7.D組 体育の時間(スポーツ有名校の現実 恐怖ファイヤーシュート)
良太は、自分の目の前の31年前の状況を見ながら、懐かしい顔ぶれを確認する。
殆どの同級生は、反射的に名前と、その性格に関わる思い出が脳裏をよぎる
(佐藤、越前屋、小沢君、米田・・・・。アレ・・?)
(コイツ・・・誰だっけ?)
良太は、一人の生徒の顔を見ても、その子の名前が出て来ず、暫く考える。
(・・どうせ、オレの夢だ・・)
良太は、決心を決め、21年前の同級生たちが居る教室へ、開いている教室の入り口から入っていった。
丸井先生と同級生達からは、良太の姿が見えないのか、彼らは良太の存在に気づかず、ホームルームは変わらずユックリと進行していた。
良太は、自分の存在が彼らに気づかれない事が分かり、内心ホッとしながら、目的の子の席に近づいた。
その子は、赤いシャツをきて、それを見せつける様に、学生服の上のボタンを3つ外していた。
髪は黒いが長髪で、前髪が一一部目を隠している。
机に片手をついて、ほおづえをつく。目は虚ろ、担任の丸井先生の話は耳に入っていない様な感じであった。ただ、ツマラナイ時間が過ぎるのを待っている様な様子であった。
(・・・あ、コイツ、確か・・・そうだ思い出した。コイツ、ファイヤーシュートだ)
(コイツ、確か、3年になる前に・・・)
良太の脳裏に、彼との思い出が蘇った。
彼の名前は、ファイヤーシュート。(そんな訳はある筈はない。)
良太は彼の名前が出てこなかったが、彼を心の中で、ファイヤーシュートと呼んでいた事を思い出した。
彼が県南の東目中学のサッカー部のエースだった事を、良太は後から知った。
県でサッカーをする者の間では、結構有名な選手だったらしい。
先に述べたが、商附は、スポーツ校として全国区でも名の知れた高校である。
とりわけ、野球部は有名で、甲子園ベスト8に進出した事もある。
卒業生でプロ野球になった選手は一人二人ではない。10名はいるだろう。
その中にはプロ野球選手の看板選手として、活躍した選手もいる。
野球部だけではない、サッカー部も、良太たちが高校生だった3年間、1年おきに国立競技場に行っていたのだ。
野球、サッカーに限らず、本気で部活動に取りこんだ者達が、夢の舞台を目指してスポーツ強豪校の商附へ来る学生も多かったのである。
強い部には、決まってスポーツ特待生が居た。スポーツ特待生とは、部活動に所属する事を義務付けられる代わりに学費が免除される生徒の事である。
大抵の特待生の多くが、スポーツ学科に所属するが、D組の中にも1人野球部の子が特待生だった事と良太は記憶していた。
学校は、県、県外の有望選手を特待生で迎え入れる、特待生になれなかったが、腕に覚え(自信)のある選手たちも全国大会出場を目指して入学してくる。
お金がお金を呼ぶというが、有望な選手は有望な選手たちが居る所に集まってくる。
好循環が生まれ、それがスポーツ名門高の歴史を支えていくのである。
しかし、夢を追う者が多く集まるという事は、夢に破れる者が多いのも事実。
特待生として入学し、レギュラーを取れず、補欠で終わる生徒ももちろん存在する。
一般生徒で入学し。努力で特待生に勝ち、レギュラーを勝ち取る生徒がいる裏返しである。
大半の生徒が補欠にもなれず、観客席でチームを自軍のユニフォームを着て応援する生徒達である。
挫折し、夢を諦める者も少なくなかった。
ケガ、人間関係、様々な理由で、途中で部活を辞め夢を諦める生徒。
良太の同級生、ファイヤーシュートはその生徒の一人だった。
良太が彼をファイヤーシュートと呼ぶ様になったのは、寒く、外では雪が降りしきる日の体育の授業であった。
その日は、悪天候を理由に、体育館で授業する事になり、フットサルが授業として行われたのである。
チームを7人づつ、7チームに分け、体育担当の先生が審判をして、試合形式の勝ち抜き戦が始まった。
D組の半分は、運動なんてダサいよっみたいな生徒が多く、副委員長の石井君はその代表格であった。
『なんで、こんな寒い日に、体育館でサッカーなんてしなければ、ならないのよ』
『アタシは、ゴールキーパーね、動きたくないから・・ミンナ頼むわよ』
良太と同じチームになった、石井君は、そういって、ゴールの前に立って、観客席から試合を見守る観客のような表情で、持って来たホッカイロを両手でもっていた。
(動けば、寒くなくなるのになぁ・・)
良太は、その石井君を見て、そう思ったのを覚えている。
良太と石井君のチームは、初戦で当たった相手チームにファイヤーシュートがいた。
試合が始まって、間もなくである。
『ドゴォー』という、鈍い音と、『ギャァア―』という悲鳴が体育館中に鳴り響いた。
その声の主は、石井君だった。
突然、閃光が一閃、自分の横を抜けていったと思ったら叫び声が・・・そんな感じであった。
ファイヤーシュートが放ったシュートがゴール前に居た石井君に直撃。
その衝撃に、堪らず石井君が叫び声をあげたのであった。
フットサルのボールは、高校サッカーで使う様な公式なボールではなく、バレーボールをちょっと重くしたようなゴムボールであった。
小学生の時、ドッチボールで使っていた様な軽いボールで、帰宅部だった良太が蹴っても、それなりのスピードがでるボールである。
そんなボールを中学時代、地元の中学のエースとして名が知れたファイヤーシュートが本気で蹴ると、シュートの速度が速すぎて、一般の生徒達では見えないのである
ボールが軽いのは、ケガ防止の意味もあったと思う。
『アンタ、何するのよ、アタシを殺す気!冗談じゃないわ・・死んじゃうわよ』
怒った石井君が、甲高いオネェ言葉で叫んでいる。
ファイヤーシュートは、そんな石井君の抗議を、右手で頭を触りながら、苦笑いして聞いていた。
直ぐに、コート外に出たボールを一人の生徒が持って来て、試合再会。
その後は、もう一方的であった。
ファイヤーシュートがボールを持つと、良太も含め総ての選手がゴールキーパーの石井君以外、身の危険を感じ、全員蜘蛛の子を散らす様に逃げるのである。
相手チームの選手は、まるで自軍のバズーカ砲に弾を込める様に、ファイヤーシュートだけにボールをパスする。
『キャ、アンタたち、ナニ逃げてるのよ。戦いなさいよ、この臆病者ドモ』
石井君は、そう叫びながら、一足遅れでコートから逃げ出す。
良太たちのチームは、もちろん一回戦で負け、その後観戦した試合も同じような展開だった。
その日、良太は高校サッカーのレベルの高さを垣間見た様な気がした。
ファイヤーシュートは、3年に進級する直前で学校を辞め、その後一度だけ、バイクに乗り轟音と共に昼休み中の商附のグランドへやって来た事がある。
3年に進級した年の5月、何時もより遅れて来た丸井先生が、目を赤くして彼の死を告げた。
夜中のバイク事故だった。
『オメエら、未だ若えんだぞ、狭い世界でヤケになるな、お前らの可能性は無限大だ、イイか、野呂田の様にヤケ・・・親からもらった大切な身体、無駄にするような事はしちゃ、なんねぇぞ』
大の大人が、涙声で話すのを良太が見たのは、それが初めてだった。
(そうだ、野呂田だ・・ファイヤーシュートの野呂田だ)
野呂田の在りし日の姿をみて、遠く昔に事故で命を落とした同級生の名と、高校生の純粋さ、その心が大人が思っている以上に脆い事を良太は思い出した。




