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EE 第五十九話 独りきりの少女

 テトたちが旅立ったその日。

リヒテンの街中はとある話で持ち切りになっていた。

曰く、昨夜、空に悪魔が飛び交っていた。

曰く、稲妻が空を切り裂き一瞬の光の中に竜の姿を見た。

曰く、緑色の翼を持つ精霊が戦っていた。

枚挙に暇がない話の数々はそれだけに留まらず、尾ひれをつけた噂話として広がっていく。

最終的にはこの世の終わり、天使と悪魔の最終戦争が行われていたと恐慌する者がいたぐらいだ。

 これが数人の証言なら鼻で笑われてそれでおしまいだっただろう。

しかし実際にその目で見た者は三桁を超えて話に信憑性をもたせている。

何よりも物的な証拠として家の屋根が壊れていた人や、壁が何かにぶつかって大穴が空いていたというのが実際にある。

一番の被害は中央の噴水場だろうか。

見事な水の演舞を繰り広げてくれたあの場所も無残に破壊されて、もはや瓦礫の山といった方が正しい。

 ただ不思議なことに人的被害は皆無に等しく、また死体といったものが残されていなかった。

話の中にある緑色の翼を持つ精霊が助けてくださった、という者もいるがおそらくそれもまた、ただの噂に過ぎないだろう。


 この話は平民街のとある建物からけたたましい爆発音が発せられ、ある住居が全壊したことが発端となっている。

しかしそのことに気付いている者は一人も存在せず、事の真実は闇に葬られた。

テトたちが事件そのものに気付けなかったのは、一つはガウェインが意図的に情報封鎖していたからだろう。

またあの戦いは平民街から中央の噴水広場にかけて行われ、街の外辺りに店を構えているトレスヴュールからでは音も届かず非常に気付きにくい。

結果として足早に旅立ってしまったテトたちは、リヒテンに巻き起こった大きな騒動に気付くことはなかった。




 そしてこの少女も真実に辿り着くことなく、この街を立ち去ることになった者の一人だった。

名前はプリムラ。ローズブライド家に生まれた一人娘である。

当日には気付いていなかったプリムラだが、次の日、その話が耳に入るや否や使用人たちの制止を振り切ってミコトたちの家へと走り出した。

平民街を中心に被害は起きていたらしく、いてもたってもいられなくなったのだ。

 もうあの家に行く道は考えなくても少女はすでに覚えている。

初めの頃はミコトがいなければすぐに迷っていた街路を、少女は一人でひたむきに走り続けた。

胸中に走る嫌な予感を振り払い、ただ足よ速く動けと必死にもがきながら。

時間にしてそう経ってはいないだろう。

だが少女にとってその時間はとてつもなく途方がないように思えた。


 「そんな…………」


 そうして馴染みのある角、その先にミコトたちの家があるその角で少女は愕然とした。

よろり、とよろけた体は疲労のせいだけではないだろう。

壁に寄りかかって倒れることだけは避けながら、少女はずっと何かを見つめていた。

その先にあるのは倒壊した建物。

完膚なきまでに家という形は崩れ去り、瓦礫がただ山積みと化しているだけだった。

だが少女は知っている。

そこには確かにミコトとミライが住む家があったこと。

狭いながらも暖かな空気が満ちた優しさがあったことを。

今は見る影もなく、風が空しく通り過ぎるだけだった。

 少女は危うげな足取りで瓦礫に近づいていく。

周囲にはぽつぽつと人がいてプリムラに危ないと、声をかける人もいるにはいたがその声は少女には届かなかった。

二人の部屋があったと思われる場所を少女は探す。

何を?

そんなものは決まっている。ただ少女はその反面見つかって欲しくないとも思っていた。

ここまで倒壊した建物の中にいて無事でいられるはずがない。

でも、もしかしたら自分の助けを待っているかもしれない。

少女の力では小さな瓦礫を片隅にどかせるだけで精一杯。それでも、埃まみれになりながらも体を動かし続けた。

ぽろぽろと自然と涙が少女から溢れ出る。

両親に心配されながらもリヒテンに独りで来た時も、鼻持ちならない貴族たちに散々けなされた時も、スラム街に迷い込んだ時も……。

どんな時も持ち直したはずの涙が止まらなかった。

嬉しくて泣いたことはあれど、こんな気持ちになって泣いたことなど一度もなかった。

それは無力感からか、最悪の事態を想定してか。

 必死に考えないようにして探し続ける少女に、後ろから誰かが声をかけた。

付近の住民だろうか。心配そうな顔をしている。


 「お嬢さん、そこは危ないから……」

 「嫌ですわっ。ここに大切な人たちが、お友達がいるかもしれないのに!」

 「倒壊する危険があるから逃げないとダメだ」


 言うことを聞かない少女に実力行使に出ることにしたのだろう。

男性は留まろうとする少女の手を摑んで引き寄せ、体ごと持ち上げて避難させた。


 「何をするのですの!離してください!!」

 「いて、いててて。ちょ、ちょっと危ないから暴れないで!」

 「淑女にしていい扱いではありませんわ!」

 「わかったから!今降ろすから肘はやめて!」


 フゥーフゥー!と猫が威嚇でもする時のような声を上げながら、少女はようやく地面に降りることができた。

頭を擦っているその男は気の毒であったが。

男は元来の性分なのか、散々な目に遭い今でもきつい視線で睨んでくる少女に優しく諭した。

ここは大人の私たちに任せてくれないか、と。

幾分か冷静さを取り戻した少女は、だがそれでもすぐに返事はできなかった。

そんな様子の少女に男はもう一言付け加えた。

もしかしたらその人はどこかに避難しているかもしれない。心当たりはないか、と。

その一言で少女はある場所を思い出す。

商業区の奥深くにある酒場のことを。




 「いない……?」


 酒の匂いが漂うトレスヴュールの店内で、少女はテトたちの仲間の一人である女の子からそう聞かされた。

少女が尋ねたのはミコトとミライの所在である。

しかし返ってきた言葉は二人だけでなく、テト、ラトリ、ルーイ、ガウェイン、そしてガウェインの娘であるティアさえいないというものだった。

困惑する少女に女の子はテトたちは帝都に向かった、ということも話した。

ますますわけがわからない。

話した本人も詳しくは知らないのだろう。それ以上のことは聞けなかった。


 (どういうことですの?こんなにたくさんの人がいきなりいなくなるなんて……)


 爆破され見る影もなくなった家、行方不明の二人、帝都に向かったというテトたち。

昨夜に起きた大騒動、街の随所に見られる破壊された跡、精霊と悪魔と竜。

これは偶然の一致か。いや、それにしては出来すぎている。

何かしらの関係性があるだろう。少女はそう結論付ける。

そしてこれから自分はどうすればいいのか。どうしたいのか。


 (そんなものは決まっていますわ。私を見つけてくれたミコトを、今度は私が見つけ出す。勿論ミライだって)


 迷子になっているのなら探してあげなくては。放っておかれることほど寂しいことはないのだから。

そう、彼らはきっとどこかにいるはず。

以前の自分のように心細く思っているに違いない。

 そうと決まればぐずぐずしていられない。涙を流して悲嘆に暮れる時間さえ勿体無い。

トレスヴュールを飛び出した少女は一目散に自分の屋敷へと帰っていく。

まずは帝都にいる両親に手紙を出さなくてはいけない。

あまり手紙をやると心配されそうなので久しぶりに出す手紙だが、内容は今までとは違ったものになるだろう。

また両親に迷惑をかけてしまうことになりかねないが、それでも譲れない。




 独りきりの少女はそうして強さを得ていった。

孤独ではない。彼女の心にはいつも使命感にも似た強い思いがあり、優しくて暖かい思い出が常に傍にあったのだから。

その思いは年月と共に強さを増していくことだろう。

彼女がどれだけ美しく成長を遂げた所で、根元にある思いは変わらない。

 だが彼女が探し続けた人が変わり果ててしまったその姿を見た時、思いは変わらずにいられるか。

それは定かではなく今は語る時でもないだろう。

いずれ訪れるその時に、また……。

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