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光と沈黙の律  作者: Naë
序章
8/12

名を置く

「ありがとう」の一言で、その場の空気が柔らいだ。

けれど、Coreの灯りは変わらない。

ここは、優しさを許す場所ではなかった。




「第二便までは時間がある。

レオンハルトは私が来るまで船を待たせるはずよ」

「なおのこと、早く行くんだ。」



フィオーラは、古いファイルの戸棚に一瞬目をやった。



「いいえ………あなた、限定させる方法知らないわよね?」




静かな制御室に、低いヒールの音が規則正しく、響いた。

戸棚から何度も手に取られた形跡のある、

色の褪せたファイルを取り出し、中を開きながら続ける。



「嫁いだ時に、私見たことがあるの」

「……そんな古い物を見ていたのか?」

「必死だったもの」




それは、生き延びるためだけではない。

彼の隣に立つために、置いていかれないために。

彼女は全ての文献に目を通していたのだ。



「エルディオン、古い端末起動させられる?」

「現行の端末ではダメなのか?」

「……昔に外部メモリがあるとは思わないもの。」




彼女に言われ、少しばかり埃のかぶる古いデバイスを

エルディオンは起動させた。

数字、文字の羅列だけの画面。途切れ途切れの出力。

起動し、しばらく眺めているとひとつのウィンドウが表示された。




「……PASSWORD?」




彼は読み上げた。

心当たりがなかった。

フィオーラはファイル片手に、その画面を覗く。

そして――




「……これ、解析用じゃない。記録用ね」

「だが……パスワードを入れねば、記録も見れないぞ。」



エルディオンは、フィオーラと目を合わせ言う。

彼女は再びファイルへ視線を戻し、ページをめくった。

彼もまた、思考を巡らせ、

心当たりのありそうな数字を入力していく。

しかし、どれもこれも弾かれてしまった。





「エルディオン、これ――」




彼女は手を止め、指をさす。

ファイルの途中に、褪せた1枚のメモが挟まっていた。

走り書きで、三つのノルディアの母語。

ただそれが並ぶだけだった。




「エルディオン、見覚え………それか、聞き覚えは?」




彼女が問うと、エルディオンは目を瞑り沈黙した。





「これは……」

「ふふ、エルディオン。選ばせる言葉、それも、当主様だけへ」




彼は、彼女のその言葉で、

何か思い出したように端末へ視線を戻した。

キーボードに手を伸ばし、それを入力する。



画面が一瞬、暗転する。

やがて、静かにそれは沈黙し、新たなウィンドウが開かれた。





「先代は、遊び好きだったか?」

「……さぁ。けれど――簡単に辿り着けるものなら、

意味がないでしょう?」




そこにはさらに、暗号のようなものが、母語で表示されていた。

彼は記憶の奥底に眠る、父親の言葉を思い出しながら、

単語を入力していく。

幾度も試し、幾度も弾かれの繰り返し。

なかなか辿り着けなかった。




「エルディオン、お義父さま、

このメモの単語で何か言ってなかった?」

「……遠い昔だぞ」

「あなた、言っていたわよね? 父上の言葉だって、自慢げに」



そう言われ、エルディオンは若い頃の自分を思い返した。

フィオーラにアークライト家は研究者として立派だと示したくて。

何度も大きなことを話していた、青い自分を思い出した。




「まさか、こんな危機の中、青い自分を思い出さないと進めないなんてな」

「……アークライトらしいじゃない。

初心を忘れるべからず」




その言葉で彼は、一つ思い出し、手を滑らせた。

入力する。メモと言葉、全ての思想を繋げて、入力した。




「………開いたか」

「古語、ね」

「記録用に古語で記すとはな」




この時代には使われていない文字の羅列。

しかし、彼女の目には、要所要所、

見た事のある単語として映っていた。



「“血”、“祈り”、“継承”―― 」

「……フィオーラ、読めるのか?」

「まさか。全部じゃないけど……拾える単語はあるわ」



それから2人は、一つ一つ照合して行った。

彼女が拾い、訳し、彼が図解し、紐解く。

一つ読むたびに、理解が進むたびに、沈黙が落ちていった。

結びつく先は、とても重いものだった。




「制御方法は、機械的でないな。」

「当主としての覚悟。」




それは命令文でもなかった。

そして、手順でも、コードでもない。



書かれていたのは、

“受け入れる者の在り方”、だった。





「……限定制御は、血が必要で。」

「それに――あなた一人の話ではないわ」





接続方法は、血。

それから――意思。





「ただの研究者ではいられなくなったな。」




一つ、息を吐く。

そして、彼は、フィオーラの膨らむ腹に手を添え続けた。




「……この子の名、決めていなかったな」

「ええ。」



デスクの中から、一枚の上等な紙を取り出し、

彼はペンを滑らせていく。

書かれたそれをフィオーラへ静かに渡し、言う。




「この子と共に行きなさい……あとは私一人でやる」

「エルディオン……」

「君がここにいると、判断が揺れる。

それに、そろそろレオンもイラついているだろう?」




彼の表情は柔らかかった。

その柔らかさが、彼女には辛かった。

だけど、涙は零さない。

彼女もまた、覚悟を決めた。




何も言わない。

静かに、ファイルを置き、ヒールを鳴らした。





扉の閉まる音がその場に響く。

そして彼はその名を置いた。






――Reyan Arclight.



我が子の名を、静かに呟いた。





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