EE 第五十九話 運命が交錯した日
EE第五十九話、と書いてはいますが話的には四十八話 呆気ない幕切れ の後あたりの話になります。
「天気が悪いな……。これは一雨きそうだ」
窓の外を眺め、そうテトはぽつりと呟いた。
トレスヴュールの店内、路地が見渡せる窓際の席に座りながら洩らしたその一言は憂鬱そうだった。
この地方に住んでいる者なら今の季節、雨が降りやすいことは誰もが知っている。
テトもそれは知っていたが、だからといって慣れているとは言いがたい。
今でこそ屋根のある家に住まわせてもらっているが、スラムにいた頃は野宿なんて当たり前だったのだから。
体温を無情に奪っていく雨はそういう意味では天敵だった。
「まーいいじゃねぇか。どうせ俺たちがすることはないんだし」
ふてくされ気味にそう唇を尖らせたのはラトリ。
店主がいないことをいいことに、テーブルの上に足を投げ出すその姿は不満たらたらだった。
散々テトが注意したのに未だにその悪い癖は直らないようだ。
ラトリのそんな姿を見てテトはあの時のことを思い出していた。
後少しで真相に辿り着こうという所で待ったをかけられたのは数週間前。
テトが最初からは危険は承知の上、だから手伝わせて欲しいとガウェインに言っても聞き入られることはなかった。
スラム街で遭遇したあの男がまたいたら、お前たちに何ができる。
そんなことを言われては言葉を続けられない。
何よりあの男と戦ったミコトが納得して引き下がったのだから、三人は不承不承ながらも納得するしかない。
少年たちがガウェインのことを信用していなければ強行したかもしれないが。
だからと言っていつまでも八つ当たりを周囲にばら撒くのは、仲間としてもテトは見逃せない。
苦言を口に出しながらテトはラトリの隣に座っている少年を見やる。
仲間内でルーイと呼ばれる少年は、そんないつものやり取りをきっぱりと無視し、何かの本を読んでいた。
最近、文字を覚え始めた少年は読書することに夢中らしい。
行方不明の仲間を探すこと以外は、よくそうやって文字の世界に飛び込んでいる。
手助けは期待できないと悟ったテトは肩を落としながらため息をつく。
ラトリは相変わらず足を乗せたままで、実力行使をするべきかとテトは思ったが……。
この店の主であるガウェインの天の怒りを下されたほうが効き目がいいだろう。
そういえば、と彼はふと思った。
(親父さん、朝から姿が見えないな……。ティアの姿も)
二人で出かけてしまったのか、そうなら声をかけてくれてもいいのに。
そう思いながら、段々と雲行きが怪しくなった窓の外を眺めるテトなのだった。
それから数時間後、荒々しくトレスヴュールのドアが開かれた。
各々の部屋に戻ることなくたむろしていた三人は、ぎょっとしながら入り口に視線を向ける。
そこにいたのはここの店主であるガウェインその人だった。
走ってきたのだろう全身汗まみれで息も絶え絶え。顔色も非常に悪く、今にも倒れそうだった。
いち早くガウェインの様子に気付いたのはテトだった。
椅子から飛び降りると急いでガウェインの傍に寄る。
「どうしたんだ親父さん。そんな血相を変えて」
「テトか……。……他の奴らは家の中にいるか?」
「え、あ、ああ。ラトリとルーイはそこにいるし、他の奴らも部屋にいるはずだ」
「ならこの街を出る支度を今すぐにしろ。急げ」
「は?どういうことだ……。それにティアの姿も見えないんだか、どこに?」
「ッ!いいから言う通りにするんだ!!」
「おいおい。一体どうしたってんだ。そんな大声出して」
怒鳴り声を聞いてラトリがそう口を挟む。
その後ろにはルーイもいるようで、ガウェインの異常な様子にいぶかしんでいた。
「……すまん。……すまない」
いつもの豪快な性格はなりを潜め、ガウェインはすまないと繰り返し呟く。
その様子はまるでこの場にいない誰かに向けたものであるかのように。
初めて見るガウェインの姿に少年たちは声を掛けることも出来なかった。
それから少しして、多少は落ち着きを取り戻したガウェインは改めて少年たちに伝える。
この街を出ることにした、と。
理由は例の誘拐犯がリヒテンから逃亡してしまったから、らしい。
任せておけと言ったくせして不甲斐ない事態になっていることに、一瞬にしてラトリの怒りの沸点が切れかかる。
すんでの所で制止させたのはテトだった。
食って掛かりかけたラトリの肩を手で抑える。
怒りの表情で振り返った少年だったが、テトの真剣な瞳に射抜かれ感情に歯止めがかかった。
舌打ちをしながら乱暴に手を振り払うと、足音を強く立てながら後ろに下がる。
ひとまずはテトに成り行きを任せることにしたらしい。
「それで親父さん、俺たちが街を出るのはそいつらを追いかける為でいいんだな?」
「……そうだ」
「それにしても急じゃない?誰かがヘマでもしたの?」
「ルーイ」
「そのぐらい聞いてもいいじゃん。はいそうですかって素直に従えるわけないよ」
「すまない。俺のミスだ」
「親父さんっ!?」
言ったがはやいか、ガウェインは膝をつきながら頭を下げた。
目下の、しかも子供に対する謝り方ではなく、誠心誠意に謝罪の意を込めるその姿はいやに小さく見えた。
大きなその体と頼れる広い背中に少年たちはこれが大人なのだと、スラム街にいるような乱暴だけが取り得のクズとは違うのだと。
そう信じていたのに、裏切られたような気持ちになった。
いたたまれなくなったテトはすぐにでもガウェインに頭を上げるように取り計らう。
怒りに染まっていたはずのラトリさえ、先ほどの感情を忘れて慌ててしまったほどだ。
しかしそれでもガウェインはしばらくの間頭を上げることはなかった。
テトのチームの子供たちの荷物自体は少ない。
スラム街ではへたに物でも持っていれば、誰それと狙われてリスクが増すだけだったからだ。
だから街を出る準備といっても一日もかからない。
だがガウェインが街を出た後、最終目的地として向かうと口に出したのは帝都グラフィール。
リヒテンからはかなりの距離となり、長い旅路となる。
その急な申し出に、難色を示す子供ばかりだった。
時間があれば説得するのも出来たかもしれないが、ガウェインが言うには急がなくてはならないらしい。
結果として着いていくのはテト、ラトリ、ルーイの三人だけになってしまった。
ティアに関しては先に別のパーティーが帝都に連れて行ってるみたいだった。
そうして忙しない旅支度を終えたのはあくる日の早朝。
昨夜の夜に起きた事件で街が異様な空気に包まれていることも知らず、四人はリヒテンを展望できる高い丘にまで足を進めていた。
すでに街を出てから一時間以上は経過している。
食料を詰め込んだ袋を担ぎながら傾斜面を登っていく。この世界にも馬は存在していたが、それは隣町に行かないと調達できないらしい。
街道という街道がない道すがら、テトはガウェインに話しかけた。
「ミコトやプリムラに一言でも挨拶していくことは出来ないのか?」
「……そのことはもう話しただろう」
ガウェインの言う通り、これで何度目になるかもわからない問いだった。
自分たちを手助けしてくれたあの二人にテトは深い感謝と友情を感じていた。
いくら急なこととはいえ、そんな人に何も言わずに出ていくことなんて出来ない。
そうテトは思っていたのだが、ガウェインは自分がそのことは伝えているから心配はない、との一点張り。
鬼気迫る勢いのガウェインにそれ以上強く出ることも出来ず、かといって諦めきれなくてこういう形で出てしまうのだった。
こちらを振り返ることなく答えるガウェインはそのまま先に行ってしまった。
ため息を隠して落胆するテトに、ぽんっと誰かの手が肩に置かれた。
苦笑しているラトリだった。
彼の傍には相変わらずのぼーっとした表情のルーイが立っていた。
一も二もなくついてきてくれた二人を見て、少しだけテトの心が安らいでいく。
ようやく丘の頂上付近に辿り着いた頃、テトは一度だけリヒテンの街を振り返った。
ここからはリヒテンが一望できるはずだったが、あまりに早く街を出てしまったせいか暗すぎてよくわからない。
あの暗闇の中にミコトとプリムラがいるはずだ。
何度か見かけたミコトの母親であるミライもいるだろう。時間的にみんな寝ているだろうが。
テトは一度だけ心の中で別れの言葉を告げると、それからは一度も振り返ることなく歩み始めた。
これが今生の別れではない。
長い旅になるだろうが、いつかはこの街に帰ってくるのだから。
その時はもしかして、いなくなったあいつも一緒かもしれない。そんな思いを抱きながら。
もし、もしも、後数時間だけ彼らの出発が遅れていたのなら。
朝焼けが訪れるのがいつもより早かったのなら、この季節がいつも曇り空で覆われていなかったら。
丘の上から街の惨状がその目に映っていたことだろう。
かくして彼らは運命のいたずらに気付かぬまま、長い、長い旅路に出発した。
すぐにでも終わると、思い込んでいる旅路に……。




