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作者: 三矢抄
掲載日:2013/04/01

テスト投稿です。この話は過去に部活で連載した小説のアフターストーリー的なものです。連載した方はまだ直し切れていないのでこちらを先にというよく分からないことに……。まあほかの小説書いて直したりしてるし、連載分を投稿する余裕は当分ないのでいいかなと^^;

 サァーと、止むことのない雨のリズムが鼓膜を刺激し続ける。

 少女は重たい瞼を開けた。しかし瞳の中の暗闇に慣れていたせいで、思わず目を閉じてしまった。次はゆっくりと、光に慣らしながら再び目を開けた。視界は白かった。一拍おいて、それが人の背中であると知った。どうやら背負われているらしい。

「あなたはだぁれ?」

 少女は無意識のうちに問いかけた。

「……嫌な雨だな」

 少女を背負う人物はただそう言った。声の高さからして女性らしい。が、初めて聞く声だった。ただ声の主が誰であるかを考えさせる脳の命令は、幼き少女に下されなかったらしい。

 雨で濡れた女性の髪が、女性の背に頬をくっつけたままの少女の顔をくすぐる。少女は顔を横に向けては雨に濡れる森の木々を見つめる。今まで見たことのない景色だった。

「あんまり動くなよ。濡れちまうぞ」

 自分を背負う人に注意され、起こしかけていた体を寝かせる。するとフードからはみだした少女の頬に雨粒が当たって跳ねた。思わず、肩を掴む手に力が入る。

 同時に、少女の足を支える女性の手に力がこもった。

「……おかあ、さん」

 少女はすでにこの世に存在しない者の名を呼んだ。ただ、それに対する返事はなかった。そして思い出したかのように襲ってきた体の気怠さからくる睡魔に耐え切れず、少女は再び瞼を閉じた。


 数十分後、一件の家にたどり着いた。雨はすでに止み、森の中に吹く風は草花の香りを運び、穏やかで心地よい。地に下ろされた少女は女性に手を引かれ、その家へと近づいた。

 女性と、家から出てきた老夫婦とがしている話を少女は何の興味もなしに聞き流していた。そもそも今自分が何をしているのか少女は分かっていない。今まで何をしていたのか、思い出そうとしては突然襲ってくる頭の痛みに邪魔されていた。何度もそうしている内に、痛みとともにどんどん鮮明に再生されていく赤色のイメージに気分が悪くなり、倒れそうになった。

 そっと、隣にいた女性に頭を支えられ、体勢を立て直す。

「大丈夫か? ……ほら、お前の家族になる方たちだ。挨拶しろ」

 少女は発せられた言葉の意味を理解しかねて首を傾げた。とりあえず老夫婦の方を見ながらたどたどしく頭を下げる。

「あらあら、お人形みたいにかわいい子ね」

 お人形。老婆のその言葉に一瞬胸が刺される感覚を覚える。それが何に起因するものか心当たりが見つかる前に少女は悟った。

 ここでも自分は『お人形』なんだ、と。

「お嬢ちゃん、お名前を教えてくれる?」

 突然、眼鏡をかけた老女に話しかけられ、逡巡した後自分の呼び名を答えた。

「それじゃあ難しくておばあちゃんたちすぐに忘れちゃうわね。そうね、LにRにCだったら……」



「リリカ!」

 自分の名前を呼ぶ声に、少女は閉じていた目を開ける。綺麗な紅色の瞳だったが、右目は伸びた前髪に隠れてほとんど見えない。髪は不揃いの金色で西洋生まれを物語り、顔にはまだ若干の幼さが残る。リリカは周りの風景を見渡し、今まで自分が無意識のうちに想起していたことを知る。

「急に立ち止まってどうしたんだ? 疲れたか?」

 自分の名を呼んだ少年――見百合(まみゆり)領域が続けて問う。こちらは暗い茶色の髪に黒の瞳。いたって普通の日本人である。

「別に。ただぼーっとしてただけ」

「ならいいんだが……まあ、少し休もうぜ。歩き続けてもう二時間だ」

 そう言って領域は近くの切り株に腰を下ろす。どうやら自分の方が疲れているらしい。とりあえずリリカも彼の横に腰を下ろす。目に映るのは木、木、木。林の中であるから当然なのだが。

 昨日の夕立でできた水たまりが映す空の雲がゆっくり流れていき、時間が経つのも遅く感じてしまいそうだった。


「カウンセリング?」

 二日前のこと。領域は医者である義姉の文百合葉歌からの電話で一つのお願いをされた。その内容は、先日領域が身柄を拘束したリリカの精神状態が不安定なので一週間ほど話し相手になってほしいという、ただそれだけであった。

『本来なら私がするべきなんだけど、彼女が心を開いてくれなくてね。食事一つをとってみても無理やりでないと食べてくれないんだ』

「……その光景が目に浮かんだよ。でも、どうして俺なんだ? 会話相手なら同じ女の子同士の方が適任じゃ――」

 領域は言ってから気が付いた。おそらく孤児院の他の人よりリリカと長く接している葉歌にも心を開いていないのなら、それは難しいだろう。案の定、葉歌はそう説明した。

『それにね、なぜか彼女は君を話題にすると少しだけ口を利いてくれるんだ。まあ、それも零か一かの小さな違いなんだけど』

「まさか十割も違うとはな」

 言いながら領域は苦笑いを浮かべる。

彼がリリカと出会ったのは一月前。その頃、切り裂き魔《pink rip》として町を徘徊していた彼女とはまともな会話が成り立たなかった。場を変えて会話らしいものが成立したと思えば、すぐに力づくで彼女を取り押さえる羽目となった。

 そんなリリカがなぜ領域と同じ孤児院『五花の里』に滞在しているのか。今のところ判明している理由は彼女の戸籍が見つからなかったということ。歴史から抹消された施設にいたということもあり、話が厄介になる前に預かるようにしたらしい。

 あの時の話の続きもしたいということもあり、領域はカウンセリングを請け負うことにした。


 そのカウンセリングの一環として、葉歌の助言に従い施設内の自然を見て回った。もともと一村ほどの敷地を占める孤児院『五花の里』である。その自然を見て回ると言っても一日では難しいわけで、今日は第二部として昨日回らなかった場所にリリカを連れて行った。初めは『桜』家の子どもが何人か領域達についてきていたが、途中トンボを見つけ追いかけて行ってしまった。それを見てリリカは特に何も言わなかったが、その光景の向こう側をじっと見つめていた。領域はそれに気付いたが、思うところもあり、特に言及することはなかった。

 休憩を始めて十数分。領域はリリカが水たまりをじっと見つめて動かないのを見、思わず笑みを浮かべる。

「……またぼーっとしてないか? やっぱり疲れてるんだろ」

「してない。それに疲れることなんてない……私はずっとお人形だったんだから」

「……人形?」

 領域はリリカの放った言葉の意味を理解しかね、聞き返す。リリカはその表情を少し曇らせながら口を開いた。

「そう、お人形。大きな家にいた頃おとうさん以外の人は私たちのことをそういう風に扱ってた。その人たちにとってはこの手も足も、顔も胴も全部つくりものってことだったのかな」

「いや、それは違うだろ。だってお前は――」

「私はたとえこの体が全部おもちゃでも構わなかったけど」

 領域の言葉を遮るようにして、リリカは右手を左胸に当てた。心臓が位置する場所だ。

「ここだけは本物でよかった。みんなのこと、忘れずにいられる。おとうさんとおばあちゃんとおじいちゃんのことも、ずっと覚えていられるから。もちろんおにいさ――」

「いい加減にしてくれ!」

 思わず大きな声を出していた。リリカが驚いて畏縮する。前髪に隠れて半分しか見えない紅い瞳で見上げるように領域の方を見ていた。

「嫌いなんだ、そういう……自分はどうなってもいいみたいなことを言うやつ。以前そう言って俺の前からいなくなったやつも知ってるし……。だから投げ遣りな態度になるのはやめてくれ。俺は――」

 肝心な、その先の言葉が出てこなくて、領域はリリカから目をそらす。リリカも両手の指を交差させて戸惑っている。

「……悪い。ちょっと頭冷やしてくる」

「うん。……ごめんなさい」

 形としては逃げるように領域はその場を離れた。リリカのことを少しでも多く知り、できるだけ力になるつもりだった。ただ知ろうとすればするほど、理解から遠ざかる気がする。今の気持ちを落ち着かせるためにも、とりあえず時間が欲しくて領域は林の外へ出て行った。

 視界から領域が消えた後、リリカはそっと立ち上がり、林の奥へと向かった。それほど深い林ではなかったためすぐに林は途切れ、木々の迷路を抜けた先に細い畦道があり、次は竹林へと続いていた。

 リリカはその道の傍に腰を下ろし、膝を抱えた。時折吹く、今までは心地よかったはずの風が、なぜか今は無性に鬱陶しかった。

「……ここでも、同じなのかな」

 リリカは抱えた膝に額を乗せ、目を伏せた。そうしていると以前暮らしていた家で一人留守番をしていた記憶が浮かんできた。たった二人の年老いた家族が外出し、リリカは夕食の用意をして二人の帰りを待っていた。その日、二人は帰ってこなかった。仕方なく一人で食事をし、眠り、また料理をし、そして帰りを待った。これらを何度繰り返しただろう。結局二人は帰ってくることなく、後に(極めて最近)永遠に帰ってくることはないことを知った。

 今の感情は、二人の帰りを一人で待っていた時に抱いたものと似ている。そう、不安で仕方ない。領域もまた、二人のように帰ってこない気がして。そうすれば自分は、また――。

「……う」

 ここだけは本物でよかったと言った、左胸が痛んだ。同時に瞼の裏に熱を感じた。その熱はやがて閉じた目から溢れ、ブラウスの袖を濡らしていく。しばらく止まりそうになかった。

 ただ、老夫婦と同じように認めてほしかっただけなのだ。自分が『人形』ではないということを。

「おい、どこか痛いのか?」

 突然、頭上から声がした。リリカはある種の期待を胸に顔を上げた。ただ涙で赤みを増した瞳に映ったのは肩に細長い筒をかけている、白い服を着た女の人だった。手にはおそらく摘み取ったばかりの彼岸花が数本。リリカがここに連れてこられてから初めて見る顔だった。とりあえず首を横に振って体に異常はないことを伝える。

「……さっき林の方から領の字の声がしたが、それが原因か?」

 リリカは逡巡した後、首を縦に振って肯定した。もっとも、領域を怒らせるような発言をしたことがリリカを苦しめることになっているのだが。

「分かった。後で領の字に一発叩き込むから、もう泣くな」

 リリカは迷うことなく首を横に振った。白服の女性は眉を顰める。

「悪いのは私だから……お兄さんをころしたら、駄目」

「別に命までとる心算(つもり)はねえよ。……何があったかよく分からんが領の字に伝言を頼まれてくれないか」

 リリカは小さく頷いた――頭の中に小さな違和感を覚えながら。

「『竹林に来るようにと()(ぞめ)椿(つばき)が言っていた』と、よろしくな」

 白服の女性――火染椿はリリカに背を向け、竹林の方へと歩いて行った。その後ろ姿を見つめ、そして次第に大きくなる違和感。リリカは以前どこかで彼女を見た気がしてならなかった。ここに来てからの話ではない。もっと昔、そう施設にいた頃くらい――。

 記憶に蘇る爆音、爆風、建物の倒壊。崩れた瓦礫に躓き転んだ自分。その上に降りかかる天井の破片。

 かなり長い間響いていた轟音が止み、目を開けたリリカの目に映ったのは……自らが父と呼ぶ男が倒れる瞬間、そして血飛沫。それは倒れた男の前に立つ人物の白い服をまるで火の粉のように点々と染める。

そのシルエットは今しがた火染椿と名乗った女性と酷似していた。

「……やっと見つけた」

 リリカはすっと立ち上がり、竹林の方へ消えた女性を追った。


 竹林の竹は、規則正しく生えているわけでは勿論ないが、空を目指して真っ直ぐに伸びる竹に囲まれていると方向感覚がおかしくなりそうだった。石を敷き詰めた道はあるが、とにかく曲がりくねっていて進みにくいことこの上ない。

「なんだお前か。領の字に伝言を頼んだはずだが」

 白無垢の女性――火染椿は背後から現れたリリカの姿を振り返って視認した。運命のいたずらか、リリカは期せずして父と慕う人の仇敵であろう人物と遭遇した。リリカにこの機会を逃すつもりは毛頭なかった。かつて老夫婦の家に預けられた時から募ってきた、自分の大切な人を殺されたことに対する恨み。その感情がリリカの理性を次第に失わせていく。

「私も貴女に用があるの。私はFD=LRC.……貴女なら知ってるでしょ」

「――ああ、よく知ってる。それで何の用だ?」

 どうやら目の前の少女がただの会話目的で近づいてきたわけではないと察したらしい。リリカは一歩、火染椿に近づく。

「貴女が、五年前に私の目の前でおとうさんを殺したんだよね?」

「介錯ならしたが……殺した、か。まあそういうことになるだろうな」

 リリカはスカートの裏地に隠しておいた、稲妻を模した形状のナイフを抜いた。切っ先を火染椿の方に向けてみせる。

「だったらこれで貴女をギザギザにして、おとうさんの敵討ち。私は今までこのために生きてきたんだもの」

「短絡的、直情径行な思考……正気の沙汰とは思えんが、まさに切り裂き魔《pink rip》ってところか。まあ、そういうの嫌いじゃねえが、仇討なんてやめといたほうがいいぜ。そういう奴に限って自分のために生きるっていう当たり前のことができないんだ」

 火染椿は肩にかけていた細長い筒を外した。

 瞬間、リリカの顔の右半分を隠していた前髪が切り落とされた。突然広がる視界。ここに至ってようやく先手を取られたことを知ったリリカは後ろに跳び、火染椿と距離をとった。まったく反応の追いつかない居合。リリカはナイフを握る手に汗がにじむのを感じた。

「今ので終わらせてもよかったんだが、これでお前も結果は分かっただろ。今なら許してやるからさっさと失せろ」

 リリカは自分へ向いた火染椿の視線が殺気を帯び、それにより本能的に恐怖を覚え、体が小刻みに震える。だがナイフを放そうとはしなかった。

「……それがお前の望みなら応じてやる。家族でない者に加減する気は無いが心配すんな。――抵抗する間も与えねえから」


 リリカは初めから感じていた。火染椿の姿を一度その視界にとらえた時から、自分は仇敵である彼女に敵わない、と。

 幼少時代からの経験からだろう、相手の力量は自然と見極められるようになっていた。そして火染椿は今まで刃を向けたことのある相手の中で最も強かった。

 何度攻撃を仕掛けただろう。その全てを払われ、受け止められ、蹴り飛ばされた。その度に竹に背をぶつけ、最初は感じた痛みも今は気にならなくなった。だが握ったナイフを手放すことなく、リリカはフラフラと立ち上がる。だがその表情には疲弊というよりも安堵の色が見て取れた。

「今のは嫌な音がしたな。骨でも折れたか?」

 リリカは返事をせず、口元にうっすらと笑みを浮かべる。

「……何笑ってんだ」

「嬉しいから、笑うんだよ。私みたいな出来損ないのお人形は壊されて捨てられる運命だったの。ずいぶん遅くなっちゃったけど、みんなとまた会えたら――」

 カクンと、急に足の力が抜けその場に膝をつく。一瞬遅れて背後の竹が直立していた時のリリカの首の高さで切り払われ、音を立てながら倒れる。リリカはそれを察知して躱したわけではなかった。偶然体勢を崩しただけに、救われた。

「分かったもういいお前何も喋んな。ここは死にたい奴がいる場所じゃねえ。――動くなよ。どうせ死ぬなら痛みのねえ方がいいだろ」

 火染椿が鞘に手をかける。リリカにこれ以上抵抗する力は残っていなかった。仇敵に届くことのなかったナイフも下ろす。ただ茫然と、次に瞬きをした瞬間には振り下ろされるだろう自分へのギロチンを待つ。死ぬのなんて、怖くなかった。

 それなのに――

「リリカ!」

 突然耳に響く自分を呼ぶ声。火染椿の後方に、こちらへ向かってくる領域の姿を見つけて、

「あ……おにい、さ――」


 どうしよう。

 生きたいと、思ってしまった。



 激しい金属音。そして数メートルも吹き飛ばされるリリカ。領域は慌てて彼女を追った。火染椿も振りぬいた得物を鞘に納め、その後を追う。

「……何があったんですか、火染椿さん」

 領域はリリカの前に膝をつき、それから背後に立つ女性――『椿』家当主、火染椿暮葉に問いかけた。さっき二人を見つけた時、火染椿はリリカを本気で殺すつもりでいるように見えた。しかし彼女にはまだ息があり、ただ気絶しているだけのようだ。

「こいつが父の仇だって襲いかかってきたんだよ。ま、そう言った割には殺意を感じなかったけどな。おかしな奴だぜ」

「……リリカのいう父親を手に掛けたのは火染椿さんだったんですか?」

「そういうことになるな」

 そこには領域の知るはずのない事情があった。


 五年前、火染椿は某国からの依頼でリリカがいた研究施設の関係者全員を逮捕しに向かった。が、施設があるはずの場所には瓦礫の山が存在していただけ。そこにはもはや生きている者はいないように思われたが、念のために瓦礫の上を歩いていたときのことだ。瓦礫の中から三十歳位の若い男が現れた――否、這い出てきたと言った方が適当か。彼は右足がつぶされ、その役割を果たしていなかった。出血も酷い。いつ死んでもおかしくはないだろう。そんな状態の彼は火染椿を見、いきなり頭を地につけ懇願してきた。どうか、この子だけは生かして欲しい、と。瓦礫の下にはもう一人、頭から血を流して気を失っている少女が。どうやらこの男は崩れ落ちる瓦礫から少女を庇い怪我をしたらしい。

 本当はその願いすら退けるべきだったのかもしれない。しかし酒を嗜む年齢になったばかり火染椿は、情けからかその願いを受け入れてしまった。男は起こったことの概略を述べた後、また懇願した。自分を殺して欲しい、私は殺されて当然のことをしてきたのだから、と。どうせ放っておいても遅かれ早かれ死ぬだろうが、火染椿は承諾した。どうせ死ぬなら、痛みが少ない方がいいだろうから、と。

 勿論、この話は『五花の里』の家長四人しか知ることのないものだ。その施設が存在していたという歴史はその国から抹消された。

 ただ一人生き残ることとなった少女は隠されるように森で隠居生活をしていた老夫婦に預けられ、そして再び相見えることはないはずだったのだ。


 火染椿が領域を呼ぶようリリカに言付けたのはこういった事情を説明するつもりであったからだ。リリカを孤児院『五花の里』で引き取ることに決めた、張本人として。

「――大体の事情は掴めましたが……最後の居合、リリカを殺す気だったんじゃないんですか? 遠目からでもそう見えましたけど」

 火染椿は苦笑した。確かに、あんな見得を切った割に結果がこうでは領域に指摘されても仕方ない。

「私は家族以外の者に容赦はしない。つまり、家族の者ならば手加減はするさ。といっても自分で身を守ったみたいだがな」

 リリカがいまだ握ったままのナイフ。刃の部分が根こそぎ持っていかれているが、これで無意識のうちに身を守ったのだろう。火染椿はリリカの手から柄だけになったナイフを抜き取り、竹林の中へ投げ捨てた。そう、彼女にはもう必要ないものだから。

「ま、言うならばこいつは今までずっと一人で鬼しかいねえ目隠し鬼を続けていた訳だ。だから手を叩いて教えてやれよ。お前らと、こいつの居場所をよ。それがこいつの新しい始まりだ。これからずっと続いていくといいんだがな」

 言いながら、火染椿はリリカの顔や髪に付いた土を払い落とす。その光景が遊び疲れて眠る娘に対する母親の仕草のように見えて、領域は言葉を失う。

「私は墓参りがあるから、このまま山を登るよ。領の字はこいつ連れて帰りな。布団で寝かせといたほうがいいだろ」

 領域が返事をする前にリリカを抱え、領域に背負わせる。

「……思っていたより軽いな」

「だけど人間の重さだ。じゃあ、後はよろしくな」

 火染椿はそう言って竹林の奥の方へと足を向けた。領域はその背を見送り、やがて院のある方へ足を運んだ。自分の背にある重みを、確かめながら。

 帰路の途中、リリカの頬に竹の葉が触れ、その際領域の肩を掴む彼女の手にほんの僅かだが力がこもる。

「……おかあ、さん」

 消えてしまいそうな声でリリカが呟く。領域は立ち止まって振り向き、リリカがまだ眠っていることを確認すると、また何事もなかったかのようにまた歩き出した。


 竹林を抜けた先にある崖。他の場所と比べ、地表からは十分な高さがあるため、落ちれば命はないだろう。そんな崖の先端に、一つの石碑があった。名前は刻まれていない。いや、刻みきれないのだ。この石碑には収まりきらないほど多くの人を弔っているのだから。

火染椿は手にした彼岸花を碑前に供え、目を閉じて静かに手を合わせる。

「……お前が命懸けで守った奴はこれからも生きていくだろうよ」

 誰にとは言わず、ただ自然と口から漏れた言葉だった。

そして――風が運んだ決して耳に届くはずのない小さな声。しかし火染椿の耳には確かに聞こえる音として届いていた。

「呼んだかよ、愛娘(リリカ)

 五年前にできなかった返事を、今ここで誰にも聞かれることのない声で応える。

 あの日とは違い、澄んだ青空がどこまでも広がっていた。火染椿は吹き抜ける風にあの時の情景を思い出し、そっと笑みを浮かべては夏の終わりを感じさせる虫の鳴き声にしばし酔い痴れていた。


言いたいことは前書きとほぼ同じ。ここでは違うけど本来の主人公は見百合君ですよ~^^;

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