第1話 殺人課バイト、応募者ゼロ
──アナログのラジオから、クリスマスソングが流れている。
ボビー・ヘルムズの『ジングル・ベル・ロック』
たしか、そんなタイトルだったはず。
舞矢は、自室のベッドの上でスマホを両手に、プロフィール入力を進めていた。
「氏名、山本舞矢。年齢、十七歳。性別、女。ええと、職業…… 職業かぁ」
一拍おいて、少し考える。
「……角川高等学校、絶賛、不登校中」
つぶやいたあとで、自分でも苦笑する。
壁には制服が吊るされ、教科書は本棚に並んでいる。
退学したわけではない。けれど、学校に行く気もない。
そんな日々が、もうひと月ほど続いているだけだ。
「──中退じゃないしな。不登校中って、なんて書けばいいんだろ……ま、いいか。無職にしとこう」
画面の職業欄にそう打ち込み、指を止めた瞬間──
「舞矢ー! お風呂入りなさーい!」
階下から母親の声が響いた。夕飯の支度をしながらの呼びかけだろう。
「はーい、今入るってー!」
ベッドに寝転んだまま返事をし、スマホを握り直す。
そのまま続けざま、声を張る母親の声が追いかけてきた。
「お父さん、疲れて帰ってくるんだから、先に入ってあげてよー!」
タイミングが悪い。
今まさに、舞矢はようやく見つけた〝18歳未満でも応募可能なバイト〟に食いつこうとしていたところなのだ。
しかも、募集枠は一名限り、急募案件。
のんびりしていたら、すぐ他の誰かに埋まってしまいそうだ。
「ちょっと待ってー! 応募だけはしておきたいんだよー!」
叫び返しながら、舞矢は応募画面をタップした。
そこに表示されていたのは、どこかで見たような求人テンプレート。
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【1日からOK!】地域の安心を守るお仕事。パトロール・犯罪捜査補助【制服・武器貸与/未経験歓迎】
勤務地:バルディア魔王国 ミハラ警察署 殺人課
時給:1,300円(特殊勤務手当+50円)
通勤:どちらからでも応募可。転送魔法でひとっ飛び!
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「しごと内容は……警備員さんかな? 場所はバル、バルディア?」
どっかで……聞いたことがあるような気もしないでもない。
「テーマパーク……かな? まあいいか」
ともかく時間がない。ろくに読みもしないで舞矢は入力を進めた。
住所、メールアドレス、電話番号。
「でも人生初のアルバイト。カフェとかが良かったなー」
労働意欲はないが、背に腹は代えられない。来年の春に、中学の同級生らと制服ディズニーする予定なのだ。
「まぁテーマパークならバイト自体にも出会いがあるかもしれないしねー」
舞矢は、ふと入力画面の最下部で目を止めた。
「……特技欄? 単発バイトにそんなの要る……?」
小さく首をかしげるが、念のため入力しておくことにした。
「弓道二段、合気道初段、そろばん十五級。っと……よし!」
そう言って送信ボタンを押し、ベッドから跳ね起きる。
スマホを充電ケーブルに差し込むと、そのまま部屋を飛び出す。パーカーを脱ぎながら階段を駆け下りる。
「おかーさーん、今日ごはんハンバーグ?」
「そうよー。今日のお手伝い、クリーシーを洗ってー」
飛び込んだ脱衣所から顔だけひょこっと出す。
「へへーん、やなこった! バイト応募したんだかんねー! これでニートとは呼ばせないよ!」
ハンバーグを焼いていた母親が、振り返りもせずに柴犬に命令する。
「採用が決まるまでは無職でしょ。ほら、ゴー! クリーシー!」
名前を呼ばれた柴犬・クリーシーが、座布団から飛び出して脱衣所に駆け込んでいく。
「やだよー! お父さんにまた毛が浮いてるって文句言われるー!」
舞矢の声が、洗面所から響き渡るが、一方──。
──そのころ、誰もいない彼女の部屋。
ベッドの上に置かれたスマホが小さく震え、受信音を鳴らした。
《件名:採用決定のお知らせ》
《宛先:山本舞矢 様》
《送信元:バルディア魔王国 ミハラ警察署 殺人課》
あと一週間でクリスマス。
その日、ひきこもり女子高生は──
異世界の殺人課に採用された。