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恋と悪魔契約インターフェイス〜非モテ大学生、推しの歌姫を守るため世界と戦う〜  作者: 首藤蓮


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3/8

第3話 最初のターゲットは、地味子?


 翌朝、目が覚めて一番に見たのは天井……じゃなくて、頭の中のウィンドウだった。


 ――――――――

 クエスト:

 『歪みを抱えた異性を一人見つけろ』

 進行度:0/1

 ――――――――


「……夢じゃなかったか」


 ため息をついた瞬間、枕元のぬいぐるみがもぞっと動いた。

 灰色の狼――ウォルフが、片目だけ開けてこちらを見る。


「おはよう、レゾ製造マシーン」

「おはようの前に人権くれない?」

「権利が欲しければ義務を果たせ。今日から稼働だ」


 そう言ってまた目を閉じる。

 こいつ、朝に強いのか弱いのかよくわからない。


 ◆


 午前中の必修講義。

 大教室は、いつも通りのざわざわした空気に満ちていた。


 席に着きながら、俺はなんとなく教室を見渡す。

 真ん中あたりには、友達同士で固まっているグループ。

 前の方には、やる気満々の真面目勢。

 後ろには、ほぼ寝る気の人たち。


 窓際の列、三つ前に白木百合香の後ろ姿が見えた。

 いつも通り、静かにノートを出して、ボールペンを並べている。

 それを見ただけで胸のあたりがちょっと騒ぐ。


(守るためには、まず別の子を――だもんな)


 昨日の会話を思い出して、自分でもひどい構図だと思う。


『感傷は後回しだ。観察しろ』


 頭の中で、ウォルフの声だけがはっきりとした。

 机の上を見るふりをしながら、視線だけを動かす。


 教室の隅、窓から一番遠い列。

 そこに、一人で座っている女の子がいた。


 地味……といえば地味だ。

 肩までの黒髪はきちんと結ばれているのに、前髪だけ少し目にかかっている。

 細いフレームの眼鏡。淡いグレーのカーディガン。猫背気味の姿勢。

 顔は整っているけど、ファンデもほぼ塗ってないみたいで、目の下のクマがそのまま出ていた。


 モニタにかじりつくみたいにノートを見つめて、ペンを握ったまま、ふっと肩が落ちる。

 その瞬間――


 彼女の周りの空気が、ちりっとノイズを走らせた。


 黒でも赤でもない、画面に走る砂嵐みたいな揺らぎが、一瞬だけ。


「……今の、見えたか」


 ウォルフの声が低くなる。


(あれが、“歪み”?)


「軽度だ。まだ表面がざらついている程度だがな。ああいう場所から、じわじわ広がっていく」


 もう一度彼女を見る。

 名前は……出席番号順の名簿を思い出す。

 たしか――二階堂。二階堂しずく。


 講義は始まったけれど、頭にはさっぱり入ってこなかった。

 黒板の文字を写しながら、視界の端で何度も二階堂さんを追ってしまう。


 彼女はずっと無言で、時々ノートの上でペンを止めては、苦いものを飲み込むみたいに唇を噛んでいた。


『言っておくが、見るだけではレゾは溜まらんぞ』

(知ってるよ……)

『第一章のサブヒロイン、悪くない選択だ』

(選んだ覚えないけど)


 講義が終わるチャイムが鳴る。

 周りの学生たちが一斉に席を立ち、教室から出ていく。

 白木さんも、友達と二言三言交わして、すぐに姿が見えなくなった。


 ……二階堂しずくは、まだ席に座っていた。

 ノートを閉じることもなく、ペンを指で回している。


 今だろ。どう考えても今だろ。


『さあ、行け』

(簡単に言うな)


 人生で、自分から女子に話しかけた回数なんて、片手で余る。

 しかも今日は、「歪み」とか「レゾ」とかいう謎システム背負っての初手だ。


 それでも、ここで何もしなかったら――昨日の“引き受けます”が嘘になる気がした。


 椅子から立ち上がり、教室の隅まで歩いていく。

 手汗がひどい。呼吸も浅い。


「……あの」


 声を掛けた瞬間、自分の鼓動の音がやけにうるさくなった。


 二階堂さんが、少しびくっと肩を揺らして振り向く。

 近くで見ると、想像以上に顔色が悪い。


「えっと、二階堂さん、だよね」

「あ……うん。えっと、同じ、講義の……?」


 向こうも戸惑っている。そりゃそうだ。

 ここ数ヶ月、ろくに会話したことない男子に、いきなり話しかけられてるわけで。


「斗真。斗真慶太。あの、前のほうの席に……いる」

「……あ、ノート、きれいな字の人」


 思わぬところで認識されていた。恥ずかしい。


「さっき、その……なんか、しんどそうだったから。体調悪いのかなって」


 自分で言っておいて、あまりの不器用さに頭を抱えたくなる。

 でも、二階堂さんは少しだけ目を丸くして、それから申し訳なさそうに笑った。


「顔に、出てた?」

「いや、その……ちょっとだけ」

「そっか。ごめん、変な心配させて」


 彼女はノートを閉じて、胸の前で軽く抱える。

 近くで見ると、指先が少し震えていた。


「貧血、とか?」

「そういうんじゃないから、大丈夫。……大丈夫って言うと大丈夫じゃないっぽいけど」


 自分で言って、苦笑いする。

 その笑い方が、無理してる感じで、逆に心配になる。


「でも、ありがとう。話しかけてくれる人、あんまりいないから」


 その一言と同時に、視界の端で何かがきらっと光った。


 ――――――――

 対象:二階堂しずく

 歪みレベル:1 → 1(変化なし)

 共鳴値レゾ:0 → 1

 ――――――――


 レゾの数字が、ぴょこん、と1だけ増えた。


(……これで増えるのかよ)


『当たり前だ。“誰も声をかけてくれない”場所に、ひとつ線を引いた。立派なレゾだ』


 ウォルフの声が、少しだけ満足げに聞こえた。


「もし、またしんどかったら、その……保健センター、一緒に行こうか」

 言いながら、自分でも何を口走ってるんだと思う。


 二階堂さんは、ほんの少しだけ目を見開いて、それからこくりと頷いた。


「……うん。そういう日が来たら、お願いするかも」


 そのとき、彼女の後ろの空気に走っていたノイズが、わずかに薄くなった気がした。


 クエストログの端に、新しい文字が浮かぶ。


 【サブクエスト発生】

 『二階堂しずくの話を聞け』


『一人目、ロックオンだな』


 ウォルフの声は軽い。

 でも俺の胸の中は、さっきまでより少しだけ重く、そして少しだけ温かかった。

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