進化
顔を合わせるのはこれで二度目だろうか。
あの日見たのと変わらない、人殺しの目。
———俺は、変われているだろうか。
ただ一つ分かることは、俺はお前を許さない。
村の長、マカミと山の長、熊がいま向き合った。
しかし、この熊はただの熊ではない。
他の熊よりも男周りも大きい。
一見すれば山とも見えるその巨体を覆う毛皮は厚く硬い。
もっとやばいのは爪や牙といった類。
どんな石よりも切れる。
これに当たれば一溜まりもない。
そんな恐怖の塊に対して最初にした行動はタックルだった。
その姿はまるで相撲。
普通、山と人だ、勝てるわけがない。
しかし、類い稀なる腰の重さと餅のような筋肉でなんとか残ってみせた。
そこからは数十秒の拮抗が空間の雰囲気を支配した。
その雰囲気に呑まれまいと村人たちは奇声を上げる。
それは死への覚悟とも言えるかもしれない。
村人たちは相撲している熊に対し矢や斧、剣などを滅多刺し。
しかし硬い毛皮で跳ね返されてしまう。
それでも負けじと刺し続けるのは己の弱さの証明か、はたまた負けず嫌いという名の無謀か。
流石にそろそろマカミも吹き飛ばされてしまう。
勝ったと言わんばかりに熊は大きく吠えた。
怯むことなく陣形を組み、矢を放つ。
空間を割きながら突き進むその矢に今までの恨みを乗せて。
しかし、やはり毛皮は通さないし、通ったところでへっちゃらって感じ。
矢を放つことをやめる者が現れてもおかしくはないこの状況で弓から手を離した者は一人としていなかった。
マカミはこうなることならば予想の範疇だったのかもしれない。
待っていたかのように、奴が、矢なんて効かないと言わんばかり吠えた瞬間を狙い、誰にも引けない弦を引き、美しく照り輝く黒曜石の先端をやつに向け放った。
その矢は誰が放った矢より数段速く、空間の渦を巻いて奴の右目玉に突き刺さった。
流石に効いたか、ジタバタと暴れている。
いやしかし、その威圧感は褪せることがない。
我々は犬を放った。
あれを餌だとは思えないだろうが、本能で食いたがるはずだ。
その犬と犬の隙間から俺は矢を通し、奴の腹に突き刺した。
しかし浅い。
犬たちは唾液をダラダラ溢して鋭い牙を突き立てたが、健闘虚しく、一振りで過半数が吹き飛ばされて死んだ。
しかし数秒でも隙はできた。
矢を、とにかく矢を撃ち込んだ。
全方位射撃だ。
それでも奴は立っていた。
我々はここにきてようやく火を焚いた。
奴は片目を失っている。
こちらが有利!
よってたかってのこの攻撃、奴は吠えることしたできずにいる。
なんとその咆哮が我々の鼓膜を潰すとは夢にも思わなかった。
平衡感覚が歪む。耳鳴りがひどい。
ただ、吠えただけだろう?
なぁんでこうなるのぉ???ずるいだろうが。
奴は一人一人、その強大な爪で顔を刈り取った。
俺の前に見知った顔が落ちている。
それでも矢を放ち続けるのは、
———希望なんだ。諦めないということは恐怖への勇敢な抗いなのだ。期待なのだ。
俺は俺の心を殺さない。
「よぉ」
平衡感覚がなくなり膝が崩れた俺の前に奴は死神のように立ちはだかった。
「久しぶりなんだから目線くらい合わせろっっっ!!!」
奴はずどんと地に伏せた。
「ようやく、ようやく廻ってきやがった。普通即死なんだ。この毒は」
以前、俺はこの山で紫色の花を見つけた。
それを村に持ち帰ると、珍しがった者が触って食べた。
目撃者によるとその男は即死だったそうだ。
「お前にも効くと思った!!
お前より俺は危険な男!!!」
吠える気力もなくなったか。
しかしその目は、俺と同じ諦めない目。
「いいぜ。どっからでもかかってこい!」
奴がとった行動はただ一つ。突進。
目標は勿論、俺だ。
——知っていたさ。だからこうして弓を構えてる。
全てに終止符を打つ音が鳴り響けば、奴の頭蓋に毒塗れの黒曜石が突き刺さっている。
それでも尚、突進をやめない。
急激な方向転換。目指す場所は村。
「お前はそういう奴だったなっっ!!」
俺は走って奴を追いかける。
その時ふと俺は村を守らなければと思った。
何故かはわからない。
しかし、リーダーだとかそういうことじゃあなくて、話したことのない奴らもいるくせして、守らなきゃあいけないと思った。
これが繋ぐってことなのか。
息子がいる。沢山の息子がいるんだ。
「てめぇ、どこ行くんだよぉっっ!!」
相撲二回戦。激しい骨と骨のぶつかる音が鳴っている気がする。
———こいつ、さっきより力が強くなっていないか。
このままじゃ押し潰される。
———こいつ、爪で俺の身体を抉ってきやがる。
骨が軋む。いやもう折れてる。これは、どこかに深く刺さっている。
吐血が止まらない。
———終わって堪らない!!!!
叫んだ。とにかく叫んだ。叫ばなかったら痛みでどうにかなりそうだから。
「あ゛あああああぁぁぁぁぁああぁぁ」
膝から骨が突き出てくる。
足が圧縮されてべこべこだ。
「残った!!!」
やつも相当吠えているのだろう。
俺の顔を奴は噛んだ。
———だからなんだ。
奴の牙が目玉に突き刺さる。
———だからなんだ。
こいつ、相当毒が廻ってやがる。
「その威勢は弱さの表れか!?」
お互い、どんどん力が弱くなっている。
どっちが先に倒れる?
俺か、お前か。
「あばよ」
俺もそろそろ死ぬな。
死についてあまり考えたことがなかった。
安心しろ。俺は呪ったりしないから。
———こうして繋がっていくんだな。こうして、俺は忘れられ、次の世代が生きていくんだ。
これが生きるってことなんだ。嫌だなぁ。
俺が死んでも世界は何年も何年も続いていく。
俺は全ての息子たちを愛するよ。
あぁ、我が息子、すまない。
君だけを愛することができなかった。
全ての息子よ。すまない。
あとは任せるとするよ。
柄でもないな全く。我が子たちに幸運を。
———こうしてマカミは死んだ。
後、この男と白狼は神として奉られることになる。
それはまた別の話。
———時は流れ、626年
とある男が誕生した。
それは陰謀渦巻く勇気と裏切りの物語。




