第五話 鍛冶と不穏な影
あれから一週間。
俺とキュウはなし崩し的に行動を共にしていた。互いに仲が良くてくっついていると言うよりは、二人でいた方が何かとメリットが多いからである。基本的にMMOというのはソロプレイには優しくない設計となっているから、二人の方が都合がいい。それをキュウも俺も熟知していた。
この一週間で、三百人のプレイヤーが死んだ。
三百と言う数が、数学的に見て多いか少ないのかは俺には分からない。だが、それだけの数の命が失われたと言うのは純然たる事実だ。始まりの街の北東に広がる、β時代は用途がよくわかっていなかった広大な空き地。デスゲームになって以降、プレイヤーが死亡するたびにその空き地にプレイヤーの名と死亡した月日を記した小さな墓標が建っていく。その数がつい先ほど三百を超えたと、掲示板に報告が上がっていた。
次々と人が死んでいく。その非現実的な状況にプレイヤーたちはみな恐怖していた。一部のプレイヤーなどはすでに心が折れて廃人となり、街に引きこもる道を選んでいると言う。他にも戦いをあきらめて生産職の道を歩き始める者や、トチ狂ってPKに走る者まで居た。PKをしたプレイヤーはすぐに拘束されたため、なんとか治安は保たれているが、いわゆるPKギルドが形成されるのも時間の問題ではないかと噂されている。
状況が次第に混沌の度合いを増していくのに反して、攻略は遅々として進まなかった。もともと難易度が異様に高かいゲームだったのに、それがさらにデスゲーム化したことによって難易度が一気に跳ね上がったのだ。キュウの話によると、β時代は一週間もあればシャマイン大陸の北西に聳える『怠惰の塔』まで辿り着けたそうだが、今のところ正式版のプレイヤーたちはその手前にあるルベル村にすらたどり着けていない。俺とキュウもまた、ルベル村へと向かうべく草原の奥の森でレベルアップに励む日々を過ごしていた。
「うおりゃア!!」
<三連斬・発動>
閃く刀が蒼い軌跡を三回描く。切っ先が贅肉で緩み切ったオーガの腹を切り刻み、粘り気のある紅い血が噴出する。たちまちHPバーがイエローゾーンに達し、怒りと痛みに震えるオーガが凄まじい雄叫びをあげた。大気をどよめかすかのような音の津波に、思わず身体が震える。しかし、どうにかそれを押し殺すと俺はとどめの一発をオーガの腹へとえぐり込んだ。
「グアアア……!」
3メートルほどはある緑の巨体が、力を失って一気に倒れ込む。俺は刀を引き抜くと、下敷きにならないようにすぐ横へ飛びのいた。俺の身体のすぐ目の前をオーガの巨体が崩れ落ちていき、ドンっと派手な音を響かせる。その直後、オーガの身体の上に無機質なウィンドウが浮かんだ。
「ふう……」
大きく息が漏れた。おとといからこの森でオーガ狩りをしているが、オークやゴブリンとは比べ物にならないほどハードだ。しかしその分、経験値やアイテムを得る効率は良く、ここ二日間の間に俺のレベルは10まで上昇していた。
「お疲れさん」
脇で控えていたキュウが回復魔法をかけてくれた。たちまち俺の身体が白い光で包まれていき、減っていたHPバーが回復していく。三割ほど減っていたHPバーは、すぐに満タンへと戻った。
「うちのMPもそろそろきつくなってきたし、一旦街へ戻ろか?」
「そうだな。ついでに防具とかも買いたいし」
だいぶ金も貯まったことだし、鎧の耐久性もそろそろ限界だ。刀の方も、最近新調したばかりだが、安物だったので既にガタがきている。俺はウィンドウを開くと、その中の<くず鉄>という項目を睨んだ。森に潜むゴブリンなどが時たま持っているこのアイテムは、武器や防具のなれの果てという設定のものだ。基本的には<鉄鉱石>と同じ役割を果たすアイテムで、強化用の素材アイテムである。
「うーん、そろそろ強化もやってみるか。工房の場所ってわかる?」
「わかるけど、自分でやる気なん? 専門の職人に任せた方がいいで?」
「ちょっと金を節約したくてさ。ほら、あれを買うって言ってただろ」
あれとは、先日武器屋で見た名刀『青波』のことである。実はあの刀は、武器屋の老人の好感度を上げることによって大幅に値下がりして、十万Zで購入できるようになる。ただし、一点物のユニークアイテムで、誰かが購入してしまうともう二度と手に入らない。だからどうしても『青波』を手に入れたい俺は、他の誰よりも先に十万Zを貯めるべく現在節約生活中なのだ。
「あー、そういえばそうやったね。で、今のところいくら貯まっとるん?」
「三万ちょっとかな」
「うわ……。生産廃人並みやで、それ。取られないように気をつけとき」
「わかってる。金持ってることはキュウ以外は誰にも話してないし」
俺はそういうと、周囲を見渡した。うん、誰も居ない。急速に治安が悪化しつつあるCO世界では、金を持っていると何らかのトラブルに巻き込まれる危険性が高い。金の話をするときは、極力誰かに聞き耳を立てられていないか注意する必要がある。
狩りを切り上げた俺たちは一時間ほどかけて街まで戻ると、そのまま市場の南に位置する職人街へと足を運んだ。そこら中からトンテンカンと槌を振るう音がして、建ち並ぶ煙突からは煙が立ち上っている。市場とはまた違った独特の活気がある場所で、ガタイの良いNPCの職人たちで細い通りがやたらと賑わっていた。
曲がりくねった道を五分ほど進むと、周囲の攻防に比べてひときわ大きな建物があった。外見は工房と言うよりももはや巨大な工場のようで、中をのぞいてみると大量の炉が壁際にずらりと並べられている。その前で職人と思しきプレイヤーが、額に汗をしながらせっせと槌を振るっていた。
「ここが鍛冶ギルドや。あそこのマスターに申告すれば、場所と道具を貸し出してくれるで」
キュウの指差した先には、筋骨隆々としたクマのような男が立っていた。眉と髭がずいぶんと濃く、鋭い目つきは野生動物のような迫力がある。ギルドのマスターと言うよりは、そのまま親方と呼びたくなるような人物だ。俺は彼の方に近づいていくと、道具の借用を申し出る。
「すいません、道具と場所の貸し出しってやってますか?」
「おう! 一時間につき百Zだ」
「わかりました、はい!」
俺はウィンドウを展開すると、マスターにきっちり百Z支払った。たちまちクマのような顔がにこやかな笑顔を形作る。……正直、ちょっと気持ち悪いな。
「あいよ、確かに受け取ったぜ。一番奥の場所を使いな、道具はもう置いてある」
親父に促されるまま壁際の一番奥の炉の前へ行くと、準備は万端、すでに道具は揃えられていた。俺は金床の前でしゃがみこむと、刀を横たえてウィンドウを開く。
「そんじゃ、うちはちょっと散歩がてら情報収集でもしてくるわ」
待つのが面倒だったのか、キュウはそういうと俺のそばを離れて行った。工房の外へと向かう彼女の背中に「一時間ぐらいしたら戻ってこいよ」と声をかけておく。彼女はそれに軽くうなずくと、スタスタと工房から歩き去っていく。
さて、やるか。俺は改めて生産の手順を確認すると、アイテムストレージの中からくず鉄を三つ取り出す。俺の拳より一回り小さいほどの鉄塊が、ごろごろと転がり出てきた。それを炉に放り込むと、続けてその中に刀を入れる。たちまち炉の中の炎が激しく燃え上がり、火花が噴き上がった。炉から猛烈な熱気が放出され、俺は思わず顔を手でふさいでしまう。
だが、炎はすぐに収まった。今だ!
俺は刀の柄をがっしりと掴むと、炉から一気に抜きとった。そして金床の上に置くと、脇に置かれていたアイアンハンマーを勢いよく振り下ろす。キーン、キーンと小気味良い金属質の音。それがきっかり三回響くと、刀がにわかに輝き、その上にウィンドウが表示された。
<無名の刀+1 攻撃25+2 コスト11>
どうやら、上手く行ったらしい。光が収まると、そこには水に濡れたような真新しい刀があった。細かな傷や錆びがそこかしこに見受けられた先ほどまでの刀とは違い、滑らかに光を反射するその刃は打ち上げたばかりの様である。
だが、強化でプラスされた攻撃の値が2というのはどうなんだろうか。俺の生産スキルがあまり高くないからかもしれないが、もう少しぐらい行けそうな気がする。せめて25という数値から考えると、小数点以下切り上げで一割に当たる、3は行きたいところだ。
もう一度強化にチャレンジしてみたくなった俺は、無名の刀+1の強化に必要な素材を確認してみた。すると、くず鉄の数が三から五に変化していたがほかに必要な素材はない。手持ちのくず鉄は十個以上あるから、まだいける。俺は改めてウィンドウからくず鉄を出すと、炉の中へと放り込んだ。
「とやッ!」
刀を一気に炉の中へと差し込む。熱気が顔を襲うが、今度は顔を手で覆ったり目を閉じたりはしない。赤々と滾る炎を、皿のような目でただじっと見つめる。視線の先では炎が躍り、くず鉄が次第に溶けてマグマを思わせる液体になって行った。するとその時、にわかに炎の色が変わった。深みのある紅をしていたはずの炎が、一瞬だが黄昏のごとき黄金色に輝いたのだ。俺はすかさず刀の柄を握ると、刀身を炉の中から一気に引き抜いていく。
金床に置いた刀を、きっちり三回、アイアンハンマーで叩く。先ほどよりもさらに良く澄んだ音がしたような気がした。やがて現れたウィンドウを、俺は食い入るように見つめる。すると――
<無名の刀+2 攻撃25+5 コスト11>
ビンゴ。やっぱり、強化によってプラスされる値は作業の手順などによって微妙に変わってくるようだ。とりあえず、火加減は炎の色が黄金色になる瞬間がベストらしい。今回は色を確認してから刀を引き抜いたのでちょっと遅れたが、次からはきっちりその瞬間に合わせて抜けるようにしよう。他にも、ハンマーの振り方とかにも工夫しないといけない。
こうしていろいろ工夫をしながら、俺は無名の刀を+4まで強化した。強化でプラスされた攻撃は合計8である。結局、最後の強化も攻撃を3以上は一気に上げられなかった。もしかしたら何か特別なスキルやコツとかが必要なのかもしれないが、これ以上はまあ、専門にしているプレイヤーに任せていいだろう。
一時間が過ぎて場所と道具をマスターに返還した俺は、散歩兼情報収集に出かけたキュウの帰りを待つことにした。しかし、なかなか彼女は戻ってこない。三十分が過ぎ、一時間が過ぎ。街の外には出ていないだろうから、万が一ということはないだろうが……さすがに少し心配になってきた。
「キュウの奴、何やってるんだ?」
鍛冶ギルドの壁にもたれかかりながら、あたりをゆっくりと見渡す。するとその時、キュウと思しき人影が複数の男に連れられて、向こうの通りを歩いていくのが見えた。いつも明るいはずの彼女の表情が、仄暗い陰を帯びていた。まさか――! 俺の背中を嫌な汗が流れる。足が自然と動き始めて、気が付いた時には全速力で駆け出していた。やがて男たちに追いついた俺は、彼らの前方へ回り込むと、両手を広げてその足を止める。
すると、キュウはきょとんとしたような顔をした。男たちの方も、誰だこいつといったような顔をしている。彼らは俺の方を見ながら、首をひねった。
「シュート、なにしとんねん?」