沈むのは、街だけでいい
街の空気が冷える。
冬より深い静けさに包まれて。
そこには静けさに反して、声が響いた。
「報告を聞こう。」
その声には、迷いがなかった。
ノルディア王国、北の王宮。
氷壁と深い蒼の旗に囲まれた玉座で、
アウグスト王は、光塔から届いた“異常通知”を、
ひとつの答えとして受け取っていた。
「……都市が沈みました。」
エルディオンは形式も礼も忘れ、通信の向こう、
ホログラムに映る王へ、短く言った。
玉座室が凍る。
王は眉一つ動かさず返した。
「沈んだ。しかし止まった、だろう?」
「はい。ですが……次は止まりません。」
光脈の黒化ログを送り込む。
【次回臨界予測値:728日】
アウグスト王は目を閉じ、長い沈黙を落とした後――
「フィオーラは?」
「安定しております。ただ、妊娠による危険性が……」
「子供は?」
エルディオンは迷わなかった。
「――この都市に生まれます。」
静寂が走った。
そして王は低く命じる。
「ならば聞け。
直ぐに、年少者、妊婦をノルディアへ帰還させよ。」
「年少者、妊婦……をですか?」
「ルミナス中の子供達、胎児を含め全員だ。」
王は空を見上げ、
古い祈り文句のように言った。
「沈むのは街でいい。
子らまで沈める必要はない。」
それが、都市の未来を決めた最初の政治判断だった。
この日を境に、
ルミナスは死へ向かい始めた。
◇ルミナス政府・臨時布告
【L.C.463年/冬期】
・修学児童、未就学児童、胎児を対象に
北大陸ノルディア王国へ安全輸送
・対象地区:ノルディア領ルミナス市全域
・保護理由:文化交流教育――
民間向けに真実は伏せられた。
親達は泣き、驚き、怒り、喜びーー
都市は混沌に沈む。
だが、研究塔の人間だけは知っていた。
それは、都市の死を前提とした避難だった。




