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Caelestis Online  作者: 忘れん和尚
序章 始まりにして終わり
3/12

プロローグ3 初めての狩り

 光が収まると、そこはもう異世界だった。

 視界いっぱいに白い石畳が広がり、その上に似たような服を着た無数の人間たちが立っている。さらにその向こうには石や漆喰でできた西欧風の瀟洒な建物が建ち並んでいて、白を基調とした美しい街並みがどこまでも広がっていた。見上げれば空は青く、それを貫くようにして遥か空の果てへと聳える塔が見える。


 思い切り息を吸ってみる。排気ガスなどない正常な空気は、水のように肺を満たした。頬をなでる風、鼻をつく土の香り。感動的とすら言えるリアリティーでもって、この世界が迫ってくる。俺は恍惚とした表情でその場に立ち尽くした。言葉にしがたい感覚が俺の身体を満たして、高揚感で心が弾む。


「一緒に狩りに行きませんか! 西の草原です!」


「PT募集してまーす!」


「サービス開始イエエエ!!」


 あたりを見渡すと、さすがMMOの初日というべきか。

 広場の中は実に混沌とした様相を呈していた。あちこちでプレイヤーたちが声を張り上げ、PTメンバーや素材の買い取りなどの募集に精を出している。メビウスオンラインはその抽選倍率の高さゆえに、一部のβテスターを除いてほとんどのプレイヤーが、最初は仲間の居ないボッチの状態だ。今のうちに仲間を作っておこうと言う考えもあってか、彼らの声には熱がこもっている。


 ――なんか居づらいな。

 まったくできないとまではいかないが、俺は人とのコミュニケーションは結構苦手だ。八年前の事件以来、自分と他人との間に深い隔たりを感じてしまうのだ。ネットの中であればそれほど意識することはないのだが、VR世界のコミュニケーションはほとんどリアルと変わらない。広場の雑踏は俺にとって何となく居心地が悪かった。


 メニューウィンドウを出して一通り動作を確認すると、俺はさっそく街へ繰り出すことにした。人の合間を通り抜けて、あえて大通りではなくその脇にあった細い通りへと向かう。ゲームの醍醐味と言えばやはり冒険。オーソドックスな場所から行くよりもあえて裏側から行くのが楽しい。ましてサービス開始初日なら、新しい発見もあるかもしれない。


 高い建物に挟まれた、細い裏通り。通りと言うよりも、路地と言うのが適切かもしれない。うらぶれた雰囲気のあるそこはゲームとは思えぬほど生々しくリアルにできていて、宙を漂う埃が鼻についた。石畳もところどころ剥がれていて、くすんだ色をした石壁には妙に生活感がある。


 通りを進んでいくと、すぐに突き当たりにぶつかった。そこには空っぽの樽や木箱が山積みにされていて、微かに酒の匂いがする。その山に埋もれるようにして、一人の男が壁にもたれかかっていた。武器こそ違うが、俺と同じ初期防具をつけていることからするとNPCではなくプレイヤーの様だ。背の高いがっしりとした体格の男で、西欧風の彫の深い顔をしている。


「こんなところに人が来るなんて珍しいな。あんたも待ち合わせ組か?」


「いや、俺は広場が騒がしすぎたから移動しただけさ」


「そういうことか。あれは慣れないときついからなあ」


「ああ。俺にはちょっと……」


「同感だ、リアルボッチにはキツ過ぎだぜ」


 男は眼を細めると、あははッと豪快に笑った。俺もそれにつられて、軽く噴き出してしまう。そうしてひとしきり笑うと、自然と俺と男は打ち解けたような雰囲気になった。


「どうだい、せっかくだし一緒に来ないか? 三人で狩りをするつもりだったんだが、一人来られないらしくてよ」


「いいのか?」


「ああ。あんたサムライだろ? ちょうど火力がほしかったんだ」


 男は俺の腰に差さっている黒鞘の刀に眼をやった。彼は壁に寄り掛かるのをやめると、首をほぐすように回しながらメニューウィンドウを開く。さらに手慣れた動作でPT申請のウィンドウを開くと、俺の方へ歩み寄ってきた。


「画面をタッチしてくれ。それで申請完了だ」


「わかった」


 水色の画面を軽くタッチすると『シオン』というネームの下に、俺のネームである『シュート』の文字が現れた。そしてすぐに表示された確認アイコンのYESを選択すると、晴れてPTの出来上がりだ。


「お前の名前はシュートって言うのか。よろしくな」


「こちらこそ、シオンさん」


「呼び捨てで良いぜ。せっかくのゲームなんだし、お互いに堅苦しいのはなしで」


「了解、シオン」


「うーっし、あとはあいつが来るのを待つだけだな」


 カツカツとシオンが足で調子をとること二十回ほど。通りの向こう側から軽快な足音が聞こえてきた。振り向けば、栗色の髪をなびかせながら小柄な少女がこちらへと向かってくる。琥珀色の大きな瞳が特徴的で、やや垂れ目がちな瞼がその愛らしさを一層際立てていた。小柄ながら胸元もしっかりと膨らんでいて、地面に足がつくたびに大きく揺れている。リアルならちょっとしたアイドル並みの容姿だ。


 彼女は俺たちの前で立ち止まると、ちょこんとお辞儀をした。シオンがやあとばかりに手を上げる。どうやら、この子が待ち人だったらしい。ゲームの中とはいえ、こんな美少女と待ち合わせができるとは。ちょっとばかりシオンがうらやましい。


「遅くなりました! ……えっと、そちらの方は?」


「さっきここであったシュートってサムライさ。ローグの奴が都合悪いらしいから、PTに入れたんだよ。二人だと火力足りねーし」


 俺が軽く会釈をすると、少女は白い歯を見せてニッとはにかんだ。心臓がドクンッと跳ねる。ゲームのアバターだとはわかっていても、美しい笑みは破壊力抜群だ。特に俺のような社交性の低い男に対しては。


「私はサクラです、今日はよろしく!」


「お、おう! 俺はシュート、よろしくな」


「はい! じゃあさっそく狩り場へ行きますか? すぐに混んできちゃいますし」


「そうだな、行くか」


 さっそく出かけとする二人。彼らは腰に下げている武器の位置を動きやすいようにガチャガチャと調整し始めた。やがて準備完了とばかりに歩き出した彼らに、俺は慌てて質問する。


「狩り場ってどこ?」


「西の草原の奥、森との境界のあたりです」


「森からたまにはぐれゴブリンが出てきてな。それが結構うまいんだ」


「なるほど」


 特殊な狩り場とかでなくて良かった。まだ初心者でプレイヤースキルにそこまで自信のない俺は、ほっとしたようにうんうんと頷く。そうして腰に提げた刀の位置を調整すると、俺は一足先に歩きだしたシオンとサクラの後を追って軽く走り始めた。





 街と外の世界とを隔てる大きな門。高さ5メートルはあろうかというその威容を潜り抜けると、そこは一面に広がる緑の海だった。深緑の柔らかな草が風にそよぎ、そよりそよりと波打っている。緑の上にはどこまでも澄み渡る青い空が広がり、空と陸の境界線がはっきりと見て取れた。なだらかな緑の丘が連綿と連なり、その丘の上を時折人影が走り抜けていく。

 プレイヤーと思しき人間たちは、皆、青色の豚のようなモンスターを追いかけていた。目を凝らしてみると、モンスターの上に出ているネームを何とか読むことができる。『リトルボア』というモンスターの様だ。序盤の雑魚モンスターらしく、プレイヤーたちによってフィールドに現れるたびに次々と倒されている。

 そんなプレイヤーたちを横目に、シオンたちはずんずんと草原の奥へ進んでいった。やがて地平線の先に黒々とした森が見えてくる。序盤らしからぬ怪しげな雰囲気の森だ。生えている木々は全て見上げるような大木で、魔女でも住んでいそうな気配がある。


「ラッキー、さっそく居るぞ」


 草原が森に飲み込まれそうになったあたりで、先頭を歩いていたシオンが声を上げた。彼の方へ急ぎ駆け寄ってみると、15メートルほど離れた位置に人型の魔物がいるのが見える。周囲の草に溶け込むような緑色の肌をした魔物で、腰には獣の皮を巻き、手には大ぶりの棍棒を持っている。その顔は人間と言うよりも、さながら鬼のようだった。口が耳のあたりまで裂けていて、白い歯が輝いている。


「なんか、想像してたのより強そうだな」


「見た目はそうですね。でも実際は結構鈍いので倒すのは楽ですよ」


「そうなのか?」


「棍棒にだけ気をつけてれば大丈夫です」


 背の高い草に紛れるようにして、ゆっくりとゴブリンとの距離を詰めていく。息を殺しながら、できるだけ足音を立てないように身長に足を踏み下ろす。幸い、ゴブリンはそれほど鋭敏な感覚を持っているようではなかった。加えて、この草原には先ほど見たリトルボアを始めとして様々な生物が生息している。そう易々とは見つからないだろう。

 シオンがすっと手を伸ばし、俺たちの動きを制した。彼は腰の剣に手を伸ばすと、俺たちの方を一瞥する。


「まずは俺が。シュートは合図をしたら来てくれ。サクラは後で回復を頼む」


「了解」


「OK」


 シオンの身体が草原を滑る。彼は瞬く間にゴブリンの前へ姿を現すと、剣を一気に抜き放った。赤茶けた銅の刃が緑の身体を袈裟に裂き、青白い光のエフェクトが舞う。ゴブリンの頭の上ににわかにステータスバーが現れ、HP量を示す緑のバーがガクッと減った。今の一撃で三割は削っただろうか。


「シュート!」


「OK! 任せてくれ!」


 姿勢を低くしながら、足に力を込めて一気に駆けだす。背の高い草むらを一瞬で突っ切ると、腰の刀を一気に抜き放った。スルスルッと鉛色の刃が呆気ないほど簡単に抜ける。身体の動きに大きな補正でもかかっているのだろうか。全身の筋肉が驚くほど緻密に動き、刃が僅かなぶれ一つなく宙を滑る。


「せやァ!」


<居合切り・発動>


 ライトブルーの文字が弾けると同時に、刀身が淡い光を帯びた。白い切っ先がゴブリンの横っ腹を上から下へと斬り上げていき、先ほどよりもさらに多くの光が溢れ出る。HPバーの緑が急速に短くなり、やがて黄色へと変わった。残り三割ほどだ。


「ギギャア!!」


 響く咆哮。

 ターゲットが、シオンから俺へと変わった。ごつごつとした大ぶりの棍棒を振り上げると、ゴブリンは俺の方をめがけて突進してくる。俺はとっさに横に跳び、その一撃をぎりぎりのところで回避した。俺の脇腹をえぐるようにして落ちて行った棍棒は、ドンッという衝撃音とともに柔らかな大地へとめり込む。こりゃ、当たってたらヤバかったな……。掠めただけにもかかわらず、HPバーが結構減っていた。


「よそ見してんなよ!!」


 お留守になっていたゴブリンの背中を、シオンの剣が引き裂いた。どうやら背中側は弱点だったようで、白い光が大量にあふれ出る。HPバーが一気に短くなり、赤くなった。やがてその赤も消えていき、ステータスバー自体が割れて、ゴブリンの身体が消失していく。

 こうしてゴブリンの身体がすっかり消えてしまうと、俺たちの前にウィンドウが現れた。そこにはこの戦闘で獲得した経験値やお金、さらにはドロップアイテムと思しき『獣の腰巻』の文字が表示されていた。


「お疲れ! 初めてにしちゃ上手いじゃないか。いきなりスキルを出すなんて」


「まぐれだよ。それよりもゴブリン強すぎじゃないか?」


「本当は適正レベル5以上ですからね」


 後方で俺たちの様子をうかがっていたサクラが、いつの間にか俺たちのすぐ前に居た。彼女は腰に刺さっていたタクトのような棒を振るうと、HPが減っている俺を回復してくれる。


「レベル5以上ってことは、レベル5になれば楽に勝てるのか?」


「まあそうですね。レベルが上がるとほんとに違いますから」


「へえ……じゃ、レベル上げをしっかりやらないとな!」


「はい!」


「おう!」


 こうして俺たちは、その後も日が暮れるまでゴブリン狩りを続けた。そしていよいよ日も暮れかけた午後六時過ぎ。レベルを3まで上げることができた俺たちは、夕食をとるため一旦落ちるログアウトすることにした。しかしその時――。


「ボタン……なくないか?」

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