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第4話 スキル名:ウエポン ウィスパー

 ミハラ市警察24分署のこれまた地下、鉄扉の中に広がるのは、武器商人の倉庫を思わせる空間だった。


 壁際にはウォーハンマーや戦斧が整然と並び、中央の棚にはロングソードやナイフなどの刀剣類、続いて奥に向けて鈍器の類。変わったところではブーメランやカタールに至るエスニック武器まで、貸与品が所狭しと陳列されている。


 その中で足を進めるジャクセルと舞矢、五時間の期限付いのバディは、ロングソードが立ち並ぶラックの前で足を止めた。


 ジャクセルは、ずらりと並んだ中から一振りに目を止めて、嬉しそうに手に取った。


 鞘の傷、柄の握り──抜いた刀身に欠けた刃の位置まで異動前、苦楽を共にした長年の相棒は、そのまま彼を待っていた。


 舞矢には、ジャクセルの顔にも、ロングソードのほうにも、再会の喜びが浮かんでいるように見えた。







 しかし、舞矢はどの刃物にも手を伸ばさない。


「どうした。なんでもいい。どうせ形だけだ。軽いのを持っておけ」


 そう言って彼は、舞矢の体格をつま先から肩幅までざっと見渡した。眉をひそめた。


「……細いな。剣は使えるのか?」


「合気道で、木剣ぼっけんなら……」


 舞矢の答えに、ジャクセルは耳を立てた。


「聞いたことある。そっちの世界の武術だったな。とんでもなく強い爺様がいるんだとか」


「──わたしは、たいしたことないよ。子どもの頃、ちょっと道場に通ってただけだから。それに……」


「なんだ?」


 舞矢は眉毛を下げて言った。


「わたし、刃物は……苦手かな……」


 そんな舞矢の表情をよそに、ジャクセルは背中にロングソードを鞘ごと背負った。さらに腰に短剣ダガーを括りつけていく。


「好こうが好くまいが、ナイフだけは持っておいた方がいい。そこのなんかどうだ」


 視線の先には、革のシースに収まった対人ナイフがあった。くたびれた鉄製で、年季の入った代物だ。


「なにも、刃物は相手を刺すためってだけじゃない」


 ジャクセルは低く続けた。


「仮にとっ捕まったとして、男は死ぬだけで済むが、女はそうもいかん。……わかるだろ」


 ぞくりと、舞矢は身を震わせた。


 棚には鉄の光が並ぶ。戦斧、メイス、チェーンウィップ。そんな中で、この古びたナイフは、まだ持ち手に優しい部類だと彼女にも分かった。


 しぶしぶ手を伸ばそうとした瞬間、奥の壁の方角から──子どものような声が聞こえた気がした。


「──?」


 どうも呼ばれたような気がする。舞矢は顔を向けたが、誰もいない。見えるのは、壁の角に立てかけられている突き出た長物の束。木箱に押し込まれた槍などのポールアームの間に、一本だけ、見慣れたシルエットがあった。


「……あれは……和弓?」


 舞矢が呟くと、ジャクセルもそちらを一瞥する。


「ああ、あの一角は保管期限の切れた押収品だ。ギャングのオモチャばっかで、ろくなもんがねぇ」


「ギャングが……なぜ和弓を?」


「先月、内輪揉めで殺された南通りの頭目が骨董趣味でな。コレクションだろ。飾りにしちゃ上等だ。しかし実用品じゃない。今どきは複合弓コンパウンドボウが主流だ。小さくて街中で取り回しが利いて、矢もたくさん持てて連射も効く」


 そう言って、彼はひょいと棚からフライパンを取り出し、ひらひらと舞矢に見せつけた。


「とは言え、お前の勤務はあと五時間だ。こんなんでもいいんじゃないか?」


「なんでそんなモノがあるのよ」


 舞矢はその鉄製の調理器具フライパンを押しのけ、和弓の元へ歩いていく。


「ミハラ市警察《MRPD》は貧乏だからね。貸与武器のほとんどは元をただせば押収品か市税庁の差し押さえ品なのさ」


 ということは、このフライパンで、頭をカチ割られた被害者が何処かにいたと言うわけだ。


「それに慢性的な人手不足でね。この通りどれも錆びついたままだ。ろくに整理もされていない」


「バイトアプリに求人が出るくらいですもんね」


 そう言いながら舞矢は、長大な和弓を木箱から引き出した。


 それは、埃をかぶって古びていたが、なぜか舞矢の手に吸い付くように馴染む。


 まるで、待っていたみたいだ。


 舞矢はそんな感覚に、少しだけ首を傾げた。


 見知らぬ異世界で、おなじ日本産という同胞に出会えた感傷がないとも言えない……こともない。


 ましてや、弓道は、それなりに情熱を注いだ部活だ。


 学校に未練があるとすれば、そこだけ。

 そしてまた、学校に行けなくなった理由も、そこにある。

 もう見たくもないとまで思った和弓のくびれたフォルムを、複雑な気持ちが滲む目でなぞった。

 

 それでもどことなく、やはり、手にしていると、安心感が胸に広がっていく。


 舞矢は笑顔を浮かべた。


「わたし、これにします」



 だが、問題は張られた弦だった。



 壁に向けて試しに引こうとしたが、


「むうっ……」


 つるにかけた指先は微動だにしない。まるで盤石の張力。ジャクセルが冷笑した。


「シマスもなにも、引けねえんじゃ持ってる意味ねえだろ」


 彼はフライパンをくるくると手の上で回してみせる。


「同じ飾りなら、こっちにしとけ」


 だが、舞矢は諦めずに、もう一度、呼吸と姿勢を整えてぐっと引いた──その瞬間。


「えっ?」


 手応えが、変わった。


 張力が急に弱まり、まるで弓の方が合わせてきたように、舞矢の力に応じて弓がしなった。


 指に食い込んでいた弦の抵抗が、ふっと消えたのだ。

 というか、まるで見えない手が後ろから引き、舞矢の力にぴたりと寄り添ってくるようだった。


「……おろろ?」


 自分の腕が急に強くなったような感覚だが、そうではない。弓力のほうが変化した。舞矢は混乱した。ジャクセルもその様子を見て目を丸くしていた。


「まさか……お前、アームウイスパーか?」


「あーむ?……なんです、それ」


「いや、異世界人は、こっちにくるとスキルが一個ついてくるって言うんだが……」


 武器にささやく人、転じて〝武器と心を通わせ、武器の気持ちを理解して調教する能力スキル〟を指す。


「まさか、そんな千年に一度のワイルドカード、引けるわけないよな」


 ジャクセルは、フライパンを肩に、牙を見せて笑った。






 ──と、その時、ふたりの制服の左肩に付いているバッジ型の通信結晶クリスタルが、青く光り、鳴動した。


 舞矢が戸惑う様子を見て、ジャクセルがこれを片手でタップする前に言った。


「無線機だ。お前の世界じゃそう言うんだろ? ──はい。こちらジャクセル」


 手の下の通信バッジから聞こえるのは、あのぬるぬるのスライム──殺人課のグルドルフ課長の声だ。


『──ワシだ。バウ、今どこにいる』



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