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エスケープ

 甲高い警報音が、地下施設の天井を這うように響いた。


 鋼鉄の廊下が、揺れるように赤く染まる。

 非常灯が次々と点灯し、壁面パネルが赤のストロボを断続的に照射する。


「避難警報──?」

 警備員の一人がモニターに駆け寄り、目を走らせる。


「火災検知器がSブロックで作動。バックアップ系統も反応してます!」


「隔離フロアか?なんで……?」

 別の警備員が端末を叩く。

 だが、セキュリティ・ビューは一部がグレーアウトしており、映像が表示されない。


 通信系統も断続的にノイズが走る。

「再起動かけます!」

「いや、それより現地を確認しろ。すぐに隊を回せ!」


 警報は止まらない。

 照明は警告色のまま点滅を続け、緊急放送が上層階にも響き始めていた。


 ⸻


 研究ブロックの一角。

 白衣の技術者たちが戸惑いながら通路へ顔を出す。


「何事だ……?実験じゃないのか?」

「いや、避難警報だ。指示が出てる、ラボを離れろ!」


 機材を守ろうとする者、データ端末を懐に入れる者、指示に従わず立ち止まる者。

 雑然とした足音が廊下を満たす。


 その喧騒の中、一人の男が誰とも目を合わさず、別の経路を選ぶ。


 防火扉が自動で閉まりかけるその隙間を、男の影が滑り込む。

 非常灯に照らされた横顔には、まるで動揺がなかった。


 音もなく歩くその足取りは、あらかじめ全てを把握している者のそれだった。


 ⸻


 地下三層、封鎖区画。


 施設の中心核である観察室の扉が、警報と連動してロック解除に移行する。

 内部の機構が唸りを上げ、重厚な扉がわずかに開いた。


地下三階、第六観察室。

硬質な金属製の扉が内側から静かに開いた。警報の鳴り響く中、モニタ越しに監視していた職員たちが次々と持ち場を離れ、交代要員とすれ違う。交代はすべて事前に設定された非常シーケンス通り。手順に乱れは一切なかった。


「対象、移動を開始します」

ひとりの監視官が小声でつぶやく。指示された通りにコードを押下し、ロックが次々に解除されていく。


マティアスは無言のまま立ち上がった。

薄手のシャツの下には簡易式の生体モニターが取り付けられている。警報の発令と同時に、避難フローはすでに自動展開されていた。


「──この先、エリア09まで最短8分。移送対象はエコー・ナンバー02、ランクA」

小型の通信機越しに、どこかの声が告げる。


二人の内調職員が彼の左右に並ぶ。スーツの下には軽装式の防弾装備。ヘッドセットからは断続的に指示が飛んでいたが、彼らはほとんど口を開かずに歩いた。

表情は硬い。だが、その瞳に動揺はなかった。


避難ルートは、通常のエレベータや通路を用いない専用ラインだった。

物資搬入用シャフトの奥、旧地下施設の通気ダクトと偽装された搬送路。内調がこの施設に組み込んだ非常脱出ラインだった。非常時以外、誰もその存在を知らされない。


足音が消されるほどの厚いゴム敷きの通路。

ドアが閉まるたびに、背後の灯りが順に消えていく。施設全体がマティアスの動きに合わせて、静かに彼を“消し去って”いくようだった。


「警戒フレーム、グレード4に移行」

通信が入る。職員たちは頷くだけで、さらに歩調を早める。


数分後。搬送リフトが小さく震えて上昇を始めた。無言のまま乗り込むマティアス。その横顔には恐怖よりも、微かな諦観が滲んでいた。


行き先は告げられない。どの国の保護下に移るのか、本人にも知らされていない。

ただ、これが「生き延びるための路」だということだけは、彼も理解していた。


(続く)


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