EE 第四十三話 クライブとミスラ
「クライブ先生は知ってたっすか?あの子のこと。半端ない所じゃないっすよ。あんなにすごいなら事前に教えて欲しかった!」
じと目で椅子に顎を乗せて不満げな声でそう言ったのは、ミコトのデバイスの調律をしたミスラだった。
ぶらぶらと足を振りながら、だらしのない体勢でクライブを見上げている。
生徒の規律にうるさい彼は一言や二言物申したくなるが、一向に改善しないので半ば諦め気味だ。
そんなことよりも、クライブはどうして自分がそんな目で見られなくてはならないのか不思議だった。
さっきまでミスラに怒っていたのは自分ではなかったのか、と。
「お前なぁ……。怒りたいのはこっちだっての。どうして俺がそんな愚痴を聞かないといけないんだ」
職員室にもう残っている先生がいないことを確認した後、クライブは脱力した体をそのまま隣にあった空き椅子に大きな音をたてて座った。
ぎしっ、と椅子が悲鳴を上げていたがそんなものに構っている暇はない。
当面の厄介事は目の前にいるのだから。
「大体だな事前も何も初めに俺は言ったよな。優秀な生徒で将来有望だからちゃんとしろよって」
「初めって、私に最初に頼んだ時?」
「そうだよ」
「覚えてないっすね!」
どうやったらそんなに自信満々に言えるのだろうとクライブは頭を悩ませる。
だが考えても見ればあの時のミスラの様子は少しおかしかった。生返事が多いというか、口調がしっかりしていなかったというか。
大方このバカは、また徹夜で魔導具の分解やら分析やらをしていたのかもしれない。
それを見抜けなかった自分にも責任の一旦があるのだろう。
せめて魔術による伝達ではなく、直接頼みにいった方が顔を見れてその時の状態を確認できていただろう。今更悔やんでも詮無いことだったが。
そう思ったクライブは、だがそれでも深いため息を抑えられなかった。
「まぁまぁ。終わったことはいいじゃないっすか」
「……その言葉、お前が言っていいことじゃないから。もう一度、ライラック先生に根性鍛えてもらった方がいいのかもな」
「ひぇ。勘弁して欲しいっす。それはもう一年生の頃に嫌って程体験したから!」
「ったく。お前が技師科じゃなかったら本気で頼んでいる所だ。……それで調律の調子はどうだったんだ。ちゃんとやったんだろうな?」
ミスラがここに訪れたのはミコトの調律が終わってからすぐのことである。
クライブがミスラに怒鳴り散らしてミコトの元に急がせたあの時から、それほど時間が経っているわけではない。
あまりに早かったものだからクライブは疑っているのだ。
だが、その言葉を聞いたミスラは半笑いのような表情を作って目を逸らした。
「うまくいったといいますか……することがなかったといいますか。そんな感じっす」
「なんだそれ。不安になるから止めてくれよ」
ミスラの腕前は技師科の中でも上位の成績に入る。
さすがにプロと比べるとまだまだ甘い所があるのだが、飽くなき魔導具への探究心と魔眼という他者にはない特殊な能力を持っている有望な生徒である。
難があるといえばルーズな性格とブレーキの効かない集中力といったところか。
後者は一長一短ではあるものの誰かが歯止めになればいいだけだ。
性格の面はクライブとて直そうと口をうるさくしているのだが、効果の程はご覧の通りである。
確かに普段の生活面ではだらしのないところはある。しかし、仕事に対する彼女の向き合い方は真剣そのものである。
故に手を抜くとか妥協したとか、そんなことは心配する必要はない。
……なかったはずだったのだが、やさぐれた様子のあるミスラに思わずクライブは心配を深める。
「ああでも、別に私の手の負えないデバイスだったとかじゃないっす。いや、調律しようとすれば相当難しいと思いますけど」
「んん?いまいち要領が掴めないな。ミコトくんになにかあったとか、デバイスに問題あったとかじゃないんだな?」
「その逆っすね。問題がなかったのが問題って感じっす」
謎々のような言葉に眉間に皺を寄せるクライブ。
ミスラは居住まいを正してちゃんと話すことにする。
正直、彼女の中でもあまり整理のついていない話だったのだが、クライブに話すことで何か別のきっかけが掴めるかもしれない。
それに彼だからこそこんな話を信じてくれるかもしれないのだ。
そう思いながらミスラは口を開いた。
「ミコトの持ってきたデバイス……見た目は何処にでもあるような指輪だったんすけど、私の見立てではあれ伝説級の装備っす」
「……は?」
「魔力の許容量は測定値不能。わからないんじゃなくて底が知れないって感じっすね。計測できた範囲だと普通のデバイスの五十倍以上はあるっす」
「いやいや、ちょっと待て」
「浸透率は九十九パーセントぐらいだったっすかねー。いやー驚きっす。魔力損失一パーセント以下とか魔術師なら泣いて喜んで、一周回って怒りそうっすね」
「お前段々と投げやりになってるから。いやそんなことよりも……」
「最後に同調率っすね。はい、これ百。終了。調律士も終了ー」
「おーい……ミスラー?」
喋り続けてあの時の気持ちを思い出してしまったミスラは虚ろな目になりだした。
クライブは思わず正気を確かめるようにミスラの目の前で手を振るが、現実に回帰するには今しばらく時が必要そうである。
「…………っは!?……クライブ先生、また私あっち側に行ってたっすか?」
「いやどこかは知らんが、頼むから昇天するような真似はするなよ。後処理が面倒だから」
「何気にひどい言い草っすね……。えーと、私どこまで話したっすか?」
「ミコトくんが持ってきたデバイスが規格外な物だった、という所だったか。しかしそれは全部本当なのか?」
クライブは魔術科の教師であり魔術には精通しているが、魔導具にそこまで詳しいというわけではない。
さすがに最低限の知識はあるが……その知識に照らし合わせてみると、ミスラの言っていたことは妄言の類と切り捨てられてもおかしくないのだ。
ただの冗談にしてもあまりに真実味がなく、冗談にしては質が悪いと苦笑するだけに終わるだろう。
ミスラは彼の反応は当然予想していた。
彼女はあくまで真剣な顔でクライブを見詰め、それが真実なのだと態度で示す。
他に証明する手立てなんてものはなかった。あるものといえば、この先生と
にわかには信じられない事態に彼は思案顔をした。
たっぷりと時計の針が半周する程度に時間を使って考える。
クライブは自分の手首にはめていた腕輪をミスラに見せた。
これは教員に支給される魔導デバイスであり、生徒を指導する時にはこのデバイスを着用することが義務付けられている。
自分の目の前にデバイスを持ってきたクライブの意図に気付いたミスラは眼帯を外した。
金色の瞳が腕輪に秘められた能力を解き明かす。
「……許容量百、浸透率五十二パーセント。同調は六十四。使い始めて数ヶ月ってところっすか」
「当たりだ。以前使っていた物は調子が悪くなってしまってな。新学期と同時に新調したんだ」
「あえて性能を落としてバランスをとっている安全設計なデバイスっすね。量産型はつまらないっす」
「言うじゃないか。じゃあこれはどうだ?」
次にクライブが取り出したのは彼の私物だった。
彼の机から取り出したのは、先ほどとは打って変わり古めかしい本である。
色は赤茶色。表紙には金色の文字で何やら綴られている。
標準語ではないのだろう。ミスラはその文字を見ても何が書いてあるのかわからなかった。
ただし、彼女の魔眼には文字の意味がわからなくとも、その中身である隠された能力は見分けられることができる。
クライブが腕輪を外し、その本を手に取った段階で魔眼を発動させた。
「へぇ、先生。なかなかいい物使ってるっすね。許容量三百二十に浸透率八十三。特に同調が八十八ってのがすごいっす」
「まぁこれは昔っから俺が使ってる相棒だからな。しかしこれでお前の目が狂ってたって線はない、か……先日、調律して貰った時の数値と変わらんな」
「む、私は自分の仕事については絶対嘘はつかないっすよ」
「そうむくれるな。嘘はついてなくても体調が悪かったりするとわからんだろ」
「あー……まぁ、そうっすね」
そこでようやくあの時の自分が徹夜明けだったことを思い出したのか、ミスラは居心地が悪そうに身じろいだ。
ああは言っていたが少なからず忘れていたことに罪の意識もあったのだろう。
これ以上それについては責める気になれなかったクライブは、用が済んだ自分のデバイスを机の中に仕舞うとミコトについて話し出した。
「伝説級の装備、なぁ……。俺にはあまり実感が湧かないが、これは誰にも喋らない方がいいんだろう」
「それは当然っすね。そんな物持ってたら奪いに来る輩が殺到するのは間違いないっす」
「うーむ。まさかそんな物をというか、ミコトくんだったらありえるというか……」
「というか、そのミコトくんって呼び方クライブ先生がすると笑えてくるんですけど。ぷ、ぷぷぷ。さ、さっきから我慢してたっすけど限界にきてるっす!
何で呼び捨てじゃないんすか。他の生徒にはそうしているでしょうに。私を笑い死にさせる気っすか!」
「めちゃくちゃ腹立つなお前。まぁなんだ……彼はそういう雰囲気があると思わんか?」
「まぁ見た目はわからないでもないっすけど、中身はまだ知り合ったばかりなんでわからないっすよ」
目尻に涙を浮かべるほど笑っていたミスラはそう言いながらも、けして悪い子だと思っているわけではない。
長時間待たせてしまったというのに、その人を笑顔で迎えてくれる人なんて人格者でもない限り無理だろう。
そう思う一方で嫌味のひとつも言わなかった所が完璧すぎる気もする。
まぁそんな疑いを挙げればきりがないわけではあるのだが、それとは別に気になる点もある。
「どういった関係なんすかね、ミコトと校長は」
「検討もつかんが……校長のことだから一方的な興味からくるものかもしれん」
「ありえる話っすねぇ。デバイスのことは校長先生には言った方がいいんすかね?」
「いや……あの人のことだから承知の上で俺たちに頼んできたのだろう。人選が俺とお前だしな」
「本当にあのお年寄りは困ったもんっすねぇ……」
しみじみとそう呟くミスラに同意するしかないクライブ。
校長の破天荒な行動の後始末を散々やらされてきた苦労人として、嫌というほど理解していたのだ。
おそらく報告に行けばそのことを知ってどんな反応をしただとか、いやらしい笑みを浮かべていじってくることだろう。
こうした校長の性格は学校内では結構有名な話である。
対外的にはきちっとした態度をとっているので、入学まで本性を知らなかった生徒は数多かったのだが。
困った大人の代表格であるものの、あれはあれで人を見る目はしっかりしているのはクライブは知っていた。
「ミコトくんも何か色々と問題を抱えていそうだが、きっといい子であるに違いない。うん、俺が教師として導いてやらないとな!」
「何か一人で納得して熱血に走るのはいいんすけど、暑苦しいのは女の人にもてないっすよー?」
「水を差すなよミスラ。人がせっかくやる気に満ちているというのに。それに教師に女性の影はいらないんだ」
「いいんすかー?そんなこと言っても。ライラック先生に嫌われちゃいますよ?」
非難の目を向けていたクライブがその言葉を聞いた瞬間に、うぐっ、と言葉を詰まらせた。
見るからに動揺をしている様子で、彼女その顔をニマニマと目を細めて見詰めている。
明らかに面白がっているミスラだったのだが、クライブはそのことに気付きもしない程にあたふたしてしまっていた。
「お前、どうしてそのことを……。い、いや、俺は別にライラック先生のことはなんとも……」
「へーそうなんすか。じゃあその言葉そっくりそのままライラック先生に伝えてもいいんすね?」
「頼むから止めてくれ!!今でもあまり関心持たれていないのに、もしその言葉を聞いて返ってきた言葉が色のない返事だったらどうする!?もう立ち直れない!!」
その場面を想像してしまったクライブはあまりの心のダメージに悶絶する。
クライブの勢いに若干引き気味になっていたミスラは、片手を振りながら冗談っすよ、と言いつつ言葉を続けた。
「結構本気なんすねクライブ先生。それとあんま相手にされてないんすね……」
「同情するな、本気でへこむから。……はぁ。生徒にこんなこと知られてしまうとは」
「まぁいいんじゃないすか?先生同士だし、生徒に手を出しているわけでもないし」
「そういうわけにもいかないんだよ。それに生徒にそんな感情を持つなんて教育者として論外だろう」
「ウチのトップはその論外だと思うんすけどね」
「……………………」
完全論破である。否定のひの字も出せない程にあの人物は常識に囚われず、なおかつ年甲斐もなく発情している。
おそらく教師陣のほとんどの女性が、声を掛けられてはセクハラという名の洗礼を受けていることだろう。
彼の思い人であるライラックもそれは例外ではなく、そのことをきっかけに戦争が引き起こされたことがあった。
諸悪の権現、変態道を突き進むシェイム・フリードリヒvsライラックを筆頭にした女性被害者一同による魔術戦争だった。
この事件はグリエント裏話としてはかなり有名であり、今でも校舎の一部にはその名残があるとか。
果たしてそんな人物の魔手が生徒に及ばないと断言できるだろうか。
悲しいことに、誠に遺憾ながら、クライブはないとは言い切れなかった。
だからクライブは問題を棚に上げる事にする。所謂、現実逃避である。
「……まぁそれは横に置いておこう」
「……そうっすね。これは誰も幸せにはならない話題っす」
疲れたため息を零す二人の心境は同じであったのは言うまでもないだろう。
話題の転換を図ったわけではないだろうが、ミスラはひとしきりクライブと気持ちを共有した後に立ち上がった。
「じゃ、クライブ先生。私はそろそろ行くっすね。まだ部屋に解析途中の魔導具があったの忘れてたっす」
「あぁ。ミスラ、程ほどにしておけよ。お前は加減をしらんからな」
「たはは。手痛いお言葉っすね。出来るだけ覚えておくっす。あ、それと」
「ん?まだ何かあるのか」
「ミコトのこれからの調律、私に任せて貰えないっすか?」
「それは構わんが……どういう風の吹き回しだ?」
ミスラという生徒はあまり調律という作業が好きではなかったはずだ。
自分の特殊な眼を使わなければいけなくなるから。
今回は頼み事が入ってきたタイミングで彼女が寝ぼけていたから簡単に了承を貰えていただけで、普段のミスラなら断っていたとしてもおかしくない。
そんな彼女が自分から進んで調律をしたいというのだから、クライブは軽く驚いていた。
「調律は正直好きじゃないっすけど……伝説級の魔導デバイスを見れる機会が得られるなら仕方ないっすね」
「お前らしい理由だな。俺としてはもっと違う理由だったら嬉しかったんだけどな」
「どんな理由かは聞かないでおくっすね。面倒そうだから」
ひらひらと手を振ってミスラは職員室の出口まで歩いていく。
その背中に無言の視線をクライブは向けるが振り向く様子はなく、そのまま立ち去っていってしまった。
彼女の姿がなくなってしまってから数秒後、クライブは嘆息する。ミスラのことを思ったが故に。
学校という集団生活の場の中、ずっと魔導具にかかりっきりの彼女は人付き合いというものを一切してこなかった。
この学校に来てすでに三年が経ってるというのに、ミスラには友達の一人もいない。
それが悪いことだとクライブに断じることは出来ない。他人との繋がりに苦痛を持つ人は確かにいるのだから。
ミスラが本当にそんな痛みに苦しめられているかまではわからないが、好んで他者と関係を持とうとしていないことは三年の付き合いで知っている。
「お前はいつも軽い調子や態度で人に接しているが、もしかしたらそれがお前なりの心の防波堤なのか?」
尋ね人はすでにいない。
ぽつりと洩らしたクライブの声はがらんと空いている職員室に空しく響くだけだった。




