沈黙の前の呼気
第七観測区〈Silent Heart〉は、静かすぎた。
揺らぎは止まらない。
だがーー沈まない。
都市全体が沈降を始めたかに見えた瞬間、
光塔の脈動が突然“戻った“。
黒く染まりかけていた光脈が。
金色にーーゆっくりと巻き戻る。
研究員達は一斉に息を吸う。
「……戻った?」
「沈降値停止! 傾斜ゼロ! 地盤安定!」
歓声は上がらない。
誰ひとり安心しなかった。
フィオーラは隔壁にもたれ、息を荒げる。
胎内の命が震えているがわかった。
光脈の乱れはーー消えていない。
ただ“潜った”。
光塔全体に金光が走る。
都市の揺れが止まり、建物が静止する。
まるで何もなかったかのように、
都市が息を整えていく。
ただ外ではーー
民衆が悲鳴を飲み込みながら空を見ていた。
巨大都市ルミナスは、
ほんの数秒だけ揺れた。
ほんの数秒だけ沈んだ。
だがーー落ち切らなかった。
光塔から、機械音声が響く。
【安定域ーー確保】
……嘘だ。
誰よりも知っている。
これは安定ではない。
ーー“沈黙の前の吸気”だ。
エルディオンは、手を震わせた。
「……Coreが自律調整に入った?」
研究員が振り向く。
「どういう意味ですか、主任!?」
「制御系が我々の命令ではなくーー
自分自身の判断で修正した。」
それはありえない。
Coreは道具。心なんてない。
だがフィオーラは分かっていた。
震える声で呟く。
「……Coreは、沈む準備を始めたのよ。」
研究所全体が凍った。
「沈降ではなく、
“沈む位置を計測した“。」
都市全員が、
その意味を理解できないまま沈黙した。
そしてーー
外の空は、
さっきまでとまったく同じ青。
揺れは一瞬。
沈降は寸止め。
被害はゼロ。
死傷者もゼロ。
ただ、記録だけが残った。
【世界初の
光脈律崩壊シグナル】
しかしその記録は、
すぐに各国政府に封鎖される。
ニュースはーー
“SYSTEM MALFUNCTION”
ーー機器誤作動、の一文で終わった。
民は忘れる。
都市は眠る。
誰も騒がない。
だが。
光塔の内部でだけ、
光脈ログがひとつ点滅していた。
【沈降予測時間値:728日】
ーーL.C.463。
ルミナスはまだ死んでいない。
だけどもう、死に始めていた。




