第5話 初出動
濃紺の制服の左肩に、通信結晶のバッジは付いている。
ジャクセルが片手でタップしながら応答した。
「──武器庫です。新米のお嬢さんに、クリスマスプレゼントを物色中です」
軽口を叩くジャクセルに、課長の声はピクリとも笑わなかった。
『オール通り、サガノのビルで男が飛び降りかけている。すぐ向かってくれ』
「了解。新入りは訓練室に置いて行ってもいいですか」
『ダメだ。一緒に連れていけ。彼女はお前の御守りだ』
ジャクセルはタップを解除し、舌打ちしてから、またバッジに触れた。
「しかし彼女、もう帰りたいと……」
その言葉を遮るように舞矢が、自分のバッジを見よう見まねで叩いた。
「舞矢です! 言ってません、お昼まで仕事して帰ります!」
思わぬ宣言に、ジャクセルは目を見開き、通信から手を離す。
「なに急にやる気になってんだよ。死ぬぞ、マジで」
まさかそれがディズニーの1dayパスのためとは言えない。
「気が変わったんです!」
「辞めるっていってたじゃねえか!」
そう言われると舞矢は、さらに意固地になった。
グルドルフ課長からは、このバディのワーウルフが自殺志願者だと聞いている。そしてまた、短期バイトの自分の本来の任務は、このジャクセル・バウハウンド巡査長が本懐を遂げないためのストッパーだとも。
「決めたんです、お昼までは逃げ出しません!」
舞矢は木箱から箙を取り出して矢を確認する。十本ある。どれも鋼鉄製の鏃──言わば小型の日本刀──がついている。
舞矢は、喉を鳴らして身震いした。
当然、中高と続けてきた弓道部では、生きている的に向けて矢を放ったことはない。
けれど、これを手にして一度外へ出れば、人に向けることもあるかもしれない。
そしてまた、この手で狙い、射れば、それは誰かの骨を砕いて内臓を切り裂きながら進む。
「……そ、そうだよね、わたし、ここじゃ……警官なんだもんね……」
ジャクセルはイラついたように言った。
「当たり前だ。どんなお花畑で暮らしてきたか知らねえが、人の眉間をぶち抜く覚悟がねえ奴と組まされるこっちの身にもなれよ……!」
そう言ったところで、ふと表情が変わる。
「……あ……」
気づいたらしい。別に連れていっても、現場に着いてから後方に置いておけばいいだけだ。
ジャクセルは咳払いした。態度を切り替えた。
「まあいい。その代わり、指導役は俺だ。そこは理解しているな?」
舞矢は、箙を襷掛けにして身につけた。
「ええ。聞いてます。あなたから指導を受けろ、そして片時も離れるなと。それが初日の任務だと」
ジャクセルは半分、満足そうにうなずいた。
「じゃあいいか、約束しろ。現場では俺の指示に従え。いいな?」
「うん、……じゃないや、了解です」
「よし良い子だ。あとその任務だが、危険な場所は例外だ。俺が判断するから後方にいろ。でないと足手まといだ。俺は自由に一人で戦いたい。そしてなんだか知らねえが、お前はタイムカードの針を進めたい。死神は近づきたくてもお前に近づけねえ」
そこで言葉を飲み込んだ。
本当は──勤務中の殉職が望みだなんて、とても言えない。
「……つまりは、エブリワン、ハッピーだ。さあ行くぞ! ウマは当然乗れるんだよな!」
「乗れないです……」
つまずいたジャクセルは眉間に皺を寄せた。やっと理解したのだ。
「──課長め、わざと俺に手をやかせようとしてやがんだな……」
「あと、ジャクセルさん、もう一個だけ……!」
「なんだ、まだあるのか? 五秒で言え」
「五秒じゃ無理!」
そう言いながら舞矢は、木箱を漁った。
和弓は肩にある。矢を束ねた箙は腰にある。足りないのは──
ジャクセルは地団駄を踏んだ。
「ああもう! だから何か必要なのか!? 言え、俺も手伝うから」
舞矢は、声のトーンを落とした。
なかなか言いにくい探し物である。
「いや、その……」苦笑いした。
「胸当てがなくて……」
ジャクセルは目を覆ってうなだれた。
「だって! 痛いんですよ! その……なんていうか」
「わかってるっ、わかってるから言わせんなバカ! だがよく考えろ! そいつのもとの持ち主はオッサンだ! だからそんな……もんはねえ!」
ジャクセルは怒鳴りながら駆け出した。
「いいからついて来い、どうせただの自殺志願者だ! 今日オメエが矢を射る機会は無い、急げ!」
追って舞矢も廊下へ飛び出して行く。
目指すは、ミハラ市の南門通りを下ったオール地区を東西に走る通り。
「あの辺りは商業地帯だ。サガノってのはそこそこ高いビルだが、飛び降りには低い。一体なにを考えてんだかな……!」
全館放送がかかり、続報をアナウンスする。廊下を駆ける舞矢の表情が一変した。
ビルの中には縛られた人質のエルフが一名。首に魔法爆弾を下げているらしい。
一方、飛び降りかけている男は、ビルの屋上で何かを手に握っており、それが起爆装置の可能性がある。
しかも──自殺を仄めかしている。
「厄介な話になってきたな……!」
ジャクセルは自分の馬にまたがり、舞矢の手を引っ張り上げた。