第2話 相棒は問題児のワーウルフ
バルディア魔王国・ミハラ市警察 24分署の仮眠室は、地下にある。
夜勤明けの空気がまだ重たく残るその部屋の一角に、ジャクセル・バウハウンドは濃紺の制服を頭に被せてたまま寝転んでいた。
灰色の毛に覆われた長い口先。鋭い三日月のような耳、目の奥に光る深い影。
その姿は狼そっくり……というか、狼そのもだ。
彼は人狼。身長は金属製のロッカーほど。窮屈な簡易ベッドで寝返りをうつ。
仕事熱心なほうではないが、勤務評定は悪くなかった。そう。半年前までは……。
今では、生活安全課に左遷され、制服勤務が板についてきた。ロングソードも、今は携帯していない。本意ではないが、ペンの一本で事足りる日々だ。
したたるような足音に、ジャクセルの耳が反応した。
視線を動かさなくても分かる。湿っぽい足音、微かに香る藻のような匂い──
「……課長。ドアをノックするって発想は?」
「ワシにドアノブはない。ノックする手もな」
ぬるりと入ってきたのは、ミハラ市警察 殺人課の課長・グルドルフだ。
ゼリー状の青い身体をくねらせながら、仮眠室の床にどっぷりと広がった。
「久しぶりだな、ジャクセル。元気そうでなによりだ」
「──嫌味ですか。座敷牢に飛ばしておいて、元気そうはないでしょう」
「それでも他の課よりはマシだったろう。ペットの失踪、落書きの消去活動、命のやり取りがなくて、落ち着くだろ?」
「それだけじゃありません。空飛ぶタコの捕獲、市長のポスターに髭を描いた奴の検挙……」
「すくなくともワシは香典を出さずに済んだ」
「だから嫌なんですよ」
ジャクセルは寝返りを打ち、仰向けのまま天井を睨んだ。
「俺には、毎日を椅子の上で過ごすような仕事は合わないんです。せめて、麻薬取締課に……」
グルドルフが、ぐぶりとその身体を波打たせた。
「それを言うと思った」
課長は長いため息をひとつついて、続けた。
「……ひとつ相談だ、ジャクセル。お前を殺人課に戻してもいい」
「……は?」
身体を起こす。ジャクセルの目が鋭く細まる。
「俺を……戻す?」
「そうだ。ついにビーチャムとニコラが辞めた。ふたりでケバブのワゴンを牽くそうだ」
「いよっし! 定員割れだ!」
「だが、条件がある」
グルドルフの声が低くなる。
「お前に、バディをつける」
「冗談じゃない」
即座に腰を起こしたジャクセルの吠えを、課長はぬるんと視線だけで押しとどめる。
「聞け。……ワシはお前の真意を見抜けないほど、節穴じゃない。お前が一人を好むのは、気楽だからじゃない。巻き込みたくないんだ。自分が死ぬことが、誰かの傷になるのが怖い。それだけだろう」
「……」
「お前に必要なのは、ブレーキだ。自分を止められる奴だ。……お前自身じゃ無理だって、もう分かってるはずだ」
ジャクセルはうつむき、床を見つめた。
しばらくの沈黙のあと、かすれた声で言う。
「……で、そのバディってのは、いつ来るんですか」
「もう来てるよ。武器庫にいる。新米だ。完全な素人」
「……マジかよ」
「だから、お前が指導するんだ」
思わず耳を伏せ、尻尾を垂らしたジャクセルに、タイミングを見計らっていたかのように、グルドルフが追い打ちをかけた。
「文句があるなら……経理課に回すぞ。生活安全課からクレームが来ておるんだ。お前がロングソードをソロバンに持ち替えるというのなら、構わんが……」
そう聞くと、ジャクセルはその場でチョークを噛んだように震えあがった。
「……それだけは勘弁してください」
「聞き分けがいいな。生活安全課に躾けてもらえたようで、推薦した甲斐があった」
ジャクセルは深く息を吐き、顔をしかめたまま、制服の上着を羽織る。
「──んで、そいつは今、武器庫なんですね。まいったな。おれが新人の指導ですか……」
「そう。頼んだぞ。《《彼女》》の命も含めてな」
背を向けかけたジャクセルが、足取りを止めた。
そして──ドラゴンに叩きのめされたような、泣きっ面で振り向いた。
「──彼女!? まさか、その新人って……オンナ、なんですか」