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EE 第五十三話 重ねる罪

あまり気分がいい話ではないので、苦手な方はお気をつけください。

 この館に監禁されてからどれだけの時間が経っただろうか。

部屋のどこかに傷でもつけて日数でも数えていればわかっただろうが、いつだってこんな牢獄ぶち破るつもりだったから。

何度だって俺はあいつらに反抗した。

殺す気で襲い掛かったことなどそれこそ両手両足だけでは数え切れない。

その度に失敗して、罰と称してあの拷問部屋に連れて行かれる。

 痛みなどはとうに慣れた。

どれだけ痛めつけられようが、もう俺が屈することはない。

顔にさえ表情を出さなくなった俺につまらなさを感じたのか、いつからかルクレスはあの部屋に俺を連れて行くことはなくなった。

 代わりにレコンを俺とよく会わせるようになった。

これが新たな罰とでも言うように。

確かにその罰は俺にとっては精神的にくるものがあった。

ミライ、ミライと小鳥のように囀るこの男を前にして俺は正常ではいられない。

何故この男が息を吸うことを許すのか、絶えず考えてしまう程に。

しかし、以前俺が奴の目を潰したことを危惧してか、その光景を楽しむ為か。ルクレスが必ず同席するようになった。

俺はマグマのように煮えたぎる殺意を心に秘めて、そんな茶番を演じなければいけなかった。




 「髪、伸びてきたな……」


 日時を正確に計る手段はなかったが、髪が肩の下あたりまで伸び始めていた。

昼下がり、俺はベッドに腰掛けてそんな髪の毛を手元で遊ばせながら何をするでもなくぼーっとしていた。

ますます女の子に見えるようになってきたが、そんなことは今更な瑣末事。

レコンが俺の姿を見て更に喜ぶようになったのには吐き気がするが、それさえも許容する。

殺意を隠し、刃を研ぎ澄ます。

いつかその油断が自分の命取りになるのだと、理解させる為に。

 ポーカーフェイスもずいぶんうまくなったものだと思う。

以前なら笑顔なんて知らない相手にも出来なかったのに、今は殺しても殺したりない相手でも笑いかけることが出来る。

その副次的効果とでも言うか、最近では目さえ合わせなかったメイドたちも少しではあるが会話してくれるようになった。

なるほど、ここに来たばかりの俺はクソみたいな面構えをしていたらしい。

当時のことを思えば仕方のない話ではあるが。

利用するものは何でも利用しなければ……あいつらは殺せない。


 沸々と憎しみの炎が再燃しようとするが、とんとん、とノックの音が部屋に響いたのでさっと心の奥底に仕舞いなおした。

この時間にしては珍しい。

昼食はもうすでに済ましていたし、食器の類もさっきメイドが持っていった。

ルクレスやレコンであればこんなノックなんてしない。

するとここに訪れる人物の見当がつかないが、いつまでも返事を遅らせるわけにはいかないだろう。

多少の警戒はしつつ、どうぞ、と言葉を返すと数秒の間を置いてドアが開いた。


 「え、えっと、どうもどうも~」


 現れたのは軽薄な感じがする少年だった。歳は俺と同じくらいか少し上だろう。

無理やりにまとめた髪の毛と似合わない執事服が印象的だった。

今まで見たことがない少年だ。

使用人にも男性はいるが、壮年に差し掛かっているような大人であり、またメイドたちを例にとってもこれほど若い者はいない。

館の中には俺を除いて同年代はいなかったはずだが……。

 疑念が湧き起こるが、そんな心中を悟らせることなく俺は少年に笑顔を返した。

ぼっと顔を赤らませる少年だったが、そんな反応に俺の心が揺らぐことはない。

利用しやすそうだな、と心の隅で思ったぐらいだ。


 「わっ、マジでお嬢様だ。すげぇ、本物だ」

 「ええと、それで君は誰かな?」

 「あ、これはすみま……いえ、失礼しました!俺……私はミライ様の傍仕えになった者です!!」

 「そう……」


 その名前を聞いた瞬間くびり殺そうかと思ってしまったが、この少年には何の罪もないだろう。

レコン、もしくはルクレスの差し金であることは間違いない。

みすみす醜態を晒すわけにもいかないだろう。ルクレスが不快な笑い声を上げるのは目に見えている。

一旦心を落ち着かせてから顔を上げれは、そこにあるのは誰にでも好かれるような仮面。

現にこの少年も俺の顔を見ては見蕩れるように呆けていた。

ちょろいと思う反面、もしかしたら俺もこんな感じだったのかもしれない、と自分を省みるとちょっとだけへこんだ。


 「それで?」

 「それで、とは?」

 「まだ君の名前を教えてもらってないから」

 「あっ」


 いけね、と言いつつオーバーリアクション気味に照れるのは演技なのだろうか。

別に名前なんて知りたいとは思わなかったが、俺の……傍仕え?となるなら、これからも頻繁に会うことになるだろう。

利便性を考慮しただけでそれ以外のものは一切ないのだから、露骨な反応を返されても困るというものだ。


 「テスカ、テスカです!よろしくお願いします、ミライ様!」

 「……そのミライ、と呼ぶのも止めてくれる?呼ぶならミコトと呼んで」

 「え?でも旦那様は……」

 「これは命令。わかった?」

 「は、はい。わかりました……ミコト様」


 この際、様付けは我慢するとしよう。名前だけは許せなかった。

メイドたちもミライ様ミライ様と言うが、どうせ短い間しか話さないのだから我慢していたが。

この少年は前述の通りなのだから、何度も呼ばれていると俺が何をするかわからない。

……全く、少しぐらい成長したかと思えば、彼女のこととなるとすぐに我慢が効かなくなる。

しきりそわそわする少年を前にして俺はそんなことを思っていた。




 テスカは明るい人物だった。

この館の中にあっても輝きを失わず、俺の部屋に毎日のように笑顔を振りまいていた。

彼の役目は食事を運ぶことと俺の話し相手になることだった。

日々、尽きることのない話題を話し続けて退屈な日常に彩を加えてくれた。

ここに来る前の仲間との話が主で、語り口調を様々に変えて面白おかしく話してくれていた。

無理やりこの館に連れ込まれたのだろうに、そんな素振りを一切見せずに。

 最初の頃は心の中で警戒していた俺だったが……。

そんな少年の人柄にいくらかほだされたのか、最近は彼の笑い話にも素直に笑えているように思える。

自然な笑い方を忘れてしまった俺にとって、それはちょっとした奇跡だった。

 それだけに……いや、今はそんなことを気にしても仕方のないことだ。

いずれ答えは出るのだと思うから、俺はその日を待つしかない。




 その日、俺は久しぶりに地下に運ばれることになった。

いつものように誰ともしらない人に抱えられて、階段を下へと降りていく。

目隠しをされていたが散々連れて行かれていたので、頭の中の地図はすでに完成しており、どこに行くかはすぐにわかった。

そうして俺は地下の牢獄ではなく、悲惨な光景が繰り広げられた闘技場へと足を運ぶことになった。

 目隠しを取ったばかりだと周囲の明るさに目が眩むことは多々あるが、ここではその必要もない。

相変わらずの光量の乏しいだだっ広い空間に人気はほとんどなく、豪奢な椅子に座った俺とルクレスぐらいだった。


 「ここに来た理由はわかりますか?」


 喜悦を隠しきれない言葉を吐きながら、ルクレスは俺に尋ねる。

いやらしい態度を崩しもしないのは、俺がある程度は察していると思っているからだろうか。

事実、俺はこれからここで何が起こるか大体の予測はついている。


 「…………」


 かといってそれを素直にこの男に答えるわけにもいかなかった。

何故か。

ずいぶん前からその予兆に気付いていて、何もしなかったから湧き起こる罪悪感からだろうか。

それとも別の理由からだろうか。

 沈黙を肯定だと捉えたルクレスは満足げに頷いてから、指でぱちりと合図を出した。

重苦しい音を立てて鉄格子が上がる。以前にここから出てきたのは親子だった。

選択の余地がない死を受け入れて、救われた者が一人もいない悲惨な末路を辿った。

果たして、そこから現れたのは俺の予想と違わない人物……テスカだった。


 「る、ルクレス様?ここは?それにミコト様まで……」


 何もない広い空間に放り出されたその少年の姿はあまりに小さく映り、縮こまったその体は尚更拍車をかけていた。

あの親子のように何もわからないままに連れてこられたのだろう。

しかしこの場の異様な雰囲気には気付いているようで、おどおどした態度がそれを表していた。

例の如く、俺は首輪の能力のせいで言葉を発することも、動くことも出来ない。

元よりかける言葉などなかった。

一体何をこの少年に語りかけるというのだろう。

今更な話だ。当にその機会は失われた。


 「ここは闘技場ですよ。そして貴方は剣闘士になるのです」

 「一体何を言ってるんですか?俺にはさっぱりわからない」

 「ならわかるようにしてあげましょう」


 ルクレスはいつのまにか取り出したのか一振りの剣を広間に投げ込んだ。

からん、と音を立てて地面に落ちたそれを少年は見送ることしかできない。

そうしている間に少年の反対側の鉄格子が、何の脈絡もなく音を立てて上がっていく。

暗闇の中から姿を見せたのは醜悪な面構えをした小人が一人。

申し訳程度の布切れを腰に巻き、粗末な棍棒を右手に持った体長一メートルにも満たない魔物。

俗に言うゴブリンと呼ばれるモンスターだった。


 「ひっ」

 「さぁその剣を手にとって戦いなさい。戦わなければ死が待つのみですよ?」


 少年は魔物の姿を見て一歩後退りをした。その反対にゴブリンを獲物をその目で捉えると、一直線に広場を横切って走りこむ。

慌てたのは少年だ。

唐突に戦えだの死ぬだの言われて頭は混乱の極みだったのだろう。

だが生存本能のなせる技か、近くに落ちていた剣を拾うと不恰好な構えで魔物と対峙した。

身長、体格的にあまり変わらない両者だったが、考える頭がないのかゴブリンは考えなしに棍棒を振り回して襲い掛かる。

少年はおっかなびっくりに避けて、ゴブリンの背中側に移動した。

無防備な背中を晒す魔物に、しかし少年はがむしゃらに剣を振り下ろした。


 「素晴らしい。普通の子供なら剣を振ることにも躊躇う筈ですが、人が生きる環境でこうも変わるのですねぇ」

 「はぁ、はぁ、はぁ……」


 袈裟懸けに背中を斬られたゴブリンは痛みに喘ぎ、地面をのたまう。

取りこぼした棍棒はどこかに飛んでいってしまい、もはや無力化したといってもいいだろう。

そんな魔物を目の前にして少年は躊躇っていた。


 「勝負は、ついていませんよ?」


 小声だというのにいやにこの空間に広がっていくルクレスの一言で、少年は脊髄反射の如くとどめの一撃を刺した。

短い叫びと共に一つの命がこの場で掻き消えた。

残された少年は骸となったその体に突き刺さった剣を抜くことなく、荒い息を繰り返すのみだった。


 これで終わり、か。

いやこの男がそれだけで終わらせるはずがない。

俺が思っていたことが真実だったとでも言うように、矢継ぎ早に再び鉄格子がその門を開いた。

出てきたのは先ほどと同じゴブリン。だが今度は二匹に増えていた。

休む暇もなくその二匹は少年の元に走り寄る。その手に持った武器で命を刈り取る為に。


 「ひぃ!た、助けてくださいルクレス様!ミコト様ぁ!!」


 戦いの最中、そう少年は悲壮に叫ぶ。その声に応える者などいないのに。

ゴブリンが二匹に増えたことで、少年の覚束ない回避にも魔物の攻撃が届くようになった。

前後左右で挟み撃ちするように脳みそはゴブリンにはないので、連携は最悪といってもよかったが。

傷が一つ、二つと増えていき、それでも少年は命からがらに勝利を収めることが出来た。

満身創痍といってもいい状態で、それでも終わりは未だに来ない。


 「嘘……だろう?」


 少年がそう零した言葉の先で、新たに現れたのは三匹のゴブリン。

絶望に顔を青く染め上げた少年は、再び声を張り上げて嘆願する。

助けて、助けて、と。

ルクレスは不気味な笑い声を返すだけで、俺は見つめることしか出来ない。


 「お前ら俺を助けろよぉ!!この外道っ、アバズレがぁぁぁ!!」


 終には敬語さえなくなった少年の汚い言葉にも、ゴブリンでさえ耳を貸さない。

心の奥底から湧き上がった思いだろうと、それは誰にも届くことはなかった。




 テスカという少年は好ましい人物だ。それは間違いない。

快活でよく口が滑るのは玉に瑕だが、もし集団の中に行けばこのような人物が皆の中心にいるのは疑いようがない。

周りをいるだけで元気にさせてくれるような太陽の存在。

多くの人に愛されて、好かれていたことだろう。

 だがそれだけだ。

目の前で死んだ所で、何ヶ月も世話を焼いてもらった所でそれだけの関係でしかない。

 ……だがそれでもその名を俺が刻み、その最期の姿をこの目に焼き付けておかなければならない。

あの親子も、この少年も。

俺がいなければ、こうやって死ななかったのかもしれない。

もっと別の形で生きていたのかもしれない。

これは俺の罪。

夢の中で皆が言っていたように俺のせいなのだ。

現実としてこうやって再び現れたのなら、認めるしかもはや出来ない。

 彼らの瞳が俺に伝えてくるもの、恨み、哀しみ、憎しみ、怒り、理不尽なことへの戸惑い……。

全てを全てこの身に受け入れる。

理解できるとも。わかるとも。何よりも俺がそれを知っている。

だから約束する。その無念を必ず果たすと。この身が滅びようと、絶対の誓いとすることを。

無力な身の上で、今は命尽きかけるその怨嗟に満ちた視線を受け入れることしか出来なくとも、必ず……ッッ!!


 「……ト。…………リ。ル…………」


 そうしてテスカという少年は、誰かの名前を死に際に呼んでその生涯を終えることになった。

俺は最後までその光景から目を離すことなく見送っていた……。

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