引き受ける前夜
「フリーゼル、リグを見ててね」
フリーゼルは短く、はい、と答えた。
その声は落ち着いていて、だけどまだ少年の声だった。
辺りを見渡すと、大きな帆船には、はしゃぐ子供の声と、
異様な空気に耐えられず泣く子もいた。
時は幽冬。冷えた海。
身を震わせたリグノにフリーゼルは毛布を掛けてあげた。
瞬間、遠くから大人たちの声が聞こえる。
「――様、整いました。もう出せます」
はっきりと船が出ることを認識したリグノは、抱くフリーゼルの腕を押しのけ、陸の見える位置まで移動した。
こちらを見上げる、母の顔。
その表情には涙はなく、優しく微笑むだけだった。
「………ママ」
その声は、波の音と船の低い音に掻き消されてしまった。
「坊っちゃま、そんなギリギリのところは危ないです」
毛布片手に追ってきたフリーゼルは、リグノを抱き、
陸で見守る母イザベラにしっかりと頭を下げた。
だんだんとその姿は小さく、見えなくなってしまった――
甲板中程へ戻ると、イザベラが子供達一人一人に寄り添って、
お話をしながらクッキーなどを配っていた。
それに笑顔を向けた子供達は、次々と船室の方へ移動を始める。
そこにはもう、泣く音は聞こえなかった。
船室の中は、静かだった。
泣き疲れた子供達が身体を寄せ合い、眠りについていた。
リグノも例外でなく、フリーゼルの腕の中で眠っている。
船内に響くのは一定のエンジン音。
ふと、フリーゼルは船の小さい窓から外を見ると
そこには夜空が広がっていた。
彼は眠らなかった。
寝息を立てる子供たちの中で、
ただ一人、目を閉じなかった。
フリーゼルは、腕の中の重みを確かめるように、
ほんの少しだけ力を入れた。
眠っているはずのリグノが、小さく息を吸い、
喉の奥で音を鳴らす。
言葉にはならない。
名前を呼ぶほど、はっきりした声でもない。
それでも――
フリーゼルは、聞き逃さなかった。
彼は視線を戻し、
もう一度、夜の外を見た。
暗い海と、動かない星。
船は静かに揺れながら、止まることなく進んでいる。
フリーゼルは、その事実だけを胸に留めて、
目を閉じなかった。




