アクセス・ログ
午後──第零分隊 記録管理室
取り調べを終えた矢吹が、黙って室内に戻ってきた。
会議テーブルの周囲では、すでに高城、沢渡、真鍋、篠原がそれぞれの端末を前に、マティアスの供述と提出データの解析に当たっている。
「終わったか」
高城が立ったまま矢吹に声をかける。
「ひとまずな」
矢吹は椅子を引き、腰を下ろした。冷たい水をひと口飲み、机に置く。
「どうだった?」
篠原が視線だけで問う。
「伏せたがってる情報がいくつかある。あの口ぶりと目の動き……故意に話さなかった箇所が三つ。だが、そのうちの一つは、図らずもこっちの誘導で引き出せた」
沢渡が小さく笑った。「それは“突き上げた”って言っていいだろ」
「いや。むしろ向こうから言わせてほしそうだった。意図的な“受動”だ」
篠原が自身の端末を回転させ、心拍と筋電位の波形グラフを表示する。
「顔面下部の咬筋に微弱な反応。マティアス、話を遮られた瞬間だけ筋緊張を起こしてる。つまり、“そのまま話させてくれたら出していた”ってサイン」
矢吹は頷き、テーブル中央の端末にUSBを差し込んだ。
「これが向こうの提出した記録媒体。内容は断片的だが、ログの一部に『H-04』『ミナト』『非公表構造体』といったキーワードがある。国内のどこか、地下構造体の存在を示唆してる。少なくとも、外部から隔離されたアクセス領域があるのは確かだ」
「既存の防衛省管轄区域と照らした?」高城が問う。
「照合中。だが“ミナト”が地名とは限らない。コードかもしれん」
沢渡が応じる。
真鍋が一歩前に出る。「過去に似たような呼称、あったろ。北九州の事案で」
篠原が目を細める。「2016年、国土調査名目の秘密構造体建設計画。あれ、“海港”名義だった」
高城が腕を組む。「……連なってるな。十年前から、点と点で」
一瞬の沈黙が室内に落ちる。誰もが同じ思考の渦に沈む。
「マティアスが何を知っているかはまだ全部じゃない。だが、次の取り調べで踏み込めば、核心に触れる可能性がある」
矢吹が静かに言った。
「その前に、俺たちが整理することがある」
高城が口を開いた。「マティアスが提出した“アクセス・ログ”と、彼の証言。それと過去の事案──全部を照合しろ。何が継続して、何が変化しているのか。そこに“黎明の会”の影があるかもしれない」
「時間はあるか?」真鍋が尋ねる。
「矢吹が次に入るのは……20時」
篠原が時計を見た。「それまでにやれることはやっておく」
全員が黙って頷いた。
ここがゼロ隊の真骨頂。
取り調べ室とは違う、もう一つの戦場だった。
ホワイトボードには、篠原が手早く書き出した三つの項目が並んでいる
1. “H-04”──非公開構造体コード?
2. “ミナト”──地名/暗号名/人物名?
3. “アクセス・ログ”──一部のIDが日本国内から発信
「まず、“H-04”」
沢渡が手元のタブレットをスクリーンにミラーリングしながら言った。
「現時点でこのコードに該当する公式データはない。だが、2019年に海上自衛隊が“試験配備”と称して封鎖した西方海域の座標がある。座標コードが“HO4-E”だった。たまたまとは思えない」
「そこ、航空写真も撮ったはず」
真鍋が言う。
沢渡が切り替える。高解像度の衛星画像が投影される。
「2019年、封鎖初期の写真がこれ。構造物は見当たらない。でも、2021年以降はノイズ処理されてる。画像解析で補完すると──」
スクリーンに、海上に浮かぶプラットフォームのような影が現れた。
「……何かあるな。隠してる」
矢吹が呟く。
「“H-04”は、おそらくこの施設のコードネーム。外務省経由で亡命したマティアスがこの名前を使った時点で、海の向こうでも知られてる。つまり、国際的に秘匿されてない可能性がある」
高城が腕を組んで頷いた。
「次。‘ミナト’」
篠原が指を差す。
「これは、過去に国内で使用された暗号名の一つ。2016年、都市再開発の名目で進められた“多層型地下居住実験区”計画、コード“MINATO-K”。
でも、実態は“有事対応用の地下隔離施設”。いわば、“サイレント・シティ”計画の前段階だった」
「つまり、“ミナト”は概念でもあるのか」
矢吹が言う。「“港”として人と情報を隔離・保管するための構造体。その延長線上に、H-04があると」
「うん。ただし」
篠原が端末を操作し、あるフローチャートを表示する。
「この“ミナト構想”、途中で設計思想が変更されてる。最初は“災害対策”。でも2020年以降は“選別的保全”って単語が急に入ってくる。これ、おそらく黎明の会の影響を受けた部分」
高城が低く言った。「“誰を助けるかを決める社会設計”──あいつらの思想だな」
場の空気が一瞬、沈む。
「そして最後、“アクセス・ログ”」
沢渡が言葉を引き継いだ。
「マティアスが持ち出したログは128件。内訳は内部アクセス76件、外部アクセス52件。そのうちの6件、日本国内から“逆流する形”で行われてる」
「逆流?」
真鍋が眉をひそめる。
「通常、国外から国内へのアクセスが監視対象になるが、このケースでは“日本側からH-04にアクセスし、何らかの照合・承認を行っている”形跡がある」
「どの組織が接続していた?」
高城の声が鋭くなる。
「IPアドレス帯は、旧内調系。けど……これ、現行では存在しないドメインで、完全にログ上からは“死んだはずの部署”が反応してる。つまり何者かが、死んだ部署の資格情報を使って、裏口から接続していたってことになる」
「それって」
篠原が言う。「黎明の会が、日本の行政系ネットワークに幽霊のような裏アカウントを作ってるってこと?」
沢渡は頷いた。「その可能性が高い。“死んだログイン情報”で生きたシステムに出入りしてる」
「……なら、マティアスはその存在を知って亡命してきた?」
矢吹が問う。
「まだ断定はできない。でも、彼が持ち出したファイルには、ユーザー認証のログが三重暗号で記録されてた。それは“外部者に明かすための体裁”だ。つまり──」
「“見つけてくれ”っていうメッセージだな」
高城が言った。
誰もが静かに頷いた。
(続く)




