第六話 良い知らせと悪い知らせ
俺が怪しいと思った男たちは、何のことはない、ただのキュウの知り合いだった。β時代からの知り合いで、一時的にではあるがキュウと固定PTを組んでいた時期もあったらしい。それがたまたま街でキュウの姿を見つけたため、声をかけてきたとのことだった。ちなみに、どうしてキュウがキュウだとわかったのかと言うと、β時代の彼女のアバターと現在のアバター、つまりリアルのキュウとではそれほど容姿に違いがないそうだ。
約束の時間に遅れたのは、昔の知り合いとあってつい話が弾んだからという単純なものだった。まったく、心配して恥ずかしい思いをした。俺は大きくため息をつくと、へらへらと笑っているキュウをじっと見据える。知り合いと話してただけなら、あんな深刻そうな顔をしないでも良いだろうに。目にゴミでも入っていたんだろうか。
「ま、そういうことや。だから心配せんでも大丈夫やで」
「……なんか損した気分」
「ま、私が無事やったからええやないの」
キュウはぽんぽんと俺の肩を叩いた。なんかちょっと……むかつくなぁ……。歳は聞いてないが、俺の方がたぶんキュウより年上のはずなのに。
「仲良さそうだな。もしかして、これか?」
キュウの後ろに居た三十過ぎぐらいに見える男が、ひょいと小指を上げた。小太りで人懐っこい印象を与える顔が、にへらっと緩んでいる。一体、どういう意味だ? その仕草がなんなのかよくわからない俺は、思わず首をかしげてしまった。すると男はしまったとばかりに気恥かしそうに頭をかく。
「ははは! そうか、今時の子はこんなことやらないか。気にしないでくれ、ただのジョークだから」
「ええ……それで、あなたは?」
「おっと、すまない。名乗るのが遅れてしまったね。私はリューク、こんなのだがPTのリーダーをやらせてもらってる。後ろの二人は私のPTメンバーだ」
リュークの後ろに立っていた二人の男は、タイミングを合わせたかのように同時に頭を下げた。二人とも気弱そうな顔をしていて、どことなく元気がないようにも見える。まあこんな状況だ、リュークのようにジョークを飛ばせるほうが珍しいのかもしれない。
「リュークさんですか。俺はシュート、一応だけどキュウと固定PTを組んでます」
「そうかそうかい、よろしく頼むよ」
リュークはそういうと手を差し出してきた。筋張ったその手は顔に似合わずかなり筋肉質で、頼もしい印象を受ける。俺はその手をぎゅっと握りしめた。リュークさんがニッと微笑み、それにつられるようにして俺も笑みを浮かべる。
その後、COの現状に関して軽く話したところで俺たちとリュークさんたちは別れた。日が暮れてしまったので、互いに宿へ戻ることにしたのだ。そうしていつもの神殿へと向かう帰り道、キュウが少し真面目な顔をして俺に話しかけてくる。
「実はな、シュートが来る前にリュークと話していくつかわかったことがあるんだけど……聞きたい?」
「もちろん、情報ならなんでも」
「良いことと悪いことの二つがあるんやけど、どっちからがいい?」
うーん、良いことと悪いことか……。普段の俺なら、楽しいことは後に取っておくだろう。けれど、今の状況で先に悪いことを聞いたら心が折れてしまいそうな気がする。デスゲーム内の悪い事だ。きっと相当なことに違いない。
「良いことから頼む」
「わかった。良いことは二つあってな、まずは攻略についてや。なんでもシルヴァリアってプレイヤーが中心になって、近々大規模な攻略PTが結成されるらしいわ。高レベルプレイヤーが多数参加するらしいから、これで攻略は一気に進みそうやで」
「そりゃ頼もしいな。確かな情報なのか?」
「もちのろんや。掲示板で呼びかけてるとかで、すぐに裏が取れたわ。これでこのデスゲームもわずかながら希望が見えてきたってことやね」
「できれば、俺たちもレベルを上げて参加したいところだな」
「同感。攻略組参加はひとまずの目標やな。で、二つ目なんやけど……」
キュウは言い澱むようにして、言葉に間をあけた。何を言うんだろうか、俺はわずかながら緊張する。
「うちらの手には今、シードとか言うわけのわからんものが埋まってるやろ? これを使って、ユニークスキルを発現させたプレイヤーがおるらしい」
「ほんとかそれ? ユニークなんてあり得るのか?」
普通、オンラインゲームではユニークスキルなんてものは登場しない。公平性などの問題から基本的にどのプレイヤーのキャラでも、同じ育成方法を取れば同じような内容で成長していくようになっている。取得条件がやたら厳しいスキルなどはあるにしても、ユニークと言った一人限定のスキルなんてものはまずない。あったとしても、ほとんど役に立たないいわゆるネタスキルだ。それだけ、ネットゲーマーの嫉妬は恐ろしいのである。
「デスゲームなんて状況になってるんや。もう、なんでもありなんやろ。話によると発現したのは【生人形】とかいうスキルらしいわ」
「なんかヤバそうだな、それ」
「名前はな。中身についてはまだほとんどわかっとらへん。手に入れたプレイヤーがどうやら、情報の公開に積極的ではないみたいや。シードから生成されたってことと一人限定のユニークスキルだってことぐらいしか公開されとらんらしいで」
「なるほどねえ……。まあ、公開したら公開したでいろいろ厄介そうだからな」
ちょっとレアなドロップアイテムを手に入れたと言うだけで、争いが起こるのがオンラインゲームの世界だ。ユニークスキル、しかも強力な物を手に入れたとなればどうなることか――想像するだけで恐ろしい。内容をほとんど公開しないのは賢明な判断だろうな。
「そうやね。今の状況やったら、嫉妬でPKされかねへんからなあ……。でもま、これでシードがユニークスキルを生成する可能性があるってことがわかったのは大きな収穫や。もし手に入れられれば、クリアへの大きな戦力になる」
「それは間違いなさそう。この分だと、それなりに強力そうだし」
「ええのが使えるようになるとええなぁ……。で、それはいいとして。問題は悪いことや」
キュウの額に深い皺が寄った。彼女は大きく息を吸うと、ゆっくりそれを吐き出す。自然と歩く速さがゆっくりになり、身体が強張ってくる。
「悪いことは二つある。一つは……どうやら、このデスゲームは笹生の思惑だけで動いてるわけやないらしいねん」
「どういうことだ?」
「……シュートはCOのプレイヤーの男女比、何対何か知っとる?」
男女比が何に関係するんだろう?
俺はそう思ったが、ひとまず考えてみることにする。オンラインゲームと言うのはそもそも、昔から男が圧倒的に多いものだ。ゲームという文化自体が、男性中心に構成されてしまっているからかもしれない。だから大体のゲームにおいて、プレイヤーの男女比は7:3ぐらい。それも、少なくない数のネカマを含めてだ。ネカマが強制的に本来の性別である男に戻された以上、COの男女比はもっと偏っているに違いない。
「9:1とかか?」
「5:5や。それもかなり正確にな。女がどれだけいるのか街で調べたアホなプレイヤーがおったらしいけど、その結果は三百人中百五十二人が男で、残りの百四十八人が女だったらしいで」
「おい、それって……プレイヤーは完全抽選で選ばれたんじゃないってことか?」
俺たち一万人のプレイヤーは、約三百万人もの予約者の中から抽選によって選ばれていたはずだ。抽選は完全にランダムで、どこにも運営側の意志は働いていないと言うのが建前である。そりゃ、よほどの凶悪犯とかであれば応募の時点で弾いたかもしれないが――男女比まできちんと調整したと言うのは、明らかに異常だ。
「おそらくは……。しかもそれだけやない、プレイヤーの居住地もある程度限定されとる。関東地方の、特に北関東特別復興区内に住んどる人が異様に多いらしいねん」
「まさか……八年前の『遠山事変』と関係してる!?」
駆け巡る記憶、笹生が放ったディアブロスになるという言葉。それらが結びついて化学反応を起こし、俺の心がにわかに沸騰した。興奮した俺は、思わずキュウの肩を揺さぶり、彼女に何度も何度も問いかけてしまう。しかし、彼女は俺の剣幕に驚きつつもいいやと首を横に振る。
「まだそこまではわからへん! ただ、今回のデスゲームは笹生一人でやってるわけやなさそうやってことや。何かはわからんけど、ごっついデカイ組織がバックについとる可能性がある」
「一筋縄ではいかないってことか……」
少し冷静になった俺は、キュウの肩から手を離した。彼女はこほこほと咳をしてのどの調子を整えると、話を再開する。
「ゴホッ! じゃあ最後に、悪いこと二つ目や。シュートが前々から買いたいっていうてた『青波』なんやけど、他にも狙っとる奴が居るらしい。しかもそいつはもうすでに――五万Z以上貯めたらしいんや」
やっと八年前の事件の名前が出ました。
詳しい内容については、徐々に明かされていくということでお願いします。