ある麗らかな昼下がり
ある意味、いつものパターン的な日常風景です。
「きゃあ―――――――!」
ある日の麗らかな昼下がり、唐突に響くこの世の終わりかと思うほどの叫び声に、惰眠を貪っていたサガラは飛び起きた。
「何事だ!?」
声がしたのは台所。
そこには、硬直し青ざめたユーミが立ち尽くしていた。
「サ、サガラ」
自分の名を呼ぶその声はか細く震えており、尋常ではない。
「なにがあっ……」
訝しみながら近づいたその時だった。
「っ!!」
「なっ」
突進する勢いで、サガラに抱きつき縋るようにその身を寄せる。
触れた体は細く柔らかく、しかも何か菓子を作っていたのか、ふわりと甘い香りがサガラの鼻孔をくすぐる。
「サガラァ」
甘えるように名を呼ばれ、見れば潤んだ瞳で自分を見上げている。
「ばっ。お前、ど、どういうつもりだ!?」
「嫌! 離れないでよ」
ユーミはサガラに抱きついたまま、離れようとしない。
「……」
あまりの事態に、サガラは混乱し頭を抱え、一つの結論に達する。
(ああ、そうか。これは夢なんだな。うん)
ここ最近、妙にユーミを意識しだしている自覚がある。
だからこんな、理性を試されるような夢を見ているのだろう。
と、サガラは無理矢理納得する。
(いや、待てよ。夢なら、別に理性とかいらねーだろ。別に少し触れるくらい……)
胸を高鳴らせ、恐る恐る手を伸ばしかけたその時だった。
「い、いやぁ!! こっち来る! サガラ、何とかしてっ」
「は? なっ、うわっ」
邪な想いに気をとられていたサガラは、唐突にユーミに押され、バランスを崩し、こけて四つん這いになる。
「!!」
そしてすぐ目の前にいる、こぶし大はあろうかという虫と目が合う。
「それってクモだよね!? この世界のクモってそんなに大きいわけ? 無理。本気で無理。お願いだから、何とかしてっ」
半泣き状態でユーミはそう叫ぶ。
「……」
「……」
此処に来て、やっと事態を飲み込んだサガラは、虫と対峙したまま項垂れる。
つまり、ユーミは虫に驚き悲鳴を上げ、自分に抱きつき離れずにいた。
ただそういうことだ。
「ありえねーだろっ」
ガシッと、虫を一掴みし、外へと勢いよく投げ飛ばした。
「すごい! サガラ、ありがとう。助かった」
キラキラと澄んだ瞳でほほ笑み無邪気に礼を言うユーミ。
(最悪だ)
邪な想いに駆られ、うっかり手を出しかけてしまったサガラは、自己嫌悪に駆られ項垂れる。
「サガラ、もしかして具合でも悪いの?」
そんな想いなど知るはずもなく、ユーミはキョトンとした顔で、サガラを覗き込む。
「何でもねーよ」
「?」
ボソリと“不可抗力だ”だとか“未遂だから”などと呟くサガラに、ユーミはただ首を傾げるのだった。