第6話 次のターゲットはギャルでした
翌日、昼休み。
学食のカレーを前に、俺はスマホ画面をにらんでいた。
【共鳴値:1.1】
【契約悪魔候補:
《インク》 必要5.0/会話サポート
《ミスト》 必要8.0/感情安定 ……】
(……遠いな、5.0)
『一晩でレベルカンストされても困る。ゲームは少しずつ進めるから楽しいんだ』
胸ポケットのウォルフが、相変わらず偉そうに言う。
(で、次のクエストは?)
『そう焦るな。ターゲットは、じきに向こうから来る』
フラグみたいなことを言うな、と思ったところで。
「お、斗真じゃん。隣いい?」
トレーを片手に、明智雄大が当然のように座ってきた。ゼミ同期で、コミュ力おばけの男。
「珍しいな。学食で一人?」
「ゼミのグループチャット見ただろ。今日はみんなバイトとか。……っていうか、お前こそ」
「レポート山積みで死んでる途中」
「生きて」
いつもの軽口を交わしていると、雄大がふと顔を上げた。
「――あ、こっち空いてる?」
その視線の先から、ぱっと色が近づいてくる。
明るいミルクティー色の髪。巻いた毛先。メイクはしっかりめ。ネイルもちゃんとしてる。
制服の上からパーカーを羽織って、トレーにはポテトとパンケーキ。
「やっほー、明智くん。隣いい?」
「どうぞどうぞ。サークルの後輩。鳴海こはる」
「二年の鳴海こはるでーす。よろ〜」
彼女は迷いなく俺の正面に座った。
近い。距離感もテンションも、全部近い。
「えっと、斗真慶太です。同じ二年」
「知ってるかも。図書館でよく見るよね? 白木さんと一緒にいる人」
「っ」
いきなり本丸の名前が出てきて、スプーンを落としそうになる。
『平常心だ、恋愛スキル:0』
(うるさい)
こはるは気にした様子もなく、ポテトを一本つまんで口に運んだ。
「白木さんさ、文学サークルの部室にもたまに本置いてってくれるんだよね。選ぶの渋くて好き〜」
「そ、そうなんだ」
百合香、そんな活動もしてたのか。
と、そのとき。
鳴海こはるの足もと――椅子の影に、黒い“ノイズ”がじわりと広がった。
(……出た)
昨日、水谷さんの周りで見たものと同じ。けれど、こっちのほうが少し濃い。墨を多めに垂らしたみたいな、ざわざわした揺れ方。
『見えるか、斗真』
(見えてる)
心の中で答えると、ウォルフが静かに続けた。
『あれが次の“歪み”だな』
こはるはそんなことに気づきもしないで、雄大と楽しそうに話している。
「でさー、この前の新歓コンパさぁ――」
「また派手にやったらしいな。写真回ってきた」
「見た? あれまだマシなほうだよ〜。裏のやつはもっとやばい」
「やめろ、斗真が固まってるだろ」
「ふふ、初心くん?」
からかうように笑ったこはると目が合う。その瞬間、ノイズがわずかに濃くなった気がした。
『――感情の起伏が大きいほど、“歪み”は育つ』
ウォルフの声が、淡々と重なる。
『楽しそうに見える奴ほど、内側にストレスを抱えていることも多い。ギャップがエネルギーになるからな』
(……つまり)
『つまり、あいつも“候補”だ』
鳴海こはる。ギャル。社交的。雄大と普通に話せるタイプ。俺とは真逆の種族。
そんな彼女の足もとに、黒い歪み。
(マジかよ……)
雄大が、こはるに手を振る。
「午後サークルあるんだろ? 遅れるぞ」
「あ、やば。ありがと、教えてくれて〜。斗真くんも、またね」
そう言って、彼女は軽く手を振って席を立った。パーカーの裾がひらっと揺れる。彼女が離れると同時に、歪みも少し薄くなったが、完全には消えない。
残ったのは、妙なざわざわだけ。
「……斗真、どうした? なんか、ぼーっとしてたけど」
「いや、なんでも」
雄大をごまかしながら、トレーのカレーをかき込む。
胸ポケットの中で、ウォルフが静かに告げた。
『では、次のクエストだ』
【クエスト更新】
【ギャルの歪みを薄くしろ】
【対象:鳴海こはる】
【推奨行動:会話/ペア作業/“秘密”の共有】
『好きな子を守りたければ――まず、別の子に話しかけろ』
(またそれかよ……)
ため息が、カレーの湯気に混じって消えた。




