あたたかな香り
ここまで来る道中は、辺り一面真っ白だった。
船を降りてから何に乗り、何に揺られていたかは覚えていない。
誰かに抱かれていた気もするが、顔は思い出せなかった。
気がついたら、そこは知っている“家”とは違う。
それでも、“家”に似た空間だった。
体が、ふわりと浮いていた。
体が、誰かの腕の中にあった。
足が、床に届かない。
そして、海の匂いがしない。
そのことに、少しだけ息が楽になる。
声が、下で鳴っていた。
同じ高さのところに、
船で一緒だった兄さんがいた。
こっちを見ている。
その向こうで、
黒い服の人たちが、たくさん立っている。
みんな、静かに、頭を下げた。
「……本当に、泣かない子だな」
同時に、彼は大きな手で、頬を優しく触れた。
眉を一瞬下げ、続ける。
「兄貴の子だ。」
頭を撫で、彼は奥へと行ってしまった。
角なく丸い、ヒールの音。
音は静かに遠くへ伸びていく。
揺れるも変わらない景色。
大きな窓から覗く外は、変わらず白い。
次に目に入ったのは、橙。パチパチ、と音が鳴った。
肌を撫でる空気が、暖かい。
「……ずっと寒かったでしょう」
そっと、世界が近くなる。
足元はふわふわ、そしてじんわりとあったかい。
掛けられた毛布は少し、重たかった。
でも、いやじゃない。
見渡すと、さっきのパチパチが、火が、一定に鳴る。
誰かが、何か用意している。
それが、わかる。
そばには、さっきの兄さん。
何も言わない。
けど、どこに行くわけでもなかった。
待つ時間ということが、わかった。
だけど、それが初めて怖くないと感じた。
「……用意させてたスープ、食べられるかな?」
奥から戻った彼女は、膝を折り、目線を合わせる。
スープは優しい香りがした。
ママと同じだった。
その匂いは、鼻の奥に残った。
ゆっくり差し出されたスプーンに近づいて、少しだけ啜る。
ぴくりと、思わず腕が動く。
目の前の彼女は、笑ってくれた。
「……ママの?」
「そう……ママの、いつものレシピ」
「おいし、これ」
彼女は一緒に、美味しいね、と続けた。
湯気が、視界の端で、ゆらゆらと揺れていた。
段々と、からだの中がぽかぽかになって、
いつの間にか、目は閉じてしまった。




