港に残るもの
夜と朝の境目は曖昧で、波の音がやけに静かだった。
港の灯りはまだ眠りを引きずり、海の色は決めかねていた。
そこに留まる一隻の船は、静かな港に低い音を響かせていた。
まだ出航の合図はなく、甲板には人影は見えなかった。
しかし、船の内側から、小さな子供達の声が、
ところどころ滲むように聞こえていた。
岸壁の端に、一人、立つ影があった。
その足は一歩も動かず、ただ揺らぐ波を見ていた。
時折、腕時計を確かめ、
小さく息を吐いたりを繰り返していた。
するとそこへ、規則正しい低いヒールの音が、
ゆっくりと近づいてきた。
男は海から視線を移し、その姿をとらえる。
そして、船の近くへ待機していた者へ、目配せをし、
毛布を受け取る。
近づく彼女へそれを静かに掛け、言う。
「……行けるな?」
目を瞑り、息を飲む。
「……ええ、問題ないわ」
彼女はふと、目の前の船へ視線を向け、微笑む。
すると、船内の空気が、止んだ。
「なら、任せるぞ」
彼は短く言うと、待機していた船員が声を掛け合い、
出航の支度をはじめる。
フィオーラは、ひとつ、腹を撫で、
船員と共に船へと乗り込んだ。
彼女の背が見えなくなるまで、
レオンハルトは目をそらさなかった。
そして、一歩下がり、ロープが外される音を聞く。
再度、彼は、腕時計を見る。
空は藍から金色へ、色を変え始めていた。
甲板に立つ彼女もまた、それを眺める。
そしてコートの内から一枚の紙を取り出し、開く。
「――Reyan Arclight.」
その名を小さく、噛み締めた。




