第四話 神殿の夜
少女の名前はキュウ。レベル3のプリーストだと、PTを組む際に教えてくれた。ジョブがメイジでなかったのが意外だが、さきほど俺を逃がす時に使ったのは魔法ではなくアイテムだったそうだ。なんでも光球というもので、強烈な光と爆発音を出してモンスターの注意を惹きつけると言うアイテムらしい。ソロプレイヤーにはほぼ必須ので、非常に安い値段で店売りされてるという。
そんなキュウと俺は、吸血狼の出現条件を満たさないように注意しながら、日付が変わる頃まで狩りをした。そうして無事に狩りを終えると、西門から街の中へと戻る。すると街の中は「日付が変わればデスゲーム状態は解除される説」が否定されたため、ちょっとした騒ぎになっていた。
このゲームには時間加速とかそういった機能は一切ない。つまり、ゲーム内で経過した時間は現実で経過した時間と同じなのだ。五時間以上たっても運営側から何のアプローチもないという事態に、楽観的に構えていた大多数のプレイヤーたちもさすがに動揺し始めたらしい。今回のようなオンラインゲームのトラブルで五時間も運営側からの反応がないと言うのは、普通ではちょっとありえないことなのだから。
今頃になって焦り始めたのか、西門をくぐって経験値稼ぎに向かおうとするプレイヤーたちの姿がちらほらと見えた。俺とキュウはそんなプレイヤーたちとすれ違いながら、街の奥へと向かっていく。そうして西門の前の広場を抜けたところで、脇を歩いていたキュウがふと立ち止まった。
「それじゃ、今日はこの辺で。案外楽しかったわ」
「ああ、俺も。それなりに収穫あったしな」
狩りをしている間に、俺とキュウはそれぞれレベルが一つずつ上がっていた。ドロップアイテムもそれなりに貯まっている。なんだかんだいって、キュウは非常に優秀な回復役兼補助役だった。彼女のおかげでリトルボア狩りに専念できた俺は、結果としてかなりの戦果をあげていたのだ。
「……せっかくだし、フレンド登録しないか?」
「そうやなあ…………また、機会があったらな。まだあんたのこと、完全に信用したわけやあらへんし」
「そうか。じゃ、今度会ったらな」
俺とキュウはそういって別れると、それぞれ別の通りを歩き始めた。フレンド登録しておきたかったな――少し後ろ髪を引かれるような思いがしたが、あの場であれ以上言っても無駄だっただろう。それに、今はさっさと宿をとることが先決だ。この町の規模が大きいとはいえ、プレイヤーの総数は約一万人。それだけの人間が泊まれるだけの宿屋など、存在しないに決まっている。
通りをまっすぐ進んでいくと、すぐにB&Bと書かれた看板を掲げた宿屋が目に飛び込んできた。具合のいいことに、まだ明かりも付いている。俺はすぐさま走り出すと、その扉へ飛びこもうとする。が、宿に近づいた俺はたちまち足をとめた。
「うわあ……」
観音開きになっている扉から、男の身体が半分ほど路上へはみ出しているのが見えた。恐る恐る中を覗き込むと、宿の帳場は通勤ラッシュの電車を思わせるほど人口密度が高くなっていた。プレイヤーと思しき男たちがカウンターを覗き込み、宿の親父を相手に不機嫌な態度をあらわにしている。
「ここも駄目かよ! 一部屋ぐらい空いてる場所はないのか?」
「はい、今日はお客様が不思議と多くて……」
「クソ、使えねーな!」
男たちはそう吐き捨てると、肩を怒らせながら宿を出て行った。俺はそれを遠巻きに見ながら、どうしたものかと頭をひねる。この分だと、今から他の宿屋へ行ったところであの男たちのように「満室です」と追い返されるのがオチだろう。さて、どうしたものか……。
考えられる手は二つある。一つは、街の中で適当に寝転がれそうな場所を選んで野宿すること。雨が降ると言うこともないし、極端な冷え込みもないからこれで最低限はどうにかなる。けれど当然、地面に直接寝ることになるから背中が痛くなる――このゲームのリアリティを考えると、最悪ダメージを喰らう――ことを考えなくてはいけない。
もう一つは、市場で毛布でも買ってそれを使って野宿すること。金はかかるが、何もなしよりは遥かに楽だろう。テントでもあればなお快適だ。……路上生活者みたいで、逆に精神的にきつくなってしまいそうだが。それにこの時間だ、もうすでに市場の店は一部を除いてほとんどしまっている。
「うーん……」
腕を組んで考えつつも、結局は市場の方へと足を向ける俺。深夜だと言うのにプレイヤーの姿でにぎわう街を、ゆっくりと北西へと向かっていく。すると前方に、大きな白い建物が見えてきた。中心の太いエンタシスの柱に、天を支えるかのような壮大な三角形の屋根。正面には幅の広い階段が広がっていて、威風堂々としたたたずまいのその建物は、おそらく神殿と呼ばれる建物だろう。一定以上のレベルになったプレイヤーが、上位ジョブや別系統のジョブへチェンジするための施設である。
「あ……!」
教会とかその手の施設は、旅人を泊めておくための設備がある場合が多い。これだけの規模の神殿であるならば、大きめの宿屋ぐらいの設備があっても不思議ではないだろう。もしかしたら――そう思った俺は、神殿の階段を一足飛びに駆け上がっていく。すると前方に、見覚えのある後ろ姿があった。
「キュウじゃないか! なんでここに?」
「そっちこそ、え? まさか、うちの跡つけてきたん!?」
キュウは後ろに飛び退くと、俺のことを汚物でも見るような目で睨んできた。一体、どういう発想をしたらそんなことになるんだ。キュウがストーカーの対象に十分なり得ることは否定しないが、さすがにこれは失礼すぎるだろ。仮にも、先ほどまで行動を共にしていたのだし。
「そんなわけないだろ。宿ないかなーって街を捜してたら、この神殿が目についただけだって」
「正式組なのに、この神殿に気付いたんか?」
「教会とか神殿に宿があるのは、RPGじゃありがちなネタだからな」
「そうなん?」
そういったキュウの顔は、妙に疑わしげだった。もしかしてこの子、このゲームの経験はあっても他のRPGとかの経験は少ないのかもしれない。
「疑うなら、ファイクエとかやってみるといいよ。こういうのいっぱいあるから」
「ふーん……わかった、とりあえずは信用しとくわ。ほな、せっかくやしうちがこの神殿を案内したるで。ここの宿はちょっと奥まった場所にあるさかい」
キュウはこっちへ来いとばかりに手を振ると、勢いよく階段を駆け上がっていった。何だかんだいって、キュウは面倒見がいいんだよなあ――そんなことを考えながら、俺もそのあとに続いていく。やがて、神殿の廊下をまっすぐ進んだ突き当たりに、一人の中年の男が立っていた。ゆったりとした法衣を身に纏う紳士然とした彼は、どこからどう見ても神殿の人間だ。
「すいません、宿を借りたいんですけど部屋空いてます?」
「おお、ちょうど最後の一部屋が空いてますぞ」
「一部屋?」
キュウはとっさに俺の方を振り向いた。一部屋か。さすがに男女の相部屋はまずいよなあ……。
「俺は別に野――」
「シュートがいいなら、うちは別に相部屋でもかまへんよ。どないする?」
「え? じゃあ……相部屋で」
「わかった。他より良い部屋なので料金が少しかかってしまうが、大丈夫ですかな?」
「もちろん。な?」
半ば強制のようだったが、異存はないので問題ない。俺はキュウの言葉に素直にうなずく。
「うん、常識的な範囲でなら」
「ではこちらへ」
男に連れられていった先にあった部屋は、十畳ほどのそれなりに広い部屋だった。神殿らしい白を基調とした小奇麗な調度が並び、雰囲気はとても良い。さらに神殿自体が高台にあるおかげで、窓からは始まりの街が一望できる。加えて、置かれているベッドは枕さえ用意すれば二人で並んで寝たとしても余裕のあるサイズと、条件は抜群だ。
「凄い良い部屋だけど……キュウはほんとに相部屋で良かったのか?」
「ここでうちが相部屋駄目って言ったら、野宿したやろ? 自分のせいで人を野宿させるなんて寝ざめの悪いこと、できるかいな」
「そりゃそうかもしんないけどさ」
「心配せんでも、今日はただ寝るだけや。疲れたから、うちはもう寝る」
キュウは装備を解除して下着姿――といっても、薄手のシャツとパンツである――になると、早々にベッドへと潜り込んだ。俺もかなり疲れていたので、彼女と同様に下着姿になるとすぐさまベッドに横になる。
「――姉ちゃん、必ず彩音が生きとるうちに帰るからな」
「へッ?」
キュウが何事かつぶやいたので、俺は慌てて身体を起こした。が、横を見ると彼女の眼はしっかりと閉じられている。どうやら、ただの寝言だったようだ。てっきり「こっそりセクハラした!」とか言われるんじゃないかと思ったが、さすがに杞憂だったらしい。俺はやれやれと大あくびをすると、今度こそ眠りについたのであった――。