘密の夜の楽しみ。それを邪魔する輩がいたのなら激怒するのは必然である。
『そんな怖がらなくても大丈夫なのですよ?恐ろしいことはしないのですよ?
ただ二度と悪いことはしないようにしつけるだけなのです……うふふふふ』
こうして三馬鹿たちの悪巧みは成功することなく終わりを告げた。
その日の夜のことを四人は覚えていない。ただとてつもなく恐ろしいことが起こったのだと、体だけが覚えている。
ミコトの性別を調べることは止め、それとは関係なくミコトと仲良くなろうと改心した三馬鹿。
マッドは影ながら見ていることにしたようだ。
懲りずに時折、危ない目をしているが急にはっとしたかと思うとぶるぶる震え始めるようになった。
また新たな発作か、と周囲の人は思うようにしているようだが、三馬鹿だけは知っている。
彼らもその時ばかりは、同じように薄ら寒さを感じてしまっているのだから……。




