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前編

連載に詰まって、つい浮気しちゃいました。

私の名前はユミル。名字はない。多分17才。多分っていうのは、私は孤児院育ちだから。赤ちゃんの時に孤児院の前に捨てられていたんだって。私の名前を書いたカードと、少しのお金と手紙と一緒に、私は毛布にくるまって孤児院の玄関先で大泣きしていたらしい。

孤児院には、私の他にもそんな境遇の子は何人もいた。だから、寂しいとは思わなかった。たまに母親の温もりが欲しくなった時は、シスターに抱き締めてもらって、一緒に眠った。

孤児院の皆やシスターはすごく優しくて、私は皆が大好き。血は繋がっていなくても、胸を張って「私の家族!」って言える。


お金がなくて多少貧しい生活をしていても、孤児院にはいつも笑顔が溢れていて、私たちは幸せだった。


その幸せにヒビが入ったのは、今年の春のこと。私の住む国で、内乱が起きたのだ。


私の住む国は、2つの人種が住む国だった。一つは人間。もう一つは、エルフ。緑豊かなこの国は、エルフが住むには好条件で。人間とエルフ、お互いに住む場所を二分し、必要以上に干渉しないように程よい関係を保っていた。


その関係が壊れたのは、領主のある命令のためだった。


国が近年まれに見る大不作に襲われた。国王が蓄えてあった国の食糧庫から国民に食糧を配布し、近隣の国に援助の要請をするなか。

私の住むポポンタ村は食料がほぼ尽きかけていた。なんせ、ポポンタ村は辺境に位置するド田舎の村。人間とエルフの住み処を別つ、境界線の役割を果たす大森林のすぐ横にあるのだ。隣村までは馬車で2日かかる。王都から援助物資が届くまで、余裕で一週間はかかってしまう。


とんでもない、ド田舎なんです。


そこでまた領主の発言になるのだけれど。あの馬鹿領主、なんとこともあろうにポポンタ村の住民にエルフの住み処から食料を奪ってこい、なんて抜かしやがったの。食料を分けてもらうんじゃなくて、奪ってこい、だよ。前から無茶な税の取り立てとか意味わかんない法律を作ったりしてた奴だから、村の皆は呆れ返っちゃってる。驚くほどに人望がない。ついでに毛もない。

このあまりな領主の命令に、困り果てた村人たち。そりゃあそうだよね。実は こっそりと交流してて、仲良しになったエルフの人たちから食料を奪え、だなんて。

でも一応、あんな奴でもリョウシュサマ。命令に背くわけにはいかなくて…


そこでポポンタ村の皆で話し合って、エルフたちを襲って、食料を奪ったことにしよう!てことになりました。

もちろん、話し合いにはエルフの長とその腹心も参加して、了承の上での決定。よし、じゃあ早速食料持ってこようかな、なんてエルフの長が腰を上げた時。


「大変ですよー!」


私より一つ年上で、孤児院での姉のような存在のアリア姉が、長い髪を振り乱して駆け寄ってきた。おっとり屋さんなアリア姉がこんなに取り乱すなんて、滅多にない。話し合いのために集まっていた村人やエルフたちが何事?とざわめいていると、息も切れ切れにアリア姉が叫んだ。


「兵が、この村に向かってきてます!!皆、武装して…っ、エルフさんを、やっつけに来たのかも知れないですっ!!早く、逃げてください!」



アリア姉の言葉に、空気が張り詰めた。

エルフの長はすっと立ち上がると、


「私たちは、住み処に戻ります。兵がどれ程の強者揃いかは知りませんが、あまりに無礼を働いたならば、我々もしかるべき措置をとります」


言って、私たちに笑みを向けた。口は笑っていても、目が笑ってない。かなり怒ってるみたい。怖ーい顔をしている。側に控えていた腹心たちも彼にならって、すっと立ち上がる。


「ああ、そうでした」


長は村長にちらっと視線を向けると、


「ポポンタ村には、何かしらの方法で食料を必ず届けます。今日中には難しいかも知れませんが…遅くとも、明日太陽が山に隠れるまでには、皆さんにお届けできるでしょう。…私たちは人間は嫌いですが、ポポンタ村の人間は好ましく思っていますからね」


長の優しい笑顔と、その言葉を聞いて、村長と村人たちは、ほっと胸を撫で下ろした。


嬉しさで感極まった村長は、涙を流しながら抱きつこうとしたけど、長は目にもとまらぬ速さで身をかわした。勢い余った村長がずっこけて、泣きながら「心の友よー!」なんて言って再度アタックしてたけど、長は「やめてください。エルフは愛する者にしか抱擁を許しません」とか言って、さっとかわして住み処に帰っていった。…私、こないだ長と、私がお姉さんと慕っている孤児院のシスター、シルヴィア姉が抱き合ってるの見ちゃったんだけど。


あらら、二人ってそうだったんだ…


私がぽかんとしているうちに、腹心も後を追ってすぐに姿を消した。



村長はエルフたちがいなくなると、表情を引き締めた。兵を迎えるために。










やっぱり、あの兵は領主が差し向けたものだった。国王には内緒で事を運びたいから、領主の持つ訓練を受けた兵じゃなくて、ごろついた傭兵を雇ったらしい。通りで、やたらと下品で粗野で荒くれものばかりだと思った。


傭兵たちは、村長の家と上役の家に泊めることになった。仕方ないよね、この旅人も訪れないド田舎に宿屋なんてないんだもの。


今夜は作戦会議を開いて、いかにしてエルフの住み処に攻めいるかを話し合うんだって。

村長も傭兵たちの手前、戦う姿勢を見せているけど。傭兵が酒場に行って、奥さんと二人になると、「本当は嫌なんだよー。許してくれ心の友よー(泣)」って奥さんに泣き付いたんだって。朝、水を汲みに共用の井戸に行ったら、奥さんに愚痴られちゃった。他にも、村長の情けないところとか、長とは長い付き合いでウンタラカンタラとか、色々話し込んじゃった。

これぞまさに、井戸端会議ってやつかな?


ここまでは、普通だった。これから戦があるのかな、なんて漠然とした不安はあったけど、長の言葉を信じてたし。なんだかんだで村長も頼れる存在だから。なんとかなる、って思ってた。




問題はこのあと、水を汲んで孤児院まで帰るときに起こった。






「よう姉ちゃん、一人なのかい?」


野太い声に眉をひそめながら振り替えると、ニヤニヤした下卑た笑いを浮かべる男が二人。

朝っぱらだというのに、二人とも赤い顔をして、酒臭い。

朝から飲んでいたのか、それとも昨日から飲み続けているのか。どちらにしても、こんな野蛮な印象しか与えない傭兵とは関わりたくなかった。


「…今は一人ですけど、家がすぐそこなので」


言外に、すぐ近くに人がいるから怪しいことするなよボケ、と含ませてみる。でも男たちはニヤニヤ笑いを止めないし、私を頭から脚の先までなめ回すように見てくる。すんごく気持ち悪い。


孤児院はもうすぐそこ。走って帰りたいけど、水桶を持っているから、そうもいかない。



「姉ちゃん、なかなか可愛い面してるじゃねえか、ちょっと相手してくれよ」


それに傭兵二人が私を挟んで、両側から話しかけてくるし。うざいし、臭い。勘弁してほしい。


私が無視して歩き続けているのに、傭兵は懲りずに話しかけてくる。…困ったな、もうすぐ孤児院に着くんだけど…こんな傭兵二人引き連れて、あそこに帰りたくない。

孤児院にはまだ小さい子もいるし、シスターたちもアリア姉も美人だ。絶対にこいつらに目をつけられてしまう。他にも女の子は何人もいるし、傭兵がいつまで村に滞在するのかもわからない今、下手に引き合わせたくない。


私は幸い、足が早い。村で一番と言ってもいいくらいに。気持ちが決まったら私は、水桶を足下に置いて、軽く屈伸運動をする。



「おっ、なんだ姉ちゃん相手してくれる気になったのか?」


何を勘違いしているのか、傭兵二人が下品に笑う。ぐへへ、なんてセオリー通りの笑い声、止めてよね。



両側に立つ傭兵から一歩後ろに下がって、よしっ、と気合いを入れて。私は逃げた。





「なっ!?待てこのアマっ!」


「逃がさねぇぞっ!!」


野太い怒号を聞き流しながら、私は駆け出した。







必死こいて駆けながら、私は早くも後悔していた。そういえば、あいつら“傭兵”だった。


私は脚の早さが自慢だけど、持久力は年相応しかない。なんていうか、やっぱりバテてきた。


対する相手は酔っていたとしても、戦いを生業としてきた猛者。体力があって、身体も利く。


引き離した距離は、みるみるうちに詰められてしまっている。

このままでは追い付かれるのも時間の問題。もし捕まったら…




うわぁ、怖い。考えたくもない。


私は張り裂けそうな心臓を奮い立たせながら、最後の希望とばかりに、大森林に突っ込んでいった。

この森は樹木が鬱蒼と生い茂り、よそ者を拒む雰囲気満点の森だ。初めてこの森を見た人は、あまりの雰囲気に入るのを戸惑う。しかも、この森はエルフの住み処への入口なのだ。今回エルフの住み処への侵略を目的として雇われた傭兵たちが、軽々しく大森林に入ってくるとは考えられない。


勝った、と思い茂みに転がり込んでぜえぜえ呼吸を整えていると、



「って、えぇー!?」



あの傭兵たち、少しもためらわずに突入してきちゃったよ!?


まだ息も整わず、足もガクガクになっちゃってる私は、焦りながらもなんとか立って走り出そうとする。でも、もう身体が限界だったみたい。足が立たないし、苦しくて這いずることしかできない。

それなのに、



「おい、いたぞ!!」


「手間かけさせやがって!!」



無情にも、見つかってしまったみたい。草を掻き分ける音と、ドカドカと土を踏みしめる乱暴な靴音が近づいてくる。





ああ、ごめんなさいシスター。私、もうだめみたい。



あんな下品な傭兵に捕まったら、何をされるかなんて容易に想像がつく。あの怒り様からすると、もしかしたら殺されるかも知れない。

あんな奴らに!

悔しくて、握りしめた拳を、地面に叩き付けた。


「あのアマ、まだ逃げる気だぜっ!」

「女にしちゃあ、タフじゃねえか。おもしれえ」



…えぇ?私、ここにいるんだけど…?


不思議に思って、草に身を隠しながらのぞき見ると。

バタバタ駆けていく傭兵と、軽やかに走り去る「私」の後ろ姿が見えた。あれ?…私?


なんでー?とハテナを飛ばしていると、肩に黄色い小鳥がとまった。


「私です。エルフの長です」


「あぁっ?!いつの間にそんなお姿に?」


「これは変化です。…貴女を助けましょう。奴らが幻影に捕まっている間に、貴女はこの森を抜けなさい」


「この森をですか?でも、ここは人間は通さない森なんじゃ…」


大森林はエルフと動物しか受け入れない。人間は自然を壊す生き物だから、木々たちに嫌われていて。木々たちは、人間が奥深くまでわけ入ることを許さない。


「道案内がいれば大丈夫です」


ひらりと、長は私の肩から飛び立つと、森の奥へと飛んでいく。私も慌ててそれに着いていった。


「長ー、なんで鳥なんですか?」


「今、エルフと人間が一緒に居るところを見られては、まずいのです。」


なるほど。だからわざわざ鳥に変化して逃がしてくれているんだ。でも、長。この方向って…


「長、孤児院に戻りたいです」


「孤児院へは戻りません。戻っても誰もいませんよ」


「えっ?それは、どういう…きゃっ」


あんなに走ったあとだから、足がもつれて、何にもないところで転んでしまった。


「仕方ありませんね…シルヴィア以外の人間と肌を合わせるのは好ましくありませんが…仕方ありませんね…」


「卑猥な言い回しはしないで下さい。ていうか、やっぱりシスターとできてたんですね!しかも渋々だからって、同じこと二回も言わないで下さいよ!失礼な、ぁああ~っ!?」


ぶちぶち言う私を、今度は真っ白な馬に変化した

長が首で抱え上げて背中に乗せた。視界がグリンって回転しちゃったよ。


「孤児院の皆さんは、エルフの住み処に避難させています。なので孤児院へ行っても意味がありません」


「さようですか…ありがとうございます」


カッポカッポ、と蹄が鳴る。歩かなくて良いから、かなり楽ちん。でも、長…



「隣国に向かってません?」


「ばれましたか」


ヒヒーン、といななく長。そんな馬っぽいことしても、誤魔化されませんよ!!


「私もエルフの住み処に連れていってくださいよ!」


「それはいけません」


「何故ですかっ!?なんで私だけ…」


「今、住み処に居るエルフは、男性が圧倒的に多いのです」


突然言われたことに、きょとんとしてしまう。


「…それが、何か?」


「人間との戦の気配に、皆気が立っています。…年頃の乙女が長く住むには、少し物騒でしょう」


「はぁ…」


エルフでもそういうことってあるんだ、って思っちゃった。だって、エルフって皆綺麗でストイックな雰囲気なんだもん。


「ユミルは、エルフの婚姻の証を知っていますか」


婚姻…結婚の証か。うちの村では、両親に紹介して、村長にお互いの愛を誓い合って、指輪を贈り合うんだけど。エルフの婚姻の証って…?


「くちづけ、です。それだけで婚姻は成立します」


「くっ、くくちづけですか、それはまた何とも…かんた、いえ、かんけ、いえ…ピュアですねっ」


簡単で簡潔で良いですね!!なんて口から飛び出すところだった。こんな話、孤児院の女の子とだって恥ずかしくてしたことないのに。


「そうです。簡単にできてしまう。それ故に、エルフはくちづけを大切にします。ごく限られた者にしか触れることもしません。」


そうなんだ。…それなのに、肌と肌を合わせてくれてありがとう。長。


「でも、それと私が住み処に入れないのと、どんな関係があるんですか?」


何故?という疑問をぶつけてみると、長はふう、と溜め息をついた。



「住み処には男性が圧倒的に多い。そう言ったでしょう。もし万が一、貴女を欲しいというエルフが現れたらどうしますか」


「まっさかぁー、私をですか?そんな冒険家はいませんよ!それに私はまだ結婚とか興味ないので、諦めていただきますよ」


私は良くも悪くも平凡な人間だと自負している。今まで生きてきて言い寄られたこともないし、それにエルフは人間なんて眼中にないはず。長の杞憂に過ぎない。私はおどけて笑いながら否定した。


「エルフは一途です。一度その人を欲しいと思えば、振り向いてくれるまで思い続けます」


「へぇー、純粋なんですね」


少女まんがみたい。


「しかし、純粋が故に狂いやすいのです。愛しているのに、その相手が結婚なんて興味ないの。諦めてもらうわ等と言って、のらりくらりと自分から逃げたら、どうでしょう。」


どうでしょう。って言われても…普通、諦めるよね?脈なしなんだもん。


「エルフはそこで諦めません。一途な愛から執着に変わります。そこで、無理矢理くちづけをし、婚姻にこぎつける者も少なくありません」


「こ、怖いですね…」


ちょっと、引いちゃうなぁ。綺麗だと思ってたのに…病んでるんじゃないかな、うん。


「それがエルフ同士なら問題はないのです。エルフの女性は強い。婚姻をせがまれても、相手を半殺しにすれば執着から解放されます」


あ、一応逃げ道はあるんだ。よかった。


「しかし、人間は非力すぎます。武器がなければエルフを傷つけることすらできません。…人間の乙女が武器が手にしたとしても、エルフにしてみればさほど問題はありませんね」


…エルフと人間の間に、そこまで戦力の差があっただなんて。今回集まった傭兵たち、勝てるのかな?私としたら、早くぶち倒されて田舎に帰れ!!っていうのが正直な気持ちだけど。


「でも、さっきも言いましたけど、私なんかを女性としてみるエルフなんていませんよ。平凡過ぎてエルフも素通りです。だいたい、異種族間での結婚なんて、めーーーったにないじゃないですか」


「…ユミル、貴女は一度鏡をじっくりご覧なさい。まあ、その話は今は置いておきましょう。この騒動が落ち着いたら、私とシルヴィアは婚姻を交わす予定です」


「えぇっ!?初耳ですよー」


「人間の婚姻の証しに従って、密かにプロポーズや新居の手配、式の次第などを練り進めて、全てが成ってからシルヴィアとくちづけをする手筈です」


「え、全てが成ってからって…まさか、シスター本人にも秘密なんですか?」


まさかね、お家とか式とか、すごく大事なことじゃない。一人で全部決めちゃうなんて、あり得ないよね。


「彼女にはまだ告げていませんよ。何も」


「…何も?」


「ええ」


それがなにか?みたいなお返事でしたけど。


「あの、それはちょっとどうなんでしょうか。シスターだって、お家とか式とかに理想と夢を持っていると思うんですけど…」


当然の疑問をぶつけてみると、


「それについては心配ありません。彼女の理想を根掘り葉掘り聞いてあります。私はそれを実現したまでです」


心なしか、馬になった長のたてがみがシャキッとしたような気がする。


「それに、ここまで準備をされたらプロポーズを断るなんてできないでしょう」


シスター、愛されてますね…プロポーズを了承したらすぐに式を挙げられて、すぐさま新居にさらわれそう。外堀から埋めるって、こういうのを言うのかな?…長、さっき自分で言ってたエルフの執着の強さを、まざまざと見せつけられた気分です…


げんなりとしてしまった私は、このあと何も話す気になれなくて。大人しく長の背に乗って、カッポカッポと連れられていった。


しばらく行くと、森の終わりが見えた。広い草原に、あと一歩で踏み出すというところで、長は足を止めた。


「ここから先は隣国になります。貴女はこれから彼の村で暮らすのです」


「…彼?」


ブルル、と長が鼻を鳴らして首を向けた先には、大きな石に座っている男の人。日の光りをキラキラと反射する輝く金髪と、空を閉じ込めたような、透き通った青い目のイケメンがこっちを見ていた。…何故だか、ビックリしたみたいに目を見開いて固まっているのが気になるけど。


「彼はエルフと懇意にしてくれている村の者です。村に話は通してあります。貴女の村が落ち着くまで、面倒をみてもらってください」


人間の何倍も悪意に鋭いエルフが信頼するってことは、信じても大丈夫ってことだよね?じゃあ、お言葉に甘えてお世話になってしまおうかな。


長の背中から一息に飛び降りて、お礼を言う。長は軽く頷くと、くるりと向きを変えて森に帰っていく。


「式には呼んでくださいよねーっ」


遠くなる長の背中に叫ぶと、馬のさらさらストレートの尻尾を左右にふりふりしてくれた。

おう、まかせとけ。って意味かな。



長の姿が見えなくなるまで見送って、私は相変わらず固まっていたらしい男の人のもとに駆け寄る。


「こんにちは。ユミルです。これからよろしくお願いします」


笑顔で言って、握手を求めた。


「…………」


男の人はハッとした顔をして、握手をしてくれた。

何にもしゃべらなかったけど、握手をした手をまじまじと見て、もう一度私を見た。


あれ?…私の手、泥かなにか付いてたかな?


申し訳なく思って、彼の手をのぞきこんでみたけど、全然汚れてなくて。指が長くて骨太な感じの、いかにも男の人ってわかる手だった。


「格好いい手ですね」


そう言ったら、手がみるみるうちに赤くなってきた。あれ、と思って顔を見ると、こちらは更に赤かった。…しまった。男の人に言う言葉じゃなかったかな。しかも手が格好いいなんて、変だったかな。


「…案内する。着いてきてくれ」


怒ったかな?なんて思ってちらちら見てたら、男の人は急に後ろを向いて、歩きだした。


私も遅れないように着いていく。


歩きながら、大森林をちら、と目の隅におさめて。


シスター、早く長と結婚できるといいね。なんて考えながら、彼のあとを追いかけた。






















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